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「まあでもなんかわかる気がするよ。周りに自分を大きく見せようとしたい気持ちとか、誰かに一瞬でもいいから慰めてもらいたい気持ちとか。自分だけを見てて欲しいって。俺ちゃんと目の奥まで見て話せるのって数人しかいないんだけど、その中にミナトも入ってたよ?」
「嘘だ。もっと人望あるでしょ。私となんか違う。最初に会ったとき男前だなって一瞬でわかった。遊んでそうだなって。誰からも信用されて人望も厚くて友達がいっぱいいて。でもそんな人を自分が独り占めできると思ったらすごく意欲が沸く。もっとソウタを喜ばせようって。もっとソウタのためにって。それが馬鹿なことはわかってるけどさ、お金があればソウタは私と会ってくれるんだもん。その方が簡単じゃない。でもあの店がなくなったって聞いて、ソウタと会えなくなった。電話も何度かかけたけど繋がらない。それで会えなくなってから何日か経って、よくよく考えてみればソウタの電話番号も私は知らなかった。そのとき思ったのが、ああ、やっぱりその程度の関係だったんだって。人生なんてそんなもんだろうけどさ、なんか珍しく泣けてきちゃったのよ、その夜。布団にもぐって暗がりでずっと泣いて、いつのまにか寝てて、朝起きて私はあの店に電話をかけた。そしたらつながったのよ。誰も出ないだろうなと思ってかけた電話だったから、向こうから声がしたときは焦った。焦ったまま私が口にしたのはソウタってあなたの名前だけ。それを聞いた相手方の人は、『もしかしてミナトさんですか?』って言った。私は慌てて、そうですそうです、って顔を縦に振った。
『じゃあこっそり電話番号を教えて差し上げましょう』
相手は私の心を読んだかのようにそう言ったのよ。だから、いいんですか? って私が聞いてそしたら、『はいもちろんです。だっておそらく教えてもあなた絶対にその番号にかけないですもん』って言うの。私は、何でですか、って聞いた。
『あいつはな、根暗なんだよ。可哀想だって思っても思ってないふりをする猫みたいな奴なんだよ。そのことを教えてやるとな、みんながっかりするんだよ。多分、もっと別の人間だと思ってたんだろうな。それでみんなかけてこなくなる』
「前にもいたんですか?」
『ああいたよ。何人かな。その後、探偵に依頼して素性をちょこっと探るんだが、そいつらみんな仕事とか趣味に励みだして、更生してやがんのよ。面白い世の中だねえ』って言ってた。だからさ、多分ソウタは外見と中身が一致してないのよ。もしかしてトランスジェンダー?」
私はぶんぶんと顔を横に振った。
「まあそんな訳ないか。ジェンダーじゃ逆だもんね。あなたは身体が違うんじゃなくて心が違うんだもんね。外見はあなたのままなのに、内面が思うようにコントロールできないのよ。日本男児みたいな男らしいジェントルマンになりたいのに、心は小心者。人のことを信用しない。おまけにクズみたいな人間にも情けをかけてやれるような人。そんな人、ホストとか水商売に向いてないわ」
私は思ってもみなかったミナトの饒舌ぶりに言葉を呑んだ。近くにいたときは感じられなかった想い、言葉が離れてみて届いた感じだった。
外見と中身の違い。外見から勇ましくなれば自然とそうなれると思っていた時期もあった。だが、ミナトは要するに私のことを、日本男児に憧れているがお前は小心者だ、と言いたいのだろう。
なんだかつっかかっていた喉の骨が取れたような気がした。
私は、いつの間にか小心者の自分を受け入れてしまったのだ。外見は昔から続けていた習慣の名残だろう。
そのとき思い浮かんだのが、今朝の光景だった。美菜も私と同じなのではないかと。どこまでも奥深しく、人の懐に入ろうとする真似こそするものの、胸の入り口辺りを駆け回るだけで結局肝心な懐には入らない。入れない。どんな人間とも一定の距離感を常に忘れず、自分をさらけ出すということをあまりしないのだ。その根底にあるのは、「信用できない」という想いだ。
だが、行動がそう見て取れたとはいえ、皆が皆そうという訳ではない。美菜は違うかもしれない。単純に考えれば、こんな私の懐に入ろうとしてくれているだけだ。小心者の自分自身を変えようとしている。ただ、昔の名残が今朝のロフトの上で行われたというだけだ。ただ愛しているだけなのだ。
私はぬるくなったカフェラテを飲み干し、尋ねる。
「じゃあなんで今日電話かけてきたの?」
「なんでだろうね。今でもソウタが好きだからじゃない?」
「……でもボスとの電話の直後は俺に電話をかけなかったんでしょ?」
「まああのときはもうちょっと仕事頑張ってみようかなって思っただけだし」