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あれほど冷徹で、且つ言葉とは裏腹に優しさを兼ね揃えていた孤高のクラスメイト。私の憧れだった彼に、好きな人がいた。恋をしていた。正直気が動転しそうだったがするはずもない。それは暗い砂浜でも顔を見ればわかる。
波が押し寄せてきた。ザーっという音を響かせて引いていく。
「好きだったけど付き合わなかったんだ」
「ああ。正確には振られた。好きな人がいるんだって言われたよ。それも俺が告白する前に俺のところに来て『どう思ってるか探ってくれない?』なんて言われちまった。それで素直に探っちまう俺もどうかしてるんだけどな」
「それは結構心に来るね」
「ああ。遠回しに振られたようなもんだからな。でも、そいつの目ぇ見てるとさ、何かやらざるを得ないっていうか、そういう気にさせられるっていうか。手伝おうとしちまったんだよ。でも、その好きな相手を聞いたときの方が、遠回しに振られた直後よりももっとズタズタにされたけどな」
ズタズタ、という単語が首藤には似つかわしくなかったせいか、なんだか親近感が沸いた。そして「誰だったの?」と私はその後の答えを予想せずに、躊躇なく聞くのだ。
「お前だよ」
波が押し寄せてきた。ザーッという音を響かせて引いていく。
ぞっとしたのだ。首藤は海を眺めたままそう言ったのだ。私は途端に首藤の顔を直視できなくなった。『お前だよ』そう言われてすぐは「えなんで俺?」とあり得ないと思ったのだが、話の流れを振り返って修学旅行を一から十まで思い出してみると、確かにそうだった。気にも留めていなかったような記憶が蘇り、私ははっとさせられる。おそらく、首藤の今言った話は、修学旅行のときの話なのだろう。私は自分から墓穴を掘りに行っていたのだ。
「それは、ちょっと辛いかも。結構首藤の近くで話してたし、好きな人がいつも話してる人を好いていたらって考えるとなんか、俺でもショックかな」
言った後で私は大層傲慢な人間になったな、と振り返った。首藤からしてみれば、好きな人が好いていた人間からそんな慰めをかけられているのだ。どう考えても私の言葉によって上下の差がはっきりしている。私が上で、首藤が下。苛立ったことだろう。ましてや、私はあの日の千紘の告白を断ったのだ。修学旅行で気分も高揚して、みんな楽しく、って雰囲気で、家に帰ってからも家族に「こうだったよ。ああだったよ」と楽しげに語れる時間を私は千紘から奪った。千紘が告白したのが修学旅行中ではなく、高校に到着してすべて終わった後で本当によかったと思う。傷は深くない。告白された直後は自分の優越感に浸っていただけで、そんなことなど毛ほども考えなかったが、翌々日に登校してそう思った記憶がある。
気まずいのだ。千紘が教室で否応なしに話しかけてきても、それに応えづらいのだ。あのときの私は、千紘がどんな気持ちで声をかけていたかもわからないような人間だった。今の今まで忘れていたのがその証拠。私は変わっていた。
だが、私がそんな高尚な発言をしても、首藤は顔色一つ変えなかった。失言だったと思って恐る恐る首藤の顔を見ると、彼の顔は凛々しかったのだ。皺が寄っていない、いつもの首藤。それを見て安心するはずなのだが、安心なんてできなかった。表情から彼の真意が読み取れない。怒っているかもしれない、という推測が後を絶たなかった。
「別にお前をどうこう言うつもりはなかった。千紘に『振られた』って泣きながら報告されたときも、まだ俺にもチャンスがあるかもしれないと思ったぐらいだったよ。
忘れられないのは、高三の夏休み。千紘に『なんで私ってこんなに醜いんだろう。死にたい』って相談されるまで、本気で俺は千紘の彼氏になりたかった」
「え、嘘。なんで千紘は死にたくなったの? 俺のせい?」
「さあな。お前か知らないけど廊下で一緒に写真撮ろうって言ったら、断られたんだってさ。それだけのことだ。それだけで死にたくなる千紘もおかしいと思ったが、一緒に撮ってやらない奴もクズだと思った。何が恥ずかしいんだか知らないが、無性に腹が立った。でも……。俺は好きな人の泣き顔を見ても、何も言えなかった。武田に『付き合ってやれ』ってその一言が言えなかった。断られて武田に幻滅するのが怖かったのかもしれない。唯一の友人を失いたくなかったのかもしれない。千紘と武田がくっついて俺が取り残されるのが怖かったのかもしれない。
孤独の辛さは、嫌というほど知っていたよ。誰かと関わるのは好きじゃないけど、それでも一人になると、取り残されると寂しいんだ。その気持ちを押し殺しててでも人と関わりたいだなんて思えなかった。俺は寂しさを取ったんだ。なのに、武田や千紘は俺の周りにいた。俺は武田や千紘の優しさに触れて、失いたくないと思っちまった。罰が当たったんだろうな。今まで誰かに心を許してこなかった付けが回ってきたんだ。人間のルールから逃げた付け。どうすればいいかわからなかったって言うのが正直で、千紘に何もしてやれなかった。悩んで悩んで、俺の人生でこれ以上ないくらいに悩んで、結局千紘か武田、どちらかを取ることができなかった。だから、優しさをくれたお前ら二人を俺は切り離した。そのつもりだったんだよ。なのに……。なあ、卒業式の日覚えてるか?」
そう言われて従順に私は卒業式の日を思い浮かべた。朝、スーツに着替えて親の車に乗って登校するところから、首藤との接点を探った。見つけた首藤の顔は、人のいない裏門と一緒に映っていた。




