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真赤なアスタラビスタ  作者: 面映唯
【泡沫汀の集合体、火花】
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 私は、疎ましい自分を捨てた。それは覚悟によるものではない。嫌だった自分を、過去を忘れることで捨てた。便利なことに、人間には忘れる機能が備わっているのだ。


 あの頃の私が忘れたかったこと。社会の価値観に従って押しつぶしたかった感情。今の私も、その感情に共感できた。私は間違っていなかったはずだと今思う。間違って伝わったことを正しく言い直しただけだ。



 要点は消えた。




 私は数分の間自分の殻に閉じこもっていたらしい。首藤が大丈夫か、と至近距離で声をかけても反応しなかったらしい。それを見た首藤は、ただ波の押し寄せてくる音、波の引いていく音、私が我に返ったときは、何度も繰り返されるその単純なその音に耳をそばだてていた。彼もまた、私と似ていたのだ。


 宿に戻る途中、駄菓子屋のおばちゃんに無理を言って、二人の両手に持った袋が溢れるほどの駄菓子を買った。買った後で首藤が、「オリエンテーリングの景品って駄菓子だったんじゃないの?」と言うので、「言うの遅いだろ」と私は首藤の肩を叩いて、二人で笑いあった。


 膨らんだビニール袋を提げて宿に戻ると、玄関を出たタイルの上に皆が座っていた。「遅いよー」「何してたの?」「紗江ちゃんが外で待とうって」「いや私は……」「その袋の中身なんだよ」と一気に皆の声が飛び交った。私と首藤の口は一つしかないので、一度に全ては答えられない。


 だから、


「駄菓子買ってきた!」


 そう二人で口を揃えていた。



「こいつらアホだ」


「参加賞あるじゃん」


「え、でもさっき桑原と明日香ちゃんがほとんど食べてなかった?」


「お、馬鹿。お前それは秘密にしとけよ」


 桑原は人差し指を立てて相澤に顔を近づけた。


「まあ買ってきてくれたからいいじゃん。結果オーライよ!」


 明日香は開き直っていた。


「なんかまた花火したくなっちゃったなー」と紗江が言う。


「そうね。また東京帰ってもできるんじゃない?」と美菜が。


「そのときはみんなでやらなきゃ」と明日香。


「桑原は余計だね」と相澤が言うと桑原は「寂しい癖に~」とおちょくっていた。


 私の隣で首藤が、「なんだか騒がしいな」と呟いた。


「ああ。花火なんかよりもよっぽど光って見える」


 私は本気でそう思ったのだ。


 カシャッという音が私の隣から聞こえた。いつの間にか首藤の手にはスマートフォンが握られ、ビニール袋は地面に置かれていた。じゃれ合っている皆を写真に収めたようだった。その音を聞いて、我々は皆、揃って動きを一瞬止めたのだろう。


 首藤はプッと噴き出した。


 我々の考えていることは皆同じだった。


 よーいどん、と号砲が鳴ったかのように一斉に我々は首藤を追い掛け回した。首藤もそれは同じだった。逃げ回って、でも捕まって、スマートフォンの握られた右腕を天高く伸ばして、皆それに寄って集るのだ。


 私は首藤の伸ばした手に握られたスマートフォンを見上げる。星月夜。一つひとつが光っている。綺麗だった。つつき合う皆の指先。そんな玉響に、


 大きな大きな下弦の月を見つけたのだ。


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