表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
みかんのきもち  作者: 名前はまだない
1/20

1.日比谷 美柑(ひびやみかん)

「ずっと|先輩の事が好きでした! 俺と付き合ってください!!」


 放課後の体育館裏(たいいくかんうら)で、名前も知らない一年生から告白される。体育館裏なんて言うと、怖い先輩に呼び出されてるみたいな感じだけど、最近そんな場面に出くわすことなんて、(ほとん)ど無いだろう。

 後輩は頭を下げたまま、右手を私に差し出している。これは……オッケーなら手を(にぎ)ればいいんだろうか。宜しくお願いしますの握手(あくしゅ)を。

 しかし今日は暑いな。もう夕方だと言うのに、後輩の着ている半袖のカッターシャツにも汗が少し滲んで(にじ)いるのが見て取れる。


「もうすぐ夏だね」

「……えっ?」


 告白と全く関係のない返答(へんとう)戸惑(とまど)う後輩くん。そりゃそうだ。


「ああ、えっと……今は誰かと付き合ったりするつもりは無いんだ。

ごめんね?」

「……そうなんですか。分かりました」


 がっくりと肩を落とし、力なく答える後輩くんの姿があまりに可哀想(かわいそう)に見えたので、()えて一つ質問をしてみたくなった。


「あのさ、君にこんな事を聞くのもあれなんだけど、なんで私と付き合いたいと思ったの?」

「それは……先輩、可愛いですし優しそうだから」


 可愛くて、優しそう……か。うん。悪い気はしないな。


「そっかそっか。ありがとね」

「いえ。あの、俺からも一つ聞いていいですか?」

「うん? どうぞ」

「先輩は、誰か好きな人がいるんですか?」

「……いないよ?」

「なんで誰とも付き合う気が無いんですか?」


 聞きたいことは一つじゃなかったっけ? まあ、別に良いけど。


「うーん。好きな人がいないから……じゃないかな?」

「付き合ってみたらその後でその人の事を好きになれるかも知れませんよ?」

「……君は、営業マンに向いているかもしれないね」


 その後、何度かの質疑応答(しつぎおうとう)()て、やっと諦めてくれた後輩くんは、夕日の中へ消えていった。なんか格好いいな。

 後輩くんを見送った後、段差に腰掛け、物思(ものおも)いに(ふけ)る。

 驚いた事に、なんの取り柄もないこんな私に告白してくれる人が結構いたりする。

 ただ、付き合いたいと思えるほど好きになれた人は、今まで一人もいなかった。


 少し弱めの風が顔を()でる。それと同時に長めの髪がふわふわと()れる。

 気付けば夕日も(ほとん)(しず)み、辺りは暗闇に包まれていた。


挿絵(By みてみん)



「……帰ろ」


 体育館から校門へと歩いて移動する。そこには私を待つ人影(ひとかげ)が一つ。私はバックからモンスターボールを取り出し……じゃなくて。


「あれ? 修斗(しゅうと)、待っててくれたの?」

「うん。美柑(みかん)、また(こく)られたの?」

「あはは。そだね。全く、みんな見る目ないよねー」


 嘲笑混じり(ちょうしょうま)の苦笑いを向けた相手は、正木 修斗(まさきしゅうと)と言う男の子だ。

 修斗(しゅうと)とは中学が一緒で、どんな偶然(ぐうぜん)か、中学の時も高校一年の時も、そして高校生二年生になった今も含め、ずーっと同じクラス。

 ここまできたら、運命感じちゃうね。


「本当だよね。顔が可愛いのは認めるけどさ、中身がなー」

「うっさい」

「でた。自分で言うのは良いけど、人に言われると腹立つパターンのやつだ!」

「うっさい」


 修斗(しゅうと)はたぶん、私の事を女として見ていない。

 だけどそれが良いんだろうな。

 こうやって軽口(かるくち)を叩きあえる相手がいるのって、結構助かるものだ。


「でもさー、美柑(みかん)ってよく告られるけど、結局今まで誰とも付き合ってないよね。なんでー?」

「それ、さっきの後輩くんにも聞かれたんだけど。そんなに気になる?」

「聞いてはみたものの、別にそこまで気になっているわけではない」

「なんだそれ」


 ほんと適当(てきとう)な奴だな。たが、そこが良い。修斗(しゅうと)と居ると疲れない。


「さては美柑(みかん)百合(ゆり)だな?」

百合(ゆり)? 百合(ゆり)ってなにさ」

「女の子同士の甘美(かんび)な世界だよ」

「女の子同士って……ないない」


 漫画やアニメの世界じゃないんだから、身近でそんな話がある訳がない。別に男の人が嫌いとか苦手とか、そういう訳でもないし。


「だよねー。言ってみただけだよ」


 そんなバカみたいな話をしながら下校する男女二人。

 (はた)から見ればカップルに見えなくもないだろう。

 修斗(しゅうと)は身長も高く、それでいて細身(ほそみ)なのでスラッとした印象を受ける。

 加えて、かなり整った造形(ぞうけい)のご尊顔(そんがん)をされているので、女子からの人気も高い。

 一時期(いちじき)、私と修斗(しゅうと)が付き合っていると言う噂が流れて、修斗(しゅうと)のファン達に亡き者にされそうになった事もあったけど、今では良い思い出だ。


「ん? 美柑(みかん)、あれ見て」


 修斗(しゅうと)の指差す方向を見ると、そこにはエンジ色の自転車の(そば)で座り込んでいる女子高生が目に入ってきた。

 制服から(さっ)するに、どうやら、うちの学校の生徒の様だ。

 スッとのびた鼻と、黒くてサラサラの長い髪。

 少し遠目からでも分かる真っ黒な瞳が、少し潤んでキラキラと輝いて見えたのが印象的だった。

 全体的に色素が薄く、髪も目も茶色がかっている私とは、対照的(たいしょうてき)に感じられたのを今でも覚えている。


「どうしたのかな?」


 私が反応するより先に、そう言いながらその子の元へと足早(あしばや)に駆け寄る修斗(しゅうと)

 困った人がいれば見過ごせない。考えるより先に体が動く。

 修斗(しゅうと)のそういう一面を素直に尊敬できるし、私も真似をしたいと常日頃から思っている。

 ……今のところ思っているだけだけどね。


「どうしたの? 何か困ってる?」


 そう女の子に話しかける修斗は、さながら凄腕(すごうで)のナンパ師か、何処(どこ)ぞのホストにも見えた。コミュ力が高すぎないかい?


「あの、自転車のチェーンが外れてしまって……」

「なるほど。ちょっと見させてもらってもいいかな?」


 女の子が答える前に自転車のハンドルに手をかけ、自分の方に引き寄せる。

 チェーンを指で引っ掛け、えっと……名前が分からないんだけど、歯車みたいな奴にそれを乗せる。

 その後、ペダルを普通とは逆回転方向に足で勢いよく回すと、ガチャンと言う音を立てながら、見事に歯車にチェーンがはまった。


「はい、元通(もとどお)り!」


 修斗(しゅうと)、顔だけじゃなくてやる事もイケメンだな。そんな事を考えながら、自販機でお水を買う為に、私は一旦その場を離れた。

 私が戻ってきた頃には二人は自己紹介を終えていた様で、「こちら、E組の|高橋 文乃(たかはし ふみの)さん!」と、まるで旧友(きゅうゆう)の紹介でもする様なテンションで修斗(しゅうと)が彼女の名前を教えてくれた。


「私はA組の|日比谷 美柑(ひびや みかん)。宜しくね」


 そう言いながらさっき買った水で濡らしたハンカチを高橋さんに差し出す。「えっ?」と驚いた表情の高橋(たかはし)さんに、いいからいいからと、強引にハンカチを渡す。

 自分で何とかしようとしたんだろう。高橋(たかはし)さんの手はチェーンに付いていた油で真っ黒になっていた。

 近くに公園でもあれば水道でハンカチを濡らせば良いんだけど、世の中そう都合よくはいかないもんだ。


「あの、ここまでしてもらうのは悪いです。本当に大丈夫ですから」

「何言ってるの。折角(せっかく)の綺麗な手が台無(だいな)しだよ? 怪我(けが)はしてないよね?」

「ちょ、美柑(みかん)まじお母さんみたい!」

茶化(ちゃか)さないでよ」

「お二人とも……本当に助かりました。ありがとうございました」

「いえいえ。困った時はお互い様。じゃあ、私達はもう帰るから(きみ)も気を付けて帰ってね」


 ぺこりと頭を下げている高橋(たかはし)さんに手を振りながら、修斗(しゅうと)と再び帰路(きろ)につく。

 これが高橋(たかはし)さんとの出会いだった。



——————————————————


[自転車 歯車 名前]


 家に帰った私は、リビングにある濃い茶色のソファに腰掛け、スマホの検索エンジンに入力する。

 うちのソファはふかふかで、中々(なかなか)座り心地が良い。油断すると眠りに落ちてしまいそうになる。


「すぷろけっと……?」


 どうやら自転車のペダルに繋がっているあの歯車の名前は[スプロケット]と言うらしい。[ギア]と呼ばれる事もあるみたい。


 画像を見てみると、色々な形や大きさがあって、競技用(きょうぎよう)の自転車なのか分からないけど、一つのスプロケットに何段もの歯車が重ねて付いている様な物も多々(たた)あった。


 スプロケットがチェーンで繋がれ、前後の車輪が連動(れんどう)して回る。チェーンが無ければ、空回りするだけで前には進めない。成る程ね。


 別に自転車に詳しくなりたくて調べた訳ではない。歯車が好きな訳でも勿論(もちろん)ない。ただ、なんとなく気になっただけだ。


 後になって、この事が私の人生において重要な伏線(ふくせん)になっている。なんて事はたぶん無い。


 じゃあ、そんな事を調べるのは無意味じゃないかって思う?

 

 確かにそうかも知れない。


 でもさ、(ぎゃく)にこの世に意味のある事なんてあるのかな?


 人はいずれ死ぬ。死はみんなに平等だ。死んでしまえばそれで終わりなんだから、それまでに何をしようと、何を感じようと別に意味なんて無いんじゃないかな……


 散々(さんざん)語り尽くされたであろう、さして面白くもないお題目(だいもく)について、さも自分の考えであるかの様に語ってはいるけど……


「要するに、(ひま)なんだよねえ」


 あー、退屈だ。人生は退屈だ。何か楽しい事ないかな? 胸が(おど)る様な、心臓の鼓動(こどう)が少しだけ早くなるような、そんな面白い事が起きないかな?


 いつもそんな事を考えているけど、結局自分から動かないと何も始まらないし、何も起こらない。


 その答えを知ってしまっているのに、行動しようとしない自分に、実は苛立(いらだ)ちを感じているのかも知れない。


 ただ、今日出会った高橋(たかはし)さんと言う女の子。E組って言ってたっけ。


 確かE組は進学組(しんがくぐみ)で、私と比べるのも失礼なくらい、お勉強が出来る人達(ひとたち)の集まりのはずだ。

 授業と授業の合間(あいま)の短い休憩時間でも平気で参考書を取り出し、お昼休憩でさえ、単語帳を片手に食事を()る人が少なくない。


 その独特(どくとく)の雰囲気と敷居(しきい)の高さから、他のクラスの人は足を踏み入れることさえ(はばか)られる。


 だからだろう。同じ学校で、同じ敷地(しきち)の中で一年と少しを過ごしたはずの二人が、互いに面識(めんしき)()なかったのは。


 「それにしても綺麗な子だったなあ。勉強ばっかりしてるのは勿体(もったい)ない」


 お前は何様(なにさま)なのかと言われても仕方(しかた)がない上から目線な独り言(ひとりごと)。大きなお世話とは(まさ)にこの事だ。


 まあ、彼女と友達になって、仲良くなって、今後ともよろしくどうぞと言う展開にはたぶんならないだろう。


 なんか住む世界が違うって感じだし。この時はそんな風に思っていた。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ