表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
みかんのきもち  作者: 名前はまだない
18/20

15.B組の渡辺という男

日比谷(ひびや)、大丈夫?」

「えっ? あ、うん。ごめんちょっとぼーっとしてただけ。平気」

「本当かよ」


 七尾(ななお)が心配そうに顔を覗き込む。

 

「いや、ちょっと色々思い出しちゃった」

「そっか」


 七尾(ななお)はそれ以上深く聞いてこなかった。

 聞かないでくれた。


 七尾(ななお)とは中学一年生からの付き合いで、お母さんが入院するまで同じグループにいた。

 グループの中では仲が良い方だったのは確かだけど、七尾(ななお)は何故か、私がグループを抜けた後も気にかけてくれた。


 当時の七尾(ななお)の立場からすれば、私と仲良くするのは周囲の目という意味手間はあまり良くない事だったはずだ。下手をすればグループの他の子達と軋轢(あつれき)を生みかねない。


 一度、その事を話して、遠回しに[私のことは放っておいていいよ]と伝えたけど、「は? 別に関係なくない?」と、本人は全く気にしていなかった。

 その後も変わらず私と仲良くしてくれていたけど、本人のカラッとした性格のお陰か、七尾(ななお)がグループ内で立場を悪くする様な事はなかったみたいだ。あくまで私の知る限りではあるけど。

 

七尾(ななお)はさあ、私がグループ抜けた後も私と仲良くしてくれたじゃん? あれってなんでなの?」


 長年疑問に思っていたことを、唐突に確認したい気持ちになったのは、ほんの少し私の心が弱っていたからかも知れない。


「なんでって、友達を放っておけるわけないだろ」

七尾(ななお)……」

「てか、グループ抜ける感じになったのって、日比谷(ひびや)にも責任あるからな! おばさんが入院した事、みんなにちゃんと言ってれば、結果は変わってたかもしれないじゃん」

「まあそうなんだけどさ、でも周りに気を遣わせながら一緒にいるのも申し訳ないじゃん? それならいっそ抜けた方がお互いのためだと思って」

「んー、一理ある」

「ま、私には七尾(ななお)ちゃんがいるからいいのさー」


 そう言いながら、隣を歩く七尾(ななお)に、わざとらしく肩をぶつける。


「え? そ、そう?」

「あれ? 照れてるの?」


 ニヤニヤしながら今度は脇腹を指でつつく。


「ば、バカ言ってないで帰るぞ」

「はーい」


 七尾(ななお)はほんと素直で可愛い。

 でも高校に入ってからは、千愛(ちあい)にぞっこんみたいだからちょっとだけ寂しいかも。

 何をするにもいつも一緒って感じだもんな。まるで恋人みた……い。 って、ん?


 待てよ……さっきの七尾(ななお)の話って、まさか千愛(ちあい)の事じゃないよね?

 いや……まさかね。


七尾(ななお)ってさ、今好きな人とかいるの?」

「え? 何? 急に……」

「いや、なんとなく」

「まさかこの流れ、愛の告白?」

「いやいや、それはない」

「ふ、ふーん」

「で、どうなの?」

「それは……まあ、いるけど……」

「そうなんだ! だれだれ?」

「内緒!」

「もしかして、修斗(しゅうと)?」

「はあ? ないない。いい奴なのは認めるけどさ」

「うーん、だったらB組の渡辺とか?」

「……誰それ?」


 顎に手を当てながら首を(かし)げて否定する。本気で誰だか分かってないみたいだ。渡辺……すまん。



「じゃあ……千愛(ちあい)だったりして」

「…………え?」

「ん?」

「な、な、な……なんで?」


 七尾(ななお)の声は不自然なまでに上ずっていた。


「えっと……すごく仲良しさんだから」

「ち、千愛(ちあい)は女の子だよ?もー、何言っちゃってるんだよまったくバカだなー日比谷(ひびや)は! は、ははは!」


 七尾(ななお)……分かりやすすぎ。動揺なんてレベルではなかった。もはや挙動不審と言っても過言ではない。私が警官だったら確実に職務質問をするレベルだ。


「そっか、違ったか。お似合いだと思ったのに残念」

「え?! うちと千愛(ちあい)、お似合いだと思う?! どんな所が?!」


 食いつきが半端では無かった。ただ、これは事実確認と言うよりは、素直に私の思った感想を口にしただけだ。他意はない。


「思うよ。なんて言うのかな、二人だけの世界を持ってると言うか……誰にも邪魔されない、他人には踏み込めない何かを二人は共有してる感じかな? 抽象的で申し訳ないけど」

「二人だけの世界……そ、そうだよな! うんうん」


 七尾(ななお)は一人で頷きながら、納得しているみたいだけど、結局七尾(ななお)の好きな人、つまりは先程ファミレスで話題となった人は、千愛(ちあい)だったという事で良いのだろうか。


 普通なら確信を持てるだけの反応だったけど、七尾(ななお)の言う通り千愛(ちあい)は女の子だ。

 それも飛びっきり可愛らしい、小さくて(はかな)い、ラブリーチャーミーな、ザ・女子。


 そして七尾(ななお)も女の子だ。こちらも負けず劣らずの美少女。容姿端麗、成績優秀、温厚篤実(おんこうとくじつ)、すんばらしいザ・女子。


 女子×女子。その事自体に強い偏見を(おもて)に出す人は今時少ないかもしれないけど、すんなりと受け入れる事は、私の知識と経験では(いささ)か難しかった。


「また今度、気が向いたらでいいから教えてよ」

「え? 何を?」

七尾(ななお)の好きは人」

「あ、ああ! そうだね。また今度な!」


 取り敢えず今日のところは気付かないフリをする事にした。ずるいかもしれないけど。

 でも人には踏み込んで欲しくない領域というものがどうしても存在する。

 隠そうとする(全然隠せてないんだけど)という事は、話したくないという事だ。

 ならばこちらからも根掘り葉掘り聞かないのが礼儀だろう。


 いくら七尾(ななお)とはいえ、距離の詰め方を間違えると、お互い取り返しのつかない傷を負うことになる。

 もう、人を……これ以上嫌いになりたくない。

 私自身を嫌いになりたくない。

 なんて、悲劇のヒロイン気取りとか、ちょっと恥ずかしいよね。


要は、自分が傷つくのが怖いだけなんだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ