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真赤なアスタラビスタ  作者: 面映唯
【泡沫汀の集合体、火花】
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 私がこの島に来た理由。


 ファミレスでの裕子の顔。



『大切なものを自ら失うときの気持ちってわかる?』



 不意にその言葉が頭を過った。


 彼女は、千紘は――。


「お前を待ってたんじゃねーかな。この島で。この島にいることは知ってたが、それ以上のことは俺は何も知らない。男をとっかえひっかえする女もいるけど、千紘はそういうのじゃないだろ。付き合うとか結婚とか、彼氏を作ることを目的にしてるような奴じゃないだろ。違うか?」


 私は首を横に振ることができなかった。私はこの島に来た目的を見失っていた。千紘はこの島のどこかにいて、私のことに腹を立てている。謝ろう、とにかく探そう、そう思ってたどり着いたこの島。出てきたのは顔も声も違うあの雰囲気そのものの千紘。声の整形なんてのも耳にしたことはあるので不可能ではないだろう。


 仮にあの女が千紘の整形後の姿だとしよう。仮にだ。なぜ整形をした。プチ整形なんて程度のものではない。まるで別人だ。まさか本当に別人なのか? 自分の顔に似ている人は世界に三人はいるとか聞いたことがあるが、雰囲気佇まい纏ったオーラすべてが似ているだなんて人は、そうそういないだろう。まあいるかもしれない。いるかもしれないが、初対面でそう思ったのだ。千紘を探すために忘れてしまったかもしれない声や顔の心配していた私が、初めて三好を見たときに、「あれ?」と声に出すほどあれは圧倒的なものだった。気がするのだ。今となってしまえばあまりよく覚えていない。曖昧で、そんな気がした気がするのだ。


 喧嘩の原因。あの夏の補習のとき。教室から出て行った千紘はおそらく私に幻滅したのだろう。一緒に写真を撮ろうと言われ、断った私の想いを感じ取ったのだろう。


 不細工だから、と。


 声にならない声が出た。嗚咽だ。完全に思い出した昔の自分が酷く気持ち悪かったのだ。身体の底から嫌悪感が立ち上ってきて、喉のすぐそこにおぞましさが顔を出していた。それを必死に私は吐き出そうとするのだ。泣いてなどいないのに、自然と目頭が潤む。目の前が潤む。暑くなる。喉が痛い。気持ち悪い。


 自分が気持ち悪いのだ。今では信じられないことをしていた私自身が気持ち悪いのだ。千紘の想いを首藤から聞いて思い出したことで、このストーリーのパズルは完成した。ただ、その完成したパズルでは、少なくとも私は最上級の最低最悪な男ではないのだ。


 どうせ付き合わないような知らない女だから、では済まされない。私のことを千紘が好いていたと思い出した今、それはおぞましい形のない感情にと姿を造り替えた。


 私は新しい自分になったことで、大事なことを忘れていた。千紘の告白を忘れた。普通の人間になら無理だ。でも私にはできた。無理矢理忘れた。嫌だ嫌だとずっと忌み嫌っていた自分を消した。生まれ変わったように生きよう。過去は知らない。誰にでも取り返しのつかない過ちの一つや二つあるはず。そうやって言い訳してそんなものに縛られてこれから先を生きていきたくない。その想いは、誰よりも強かった。でも思い出してしまった。過去に過ごした人間達と成人式で会い、話していくうちに自分の中に深く落ちていたパンドラの箱に触れ、それは今、首藤によって完全に開かれていた。その中に入っていた、いわば前世の記憶。身体の奥底から身体全体に解き放たれた記憶たちは、私にもっともっと大事なことを思い出させた。


 私は自分の発言すら忘れてしまった。多分、閉じ込めておきたかったのだ。醜いと知った私自身を腹の奥底に。醜い自分をいつか肯定できない、だから消す、でもいつかは肯定できる、そんな日が来ることを夢見ていたのかもしれない。夏休みの補習期間。あのときは、ちょうどそういうことについて悩んでいた。周りに意識が向かないくらい。


 整形をすれば、整形をすることで生まれ変わる。それの何が悪い。親からもらった体? 染髪は茶色? いくつものピアスは不潔? LGBTは多様性じゃない? マイノリティ、マイノリティ。ふざけるな。生きているのは彼ら自身だ。誰にも邪魔はさせない。他人が干渉なんてできることじゃないだろうと。


 生きているのは誰だ? 総理大臣か? 政治家か? 成功した芸能人か? 肉親か? 会社の先輩か? 友達か?


 違うだろう。もっと大事なもんがあるだろう。もっと尊重しなければならない人がいるだろう。



 誰だ?


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