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真赤なアスタラビスタ  作者: 面映唯
【エピローグ】
128/128

 誰もいない教室。閑散とした明るい部屋は、割と気分を落ち着かせる。夏休みの補習も午前中で終わり、部屋にはもう誰もいない。四つある窓が全部全開になっていたが、それでも暑さは和らがない。


「お疲れさん」


 冷たっ、と声に出し、首筋に感じたものが冷えたペットボトルだと気付く。


「なんだ千紘か」


「なんだとは何よ。私で悪かったわね。それあげる」


 私はペットボトルを手にし、冷たさを存分に掌で味わった。窓際の席に座った千紘を見て、私もその隣に座る。


「ありがとう」


「どういたしまして」


 千紘自身も缶ジュースを買ってきていたようで、タブを起こしながら独特の音を響かせる。


 千紘の顔は窓の外へ向けられている。その横顔、浮き出た首筋。こんな顔だったか? と思うほどだった。それだけ普段相手の顔を見ていないのだろうか。それとも、千紘に限ったことなのだろうか。小鼻のふくらみが妙に私の感性を擽った。


「何?」


「あ、いや」


 こちらを向いていた彼女の声音だけは、苛立たしさを含んでいた。どうやら不快だったみたいだ。


 かと思えば、急に声音を反転させる。


「やっぱり私といると恥ずかしかったりする?」


「なんで千紘といると恥ずかしいんだ?」


 私がそう答えると、彼女の顔にはえくぼが浮かび上がった。満面の笑みで彼女は続ける。


「じゃあ、今度一緒に写真撮ろう? ほら、今廊下で撮るの流行ってるじゃん?」


「廊下で撮るのはちょっと……どうかな? ほら、みんなに見られると恥ずかしいし」


 千紘を限定したつもりはなく、悪気もなかった。丁度いろいろ悩んでいて、人間の美しい関係性から一歩引こうと思って答えた一言に過ぎない。ただ、彼女が私を知るには十分すぎたのだ。


 感情に促されて口にした言葉は、教室を一瞬にしてまっさらにした。えくぼの形はすっと口角の引き締めに成り下がり、彼女は微笑む。私が手を伸ばそうと立ち上がったときには、彼女は横顔を捨てて、すでに教室を後にしていた。


 不穏な雰囲気は、それを感じさせないまま私を置き去りにした。




 置き去りにされたことを知った私の身体は、走り出していた。椅子を思いっきり蹴とばして走った。教室の入り口のドアと壁に思いっきり手を付き、左右を見る。右の廊下を過ぎ去って、二階への下り階段に消えていくところだった。


 私は勢いそのままに階段まで走った。


「千紘!!」


 階段の上からそう叫んだとき、彼女は数段降りた踊り場にいた。数メートル下にいる彼女が立ち止まって振り返ってくれたこと、私を見上げてくれたこと、その顔に涙があったこと、そんなことは気にしなかった。


 私は息を整え、冷静に伝える。


「一緒に整形しよう。誰もが疑わないような美男美女に整形して、そしたら一緒に……」


 一緒に、の後の七文字。口は動いている感覚があるのに、自分の声が聞こえなかった。


 新しい結び目に憧れた、そんな無音の中で見た景色。

 涙が膨らんでいた。


人間は生まれた時点で罪を背負わされている。それに気が付いた奴は苦悩を真面目に背負い、気づかなかった奴や前向きな奴は楽観的に生きられる。

自由を与えられ選択肢を与えられても何がしたいのかわからないのは当然だ。

罪人に尊厳はない。



最後まで読んでいただいた方、深くお礼申し上げます。

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