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みかんのきもち  作者: 名前はまだない
14/20

12.これは友達の話なんだけど……って言う奴大体いい奴

 そんなこんなで、読書感想部なるものに入部することになった後、今日は部長も不在だし解散してようということになった訳だけど、早速次の会のお題になる本を渡されていた。


 少し古めの短編恋愛小説。何処にでもありそうな、それでいて心を打たれそうな……いやごめん。まだ読んでないからよくわからないんだけど。

 ただ、以前テレビの特番か何かで紹介されていたのを覚えているので、当時そこそこ話題になったのは間違いない。


 話題性があり、かつ初心者でも読みやすい。先ほどのパンフレットの件といい、普段あまり読書をしていない私達への配慮だろう。


 「美柑(みかん)! 高橋(たかはし)さんから借りた本、どっちが先に読むー?」

「ああー。修斗(しゅうと)先読んでいいよ。私は本読むの遅いから」

「そう? じゃあそうするよ! でも意外だったなぁー。美柑(みかん)が入部するとは思わなかったよ」

「んー……そうだねえ。このまま一回も部活せずに学生生活が終わるのもなんだかなーだしね。でも修斗(しゅうと)も無理に付き合ってくれなくていいのに……大丈夫?」

「無理はしてないから大丈夫!」


 ニコニコと笑う修斗(しゅうと)。この場面で嘘をつける(ほど)器用(きよう)な人間でないことは、長年(ながねん)の付き合いでなんとなく分かる。

 どこまで良いやつなんだよと思う反面、良いやつって案外モテないぞーと心の中だけで忠告(ちゅうこく)しておいた。


 「じゃあ美柑(みかん)また明日ー! バイバーイ!」

「はーい。気をつけて帰りなよ」


 家に着いた私に、朝と同じ様にブンブン手を振りながら小さくなっていく修斗(しゅうと)

 元気な人を見ているとこちらも元気が出てくるから不思議だ。


 玄関を通り、しーんっとした廊下をペタペタと歩く。

「ただいまー」と言ったところで誰も居ないので返事が返ってくることはない。返ってきたらめっちゃビビる。

 パチリとリビングの電気をつけ、テーブルに置いてあったリモコンでテレビを()ける。

 日中に、屋根が存分(ぞんぶん)に熱せられたからだろうか、部屋の中はむわっとした熱気で満たされてた。


「暑ーい……」


 パタパタと手で団扇(うちわ)の様に顔を仰ぐも、それほど涼しさは感じられない。

 初めての部活のお陰で、夕方と言うには少し遅い時間での帰宅になってしまった。

 それにしても、夕方と夜との狭間(はざま)の時間帯は、どこか不気味(ぶきみ)さを感じることがある。

 ただ、それ以上にもの寂しさで心が埋められていくのは、私だけでは無いはずだ。


 ピロンとスマホが鳴る。この時間帯に私のスマホを鳴らすのは決まって父だ。[今日は出張! 明日の夜にはカエル。げろげーろ]内容はいつもの業務連絡みたいなものだけど、毎日何かしらのアレンジを文面に加えてくれるので、飽きることはない。

 [30点。意味不明。]と返信した後でもう一通。[気をつけて帰ってきてね]


 お父さんも忙しいんだから、毎日わざわざ連絡をくれなくても良いと伝えてはいるけど、私を家で一人にしているという()い目を感じているのだろう。

 毎日、朝早くから夜遅くまで働いてくれているのに、何を娘に気を(つか)う必要があるのだろうか。


「大人になりたくないなあ……」と子供しか言わない台詞(せりふ)をはきながら、洗濯物の取り込みと食器類の洗い物を済ませる。

 お風呂は暑いのでシャワーで良いか……と考えている時にもう一度スマホが鳴る。


[おーす。いま暇?]と素っ気ないメッセージを送ってきたのは七尾(ななお)だった。

[いつでもひまーだよ]と返信する。

[じゃあちょっと付き合ってよ]とすぐさま返信がきたので、二つ折りの財布を鞄から取り出し、ぱかっと開く。……いける。


[おけまる。どこ集合?]

[いつものファミレスで]


 お互い短い文章だがレスポンスが良い。相手とテンポが合うってなんか楽でいいなと改めて感じる。

 家事はある程度終わったし、晩御飯のメニューを考える手間が(はぶ)けたのでちょうど良かった。


 程なくして[いつものファミレス]に到着した私に、片手を()げて迎える七尾(ななお)。やけに男前だな。


「悪いねー、呼び出しちゃって」

「んーん。丁度お父さんが出張だから、ご飯どうしようかなーって悩んでたところだっんだよ」

「ならよかった。てか、おじさん前にも増して出張増えたね」

「もう慣れちゃったけどね」


 メニューには定番のハンバーグやステーキが所狭(ところせま)しと並んでいる。

「チーズハンバーグ美味しそう。でもカロリー……やば」

日比谷(ひびや)そんな太ってないんだから気にしなくていいんじゃない?」

「いやいや、油断したら一発だよ」

「そんなもんかねー?」


 七尾(ななお)は視線をメニューから離さず、[ダブルハンバーグ洋食セット]を指差しながら、「うち、これにする」とドヤ顔で宣言してきた。


「やるなお(ぬし)

「腹が減っては(いくさ)はできぬ」


「じゃあ私は親子丼にしよーっと」

「カロリー(たい)して変わらんでしょ」

「少しの差が積み重なると、体のお肉も積み重なるんだよ?」

三段腹(さんだんばら)?」

「恐怖でしかないね」


 注文を済ませた後、ドンクバーに飲み物を取りに行く。

 私は烏龍茶、七尾(ななお)はカルピスソーダ。


「ドリンクバーって何杯(なんはい)飲んだら(もと)がとれるのかなあ?」

「え? 日比谷(ひびや)っていつもそんな事を考えながらジュース飲んでんの?」

原価厨(げんかちゅう)なもので……ちみにイチゴ狩りなら(もと)を取る自信がある!」

「そりゃ良かったね」


 席に戻った七尾(ななお)はスマホをいじりながら「はぁ……」と、浅めのため息をついた。

 さっきまでまるで生産性のない会話をしていただけに、普段なら見落としてしまうであろう七尾(ななお)の感情の機微(きび)が、やけに気になった。


「どした? 元気ない?」

「んー……まあ、ちょっとね」

「彼氏とケンカでもした?」

「いや、彼氏いないし」


 それは知ってる。私から見れば十分魅力的な七尾(ななお)に、なぜ彼氏が出来たことがないのかは知らない。


「……あのさぁ、これは友達の話なんだけどさ」


 うん……たぶん七尾(ななお)の話だ。なんというテンプレート。七尾(ななお)のそういうところ大好きだ。


「その子には凄く仲がいい子がいて、結構二人だけで遊んだりとかしてて……でも付き合ってるかと言われるとそうでもない気もして。友達以上恋人未満? みたいな」

「うんうん」

「それでその子が他の子に()れ……じゃなくて仲良くしてたりしてるの見てその友達がなんか落ち込んじゃって」

「ほうほう(……()れ?)」

「でも別に恋人って訳でもないし、やめてほしいとか言えないじゃん。なんか束縛みたいなの嫌だし」

「まあ、そうだね」

「そういう時、どうしたらいいのかなって」


 ……うん? いまいち要領(ようりょう)()ない質問だ。話の流れから察するに、七尾(ななお)に好きな人がいて、なんとなくいい感じだけど付き合っているわけではない。

 で、その人が他の女子と仲良くしているのを見てやきもちを焼いている。という事でいいのかな?


「それは難しい問題だね。でも、その子が思っているように、相手も同じような事を考えてるんじゃないかな?」

「そう! それなんだよ。自分はそんな事しようとするのに、うちに対しては、他の誰にも(さわ)らせないとか言ってくるんだよ?! おかしいと思わない?!」

「それはおかしいね(《うち》って言っちゃってるけど……)」

「まったく……なに考えてんだか(いま)だにわかんいよ」

「そかそか。それで七尾(ななお)は他の誰にも(さわ)らせないって相手の人に言われてどう思ったの?」

「…………めっちゃ嬉しかった」


 だ、だめだこの子。早くなんとかしないと……。


「って、うちの話じゃないからな?! 友達がそう言ってたと思う」

「うんうん。友達の話ね」


 七尾(ななお)って、やっぱかわいい。たぶん、恋愛に慣れていなくて自分の気持ちに、どう整理をつけていいのか分からないんだろう。

 私も恋愛経験については人のことは言えないけど、七尾(ななお)の話を聞いて、客観的に見た私の感想は……「それ、完全に両想いやん」だった。


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