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大学の裏通りを奥へ進むと、小さな商店街がある。小さい割には盛っている方で、廃れているというほどではない。人通りもそれなりに激しく、それなりに電車の音が聞こえて、それなりに信号とか生活音とか効果音が聞こえる。全部それなりにだけど。そんな商店街のはずれに私の行きつけの定食屋があった。
「いらっしゃいませー」
「あ、大将、二人で」
いつも来るのは夕方で、講義が終わったついでに気まぐれからで来るというのが日課だった。気まぐれと言いつつ、日課。毎日気まぐれで来るのだ。
来るときは一人だった。それが今日は二人。連れの顔を見てそれを不思議に思ったのか、好意的に受け取ってくれたのかはわからないが、机の上を拭いていた大将は、いかにも嬉しそうな表情で厨房へと入って行った。
手前の正方形の机に決め、対角線の位置になるように彼女と私は座った。いつもいる、おそらくバイトだろう男性が水を運んできたので、私は彼女に注文を聞いた。
「あ、アイスコ―ヒー一つで」
「カフェオレ一つ」
バイトの男性は慣れた手つきでペンを運び、お辞儀をして厨房へと向かっていった。
私は水を一口、口に含んだ。そのときの舌の感触が妙に新鮮で、普段感じたものとは異なることが聡明に感じられた。ずぼらな私の舌には舌苔が張り付いていて、身体はうずうずといたたまれなくなったが、逆に女性と二人きりだということを意識してしまっていることが明確に理解できたので、私はまだ正常な人間であるのだと事に忠実にいられた。