11.元気ですかー!!
「そうか……しかしそれは参ったな!」
「部長。その話は今はいいです」
お茶を入れ終わって元の席に着いた高橋さんが、静かだが力強く部長に進言する。何が参ったなのか知らないけど、やぶ蛇になる事は間違いなさそうなので、敢えてスルーしようと決めた。
「ああ。そうだな! まあ、折角だし『読書感想会』に参加だけでもしてもらうぞ!」
「……やっぱりそう言う流れになるんですね。修斗、どっか寄りたいところあったんじゃなかったっけ? 時間、大丈夫なの?」
「えっ? ああ、俺は大丈夫!」
「そうなの? まあ、修斗がいいなら別にいいか……」
おかしいなあ。いつもの気の利く修斗さんではないみたい。
なんだかちょっとぽけーっとしているみたい。
「それで、なんの本を読めばいいんですか?」
「さーて、どうするかな? 高橋、なんかあるか?」
「そうですね……お二人とも始めてと言うこともありますし、あまり時間がかからない物がいいですね」
「あ、あんまり難しい本はやめてくれると嬉しいかも!」
私も修斗同じ気持ちだった。いくら短いと言っても、内容が難しい本を読んで、すぐさま自分の意見を言えるほどの教養は備えていない。
しかも生徒会長と学年一位の超天才が相手では、私も修斗も恥をかくだけだよ。
「そうだ! あれがいいかもしれないな。ちょっと待ってろ!」
そう言い残して神高先輩は勢いよく部室を出て行った。本当に元気な人だ。
「えーっと、高橋さん? 神高先輩はどこへ行ったのかな」
「すみません。私にも分かりません。でもたぶんすぐ戻ってきますよ」
「そうなんだ……」
それから暫くして、一冊の本を片手に神高先輩が戻ってきた。
一冊の……本?
「あの……それって、うちの学校の紹介パンフレットじゃないですか?」
「ああ! そうだ! これなら時間もかからないし、人数分を用意することが出来るから手っ取り早いだろう!」
理にかなっている。反論の余地は無い。
うん、無いんだけど……なんだかなあ。
「面白そうじゃないですか。やってみましょう」
「おー!!」
どうやら修斗も高橋さんも乗り気の様なので、渋々パンフレットを受け取り、ページをめくっていく。
私たちの学校のパンフレットは、いたって普通。
古臭いわけではないし、奇をてらっているわけでもない。
学校の全体写真に校長先生の写真とコメント。
校訓みたいなのがデカデカと書かれたページには爽やかな制服姿の男女。
後のページも正直あまり特徴のない、当たり障りのない仕上がりだと感じた。
あっという間に最後のページに到達する。まあ、普通パンフレットなんて、よほど読み込まない限り、全て目を通すのに五分とかからないもんね。
「さて、そろそろいい頃合かな! どうだ皆んな?」
「俺は読み終わりました! これって感想を発表する順番とか決まりは無いんですか?」
「ははは! そんなに堅苦しく構えなくて大丈夫だぞ! ルールも何もない。ただの雑談の延長だと思ってもらっていい」
「そうなんですか! えっと、じゃあ俺が一番印象に残ったのは……校長めっちゃ禿げてるなー! です!!」
あぁ……修斗。やってしまったね。君のことは忘れないよ……。
いくらなんでも良いって言っても、それは流石にふざけ過ぎと怒られるんじゃないかな……?
何度も言うけど私達以外はエリートさんなんだからね。
恐る恐る二人の反応を待つ。
「……確かにハゲてますね」
「ああ! てっぺんからくるタイプだな!!」
「ちょ、部長。て、てっぺんって……くすくす」
堪えきれず体を小刻みに震わせながら笑っている高橋さんを見て、私も思わず笑ってしまった。
「まあ、校長の頭のことは置いておいて、日比谷はどうだ?」
「えっと……なんて言うか普通ですよね。良くも悪くも」
「そうだよなぁ! 特徴が無いって感じか?」
「そうそう。何処にでもありそうと言うか」
「うんうん」
「こういうのって、どうやったら個性を出せるんですかね?」
「うーん。これって業者さんに頼んでるんだよね? だとしたら、どうやっても無難な仕上がりになっちゃうんじゃないかな? そのかわり大コケはしないみたいな」
「ああ! まさしくその通りだ! だが希望を出せば、ある程度要望には答えてもらえるみたいだぞ。前年を踏襲ばかりしているから、代わり映えがしないだけさ!」
「高橋さんだったらどこを変えるー?!」
「そうですね。私ならここをこういう風に……」
「えー? 本当に? それならこうしたほうが……修斗はどう思う? ってこら。校長の頭をマジックで塗っちゃ駄目でしょ?」
と、そんな感じでいつの間にかパンフレット作りに全員夢中になっていた。
ちなみに感想って修斗が最初に言った校長のことだけな気がする。
「さてと、そろそろいいだろう! 有益な意見を集めることができた! 感謝するぞ!」
「……えっと、これってもしかして生徒会の仕事ですか?」
「まあ、それも兼ねていたと言っておこう。忌憚のない意見を聞けて良かったよ! でも勘違いしないでほしい。メインは体験の方だからな!」
神高先輩の言葉が嘘とは思えない。実際に意見を交換している時、楽しかった。
たまになら今後も参加しても良いかなと思わせると同時に、生徒会の仕事も片付けるとは、神高先輩ってもしかしてもの凄く仕事のできる人なのかも。
「それじゃあ、私はこれからこの手土産をもって生徒会の方に顔を出すから、後は自由にやってくれ! さらばだ!」
神高先輩は、私たちの意見が書き込まれたパンレットを天高く掲げ、颯爽と部室を後にした。
残された三人に一瞬の沈黙。表現が正しいか分からないけど、台風一過って感じだ。
彼女が台風だとしたら、周りにいる私たちは風で煽られバタバタとするけど、台風の目である当人は案外と冷静なのかもしれない。
そういう意味でも、神高玲奈という人間が、どんな性質なのか少しだけ気になってきた。
「なんか、パワフルな人だね」
「確かに! いつもあんな感じなの?!」
「ええ。いつもあんな感じですよ」
「カリスマ性があるって言われてる理由が分かった気がするよ」
いつの世も、何かを成し遂げる人に共通するものって、まずは活力があるかどうかなのかも知れない。元気があればなんでもできる!
「ところで高橋さん、他の部員の人は今日は来ないの?」
「他に部員はいません」
「え?」
「現時点では読書感想部の部員は、部長と私のだけなのです」
「あぁ……そういえばお昼に言ってたね」
「でも勘違いして欲しくないんです。ただ部員が欲しいから声をかけたわけではないです。お二人だから是非入部して欲しいと思ったんです」
「んー、なんで私たちだからなの?」
「それは……私が困っていたところを助けて頂きましたし、信頼できる方たちだと思ったからです。だから私は貴方達の事をもっと知りたい。あと、その……仲良くなりたいんです!」
それが本音かどうかは高橋にしか分からないけど、そんなに真っ直ぐな瞳で、そんな小っ恥ずかしいことを直情的に言われると、荒んだ私の心にも幾分響くものがある。
「分かった。じゃあ入部するよ
。修斗はどうする?」
「美柑が入部するなら俺も入るよ!」
「ほ、本当ですか?! ありがとうございます!」
そう言いながら満面の笑みを浮かべる高橋さんを見て、少しだけ暖かい気持ちになったのは、本人には内緒だ。