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「ねえさ、ミナトは今でもコンプレックスってある?」
彼女はつらつらと「それはね」と答える。
「整形はしてる?」
「豊胸はしてないよ」
「いや今ので十分じゃん。胸の話じゃなくて、顔だよ顔」
私が聞くと、ミナトは上目遣いで「んー内緒」と顔を近づけた。私は引かない。少し身を乗り出してテーブルに肘をつく彼女は、「でもなんで?」と問う。
「整形する人ってさ、どんな気持ちなんだろうなあと思って。自分の顔が醜いからするのかと思ってたけどさ、ミナトはそういうこと愚痴溢してたりしてたけど、顔変わってないし」
「プチ整形ぐらいはしてるかもよ? ていうか出会う前からしてたかもしれないじゃない」
「ああーそうか。なんか難しいな。じゃあさ、テレビに映る女優みたいな顔に生まれ変わりたいとかって思ったことある?」
「そりゃああるよ。当然じゃない」
「でも、整形はしないと」
「まあ、親からもらった体だしね。大事にしなきゃでしょ?」
「そうだけどさ、生き辛くなってまで整形を頑なに拒むのも違くない?」
「そういうのソウタならわかってると思ったんだけどなー」
ミナトは背もたれに寄り掛かってまたアイスコ―ヒーを啜る。おそらくあの疑似恋人時代だったら今の失言によって見損なわれていたところだろう。今は関係のない人間なので、そこまで落ち込み度が少ないのだろうか。あまり気にせず居られている。
私は彼女の顔を見て、考えを改める。
「自分を愛してる、ってことだったりする?」
ミナトは黙って腕組みをする。そして何も口を開かないことから、私は話の先を待っているのだと解釈した。
「俺は、俺自身のことがコンプレックスで、自分を隠したい衝動に駆られる。髪を明るくしたこともあるし、ピアスも開けたし、髪を女みたいに伸ばしたこともある。黒い服を着るのだってそう。白なんか着てるといいことないからね。でもさ、それでも煙草吸いながら鏡の前に立って自分の顔を見るとさ、ちょっとはイケてるんじゃないか、って思うことがある。髪型を揃えて見たり、眉を整えて見たり、顔剃りしてみたり、柄でもない化粧水買ってみたりしてるんだよ。圧倒的にコンプレックスが多いにしても、自尊心がまだ残ってて、自分を大切にしてみようって思うけど、それは一瞬のことにすぎなくて、その自尊心さえ隠してしまいたくなる。ナルシスト、ってちょっと憧れたりしない? 極度に自分のこと好きすぎるのも嫌だけどさ、それだけ自分のことを好きになれるって、俺はやっぱり憧れる。それが社会の認める顔立ちじゃなかった人だったなら、なお憧れる。やっぱりさ、自分のことを好きだって主張してみたかったりするもんでさ。そういう感情は誰しも少しは持ってるんじゃないかって、今思った」
「やっぱりソウタはソウタだった。私、少しは男見る目あったかも」
「え?」
「でもさ、共感しあえる同士が繋がってても成長できないじゃない。愛情は感じられて最高に居心地がいいけど、それは一緒にいるときだけ。社会に出て、仕事して、人間関係にもまれれば一瞬にして元の自分に戻る」
「そういうもんじゃない? 家族とか恋人って。幸せになるんじゃなくって、苦難を一緒に乗り越えるためにあるみたいなこと聞いたことあるし」
「なんか、それじゃダメな気がするんだよね。邪道に走ったら負けな気がする」
「それって単にミナトが頑固なだけじゃない?」
「頑固じゃ、な、い! こだわりって言いなさい!」
「というかさ、じゃあなんで金払ってまで俺と恋人の真似事なんてしてたの?」
「それは……」
ミナトの口は引っ込んでしまった。先ほどまでの威勢が消沈してしまった。「それは息抜きに」と渋々口を開いた際も、私と目を合わせてくれないのだ。そう……。