7.高橋文乃はお嬢様？
結局、難なく学校へ入る事に成功した私と修斗は、四限目から授業を受け終えた。
さて、お昼には高橋さんと一緒にご飯を食べる約束をしていたけど、具体的には何も決めていなかった。
私たちの教室に来てくれるんだろうか？ 連絡してみた方が良いかな？ と、色々と考えているうちにその心配は杞憂となった。
「あ、高橋さーん！ こっちこっち！」
「そんなに大声で呼ばなくても聞こえるよ」
高橋さんは、私たちのクラスの入り口で予想外の注目を集める事になり、恥ずかしそうに俯いている。
そして顔を下に向けたまま、そそくさと私たちの席に近づいてきた。
「こ、こんにちは」
「やっほー高橋さん！」
「どもー」
と、それぞれなりの挨拶を交わしお弁当を食べ始める。
それにしても周りから見れば異様な光景に映るだろうな。
こう言ってはなんだが、E組とそれ以外の組には目に見える程の壁が存在する。
勝手な被害妄想なんだろうけど、成績に歴然の差があるせいか、何となく見下されている様な、それかそもそも相手にされていない様な……そんな風に感じている生徒は少なくないらしい。
でも、私は頭がいいという言い方はあまり好きではない。勉強が出来るということは、それだけ努力をしているという事なんだから。
好きな事や、やりたい事も我慢して、勉学に励んでいるからこその成績だろうに。
それを、「◯◯さんって頭いいよねー！ 羨ましい！ 私なんて全然理解力なくてさー」みたいな事を言ってる人を目にしたならば、他人事とは言え少し腹がたつ。
そんな事は自分も同じ量だけ努力してから言えばいいのに、と思う。
「私、一回聞いた事は絶対に忘れないんだよね」みたいな稀に現れる天才は例外だけどね。
ちなみに私の成績は、中の下。少しまずいかも。美柑頭良いねって言われたら、普通に喜びます。誰も言ってくれないけどね。
そんな私だからなのか、高橋さんがE組だからと言って、特に壁を作るつもりはない。ただ、前述の通り、少しお互いの性格の相性がよくないかな、と思うだけだ。
まあ、どちらにしても勉強の話題は避けた方が無難だろう。こちらとしても、あちらとしても。
「ねーねー、高橋さんってこの前のテスト学年何位だったの？？」
「えっ？ えっと……」
うん。修斗のこういう空気が読めないところ、嫌いじゃないから困るんだよなあ。私は頬杖をついてにこにこと愛想笑いをしながら注意する。
「こら修斗、高橋さん困ってるよ？ あんまりそういう事を聞くんじゃありません」
「えー！ だってE組だよ？！ 絶対に成績良いじゃん！」
そんな事はわかってるって。全く、修斗は子供だなあ。
「あの……一位です」
「「えっ？」」
私と修斗は全く同じ反応をした。タイミングも含めて。
「い、一位？ まじ？」
「は、はい」
「それは……すごいね」
「いえ……そんな事は……」
案の定、高橋さんは少し困った表情で、気まずさを紛らわすかの様にパクパクと箸を進めている。
しかし一位か。私達から見れば、同じ土俵に立とうとも思えないレベルの人がゴロゴロいるE組の中のトップだったとは……
「ち、ちなみにその前のテストは何位だったの？！」
更に突っ込んで聞きにいくとは、流石修斗。でも、ここまでくれば、私もちょっと気になりだしていたから、グッジョブをあげておこう。
「えっと、高校に入ってから一位以外はとったことないです」
「「…………」」
人間って、本当に驚いた時、リアルに絶句する事を学んだ人がここに二人。もう、この際だから日頃から気になっていた質問を、成績優秀者の代表として高橋さんに聞いてみることにした。
「高橋さんって、毎日家でどれくらい勉強してるの？」
「家で？ 宿題以外は特に……」
「得意科目は何？」
「特に無いですね」
「不得意科目は？」
「特に無いです。あ、体育は苦手です」
「塾とかはいってるの？」
「行ってないです」
ふむふむ。この子、天才かな？ 稀に現れる天才かな？
伏線回収乙って感じ？ 回収早すぎて伏線になってないんだけど……
「ピアノは弾ける？」
「な、何故ですか？」
「いや、なんとなく」
「は、はぁ……。あまり上手くないですが、それなりには」
「家に入る時、門をくぐったりする？」
「？？ 皆さんはくぐらないんですか？」
「執事さんは何人いる？」
「人数は……数えた事ないので分からないです」
「なるほどなるほど。修斗、ちょっと……」
一旦高橋さんに背を向けて、修斗に小声で聞いてみる。
「ねえ、高橋さんって、もしかしてお嬢様？」
「俺も知らなかった……」
「そっか……メイドさんもいるのかな？」
「き、聞いてみたら？！」
「あ、あの……」
疎外感に耐えきれなかったのか、高橋さんの方から声をかけてくる。
「家のことはあまり……話すのは好きじゃないんです」
少し意外だった。
怒っている訳ではないけど、自分の意思をはっきりと示し、これ以上触れて欲しくない事を伝えてきた。
「あ……うん。無神経だったね。ごめんね」
「いえ……私の方こそごめんなさい」
まあ、高橋さんの家柄がどうだとか、どうでも良いと言えばどうでも良い。
ただ……いいとこのお嬢様がなぜ自転車で登校していたんだろう。
その疑問を今日のうちに解消する事は、どうやら難しそうだ。
