人形遣い《マリオネット》
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床に広がる赤い水溜り。
鉄の粒が高速で落下して出来たような無数にできた小さな穴。
見るも無残な姿になった積み木の玩具や子供が遊ぶ遊具の数々。
部屋一面を彩る無数の穴は、まるで鉄の塊が弾けて小さな破片が飛び散ったようなそんな痛々しい傷跡でもあった。
「主よ。今日も貴方様に愛されていたこと、“死”から守って頂いたこと、心の底より感謝致します」
部屋の中心でアロンは平然とした様子で胸の前で十字を切りながら祈りを捧げていた。
傍らで動かなくなった子供達には目もくれずに。
床で寝そべったままの子供達。
ピクリともしないその姿はただ寝ているわけでは無いことは一目瞭然だった。
「いや、しかし。これにはさすがの私も驚かされたよ。まさか“死の光”を前にして生き残った者が私以外に3人もいたとは」
興味深そうに視線を這わせるその先には、ミユとメローネ、そして泣き崩れたイルミナの姿があった。
「ふむふむ。死を掠めた者が1人に死の直前である者が1人……。完全に死を避けることが出来たのは君1人か」
アロンはミユとメローネをチラリと見たあと、最後に無傷のイルミナを面白そうに見ていた。
震えながら祈りを捧げる悲しみに満ちた少女を。
「慈悲深く……、慈愛に満ちた我らが父よ…………。あなたを、信じ、あなたを崇め……、あなたに、こそ、……うぅっ……救われることを望む、わたしたちを、どうか……、正しき道に、ううっ…………、どうか恵み、の光を……。どうか……、どうか…………」
イルミナは十字架のペンダントを手に必死に祈りを捧げていた。
零れた涙が十字架の上で弾けて流れるが、一向に光が宿る気配はない。
それは何度繰り返しても同じことだった。
「どうして、こんな…………」
絶望したようにイルミナは十字架を強く握りしめた。
やり場の無い憤りをぶつけるかのようにして。
「さて、今日は多くの神に愛されし魂に出会えた素晴らしき日でもある。……が、同時に不可解なことが起きた日でもある。1人探し出すだけでもやっとの選別。それが一度に3人も現れるとは」
アロンは天を仰ぎながら3人を見下ろした。
感情のこもらない瞳でゆっくりと、順番に瞳を這わせる。
ミユは依然として起きる気配がなく目は閉じたまま。
しかし、微かに上下する胸がまだ生きていることを証明している。
だが右肩に出来た小さな穴から流れ出る鮮血は、それも時間の問題であることを示していた。
メローネも同様に小さな傷を左太ももに作っていたが、こちらはどちらかというと胸にできた傷が大きすぎてミユよりもはるかに深刻な状態だった。
そして最後にイルミナをじっと見つめるアロン。
何かを探るように凝視する。
自分の足元や周囲と見比べながら、何かを考える素振りを見せる。
そして何かに気付いたようにアロンが疑問のままそれを口にした。
「……君が、何かしたのかな?」
しかしその疑問にイルミナが答える事は無い。
アロンの声が聞こえていないのか、イルミナはただひたすらに祈りを捧げ続けている。
「完全に死を躱して見せた君の傍にいた者だけが辛うじて生きている。何か意味があるように感じるのは私だけだろうか?」
アロンの言葉通り、イルミナの周囲にできた傷跡は、他に比べると異様な程少なかった。
まるで何かが意図してイルミナを避けた。
そんな印象を受ける。
「加護を使ったか? しかしそれを使ったところで“死の光”を防ぐことは不可能。ましてやそれを授かることができない君では尚のこと。なら、呪詛を使ったか? しかしその痕跡は見つからない……」
アロンは必死に思考を巡らせているようだが、それでも満足のいく答えは見つからないようだ。
「主の気まぐれか、はたまた運が良かっただけか……まあ何にせよ、私が探している神に愛されし魂とは、“死”、その程度に屈しない強さを持つものに限られている。今はそうでも、もうじき死が訪れるであろう魂に用はない」
アロンは動かないミユとメローネを見ながら吐き捨てるように口にした。
そしてイルミナの前で片膝を着くと、そっとその肩に触れる。
「喜びたまえ。君は神に愛されている。この世界ではとても稀有な存在だ。先程の無礼な発言は詫びよう。どうか許してほしい」
アロンの心からの謝罪。
しかしイルミナはそれを無視して、ただ祈りを捧げていた。
微かな希望にすがって。
既に生気の感じられない子供達。
それでもどうか助けて下さいと。
ただひたすらに祈りを。
アロンは返事のないイルミナに気にする様子もなく、そのまま立ち上がるとメローネを突き刺した剣が収められた鞘に触れた。
「では、不要な存在にはこの辺でご退場願おうか」
そしてアロンが剣を抜き取ろうとした時だった。
「アロン様。こんな所におられましたか」
突然、部屋の入り口から聞こえて来た男の声。
白いローブに首からぶら下げた十字架。
腰にはアロンと同じく煌びやかな鞘が薄暗い部屋の中でもしっかりとその存在を主張している。
「おお、丁度いいところに来てくれた。祈り子様の方はどうなっている?」
「たった今大聖堂で行われていた礼拝が終わったところです。祈り子様が探されておりますので、急がれた方がよいかと」
「そうか、こちらに少し時間をかけ過ぎたか。なら私はこのまま祈り子様と共に次の巡礼地へと向かう。お前は彼女を頼む。今朝見つかった子供に次いで2人目の神に愛されし者だ。丁重に、聖都までお連れするように」
アロンは未だに祈りを捧げることを止めないイルミナを一瞥すると、そのまま現れた男の隣に並び、そっと非常な命令を下す。
「それと、まだ息のある者が2人程いるが、どちらも不要な魂だ。処分するように」
「かしこまりました」
男は丁寧に頭を下げると腰にささった剣を抜き取った。
「メローネよ。これで良くわかっただろう。正しいのは私であり、間違っているのが自分であるということが」
アロンはそこまで言うと、もう興味が無いとばかりに振り返ることもなく部屋から出ていく。
「さらばだ、かつての盟友よ。そして愛しき人よ…………」
「貴方を傷つけたくはない。できればその子から離れて頂きたい」
背中から聞こえて来た男の声。
イルミナは無視するようにミユをぎゅっと抱きしめていた。
「私たちが、一体何をしたというのですか……?」
「悪いが言葉を交わしている暇はない。貴方にはこれから私と共に聖都へと来ていただくことになっている。抵抗される場合には実力行使に移らせていただくことになるので、できるなら大人しく従って頂きたい」
「なら、この子とシスターを助けて下さい。そうすれば……、聖都でもどこへでも、貴方に従いますから」
「……わかった。その子と女の命は保障しよう。だからその子をこちらに渡してはくれないか」
言いながらも男は剣を鞘へ戻そうとはせずに、むしろ柄を握る手に力を込めた。
「治癒が先です。お願いです。言う通りにしますので、どうか……」
イルミナには例え男の言葉に信憑性がなくとも、頼る以外に術はなかった。
加護はない。
祈りを捧げても誰も助けてはくれない。
イルミナはただ絶望の中にいた。
男がそっとイルミナの前へと回り込む。
手に持った剣の矛先をミユへと向けながら。
「では、失礼する」
そしてそのまま剣先をミユへと突き刺した。
「え……!?」
一瞬のことで何が起きたのか理解できないイルミナ。
剣先はミユへと突きつけられてはいたが、その体を貫くには至っていない。
自分の腕とミユの体の僅かな隙間に差し込まれた剣。
もう少しずれていればミユの命はなかっただろう。
何が起きたのか?
それは顔を上げればすぐにわかった。
男の手を掴む異形の存在。
まるで自分達を守るかのようにしてそれはいた。
「『人形遣い』!? っち! 先にそっちを殺しておくべきだったか!?」
男が剣を回収すると、人の形をした何かに向かって斬りかかった。
異形はその攻撃を躱そうともせずにその身で受け止めると男へと掴みかかった。
それは人の形をしてはいるが人ではない。
壊れたいくつもの玩具。
散乱した遊具。
そな場にあるあらゆる物をかき集めて出来た、人形と呼ぶにはあまりに不格好な姿。
そして今にも崩れそうなその体を繋ぎ止めているのは、物と物を縫うようにして全身に張りめぐらされた“光の糸”。
即席で作られたドールのようにかろうじて形を成しているだけの人形は、イルミナとミユを守ろうと必死に男に立ち向かっている。
『ルミナ……、イルミナ』
呆然とするイルミナの耳に微かに聞こえたのは自分を呼ぶ声。
直接頭に響くその声にイルミナは聞き覚えがあった。
「シスター?」
振り返る先には、横たわったままのメローネが。
手に持った十字架から出た光の糸は、傷口を塞ぐようにして縫いつけられている。
そして更に別の糸が、赤い血を伝ってイルミナへと、そしてミユの元へと辿り着いていた。
光の糸はミユの肩にできた小さな穴を器用に塞いで見せる。
『逃げ、なさい』
糸を伝って頭に響くメローネの声。
その声は弱々しく今にも消えてしまいそうだった。
『ミユを連れて、早く……』
しかしイルミナはすぐには逃げなかった。
逃げられるわけがなかった。
「い、嫌です、メローネさんを置いて行くなんて」
声に出してメローネへと訴える。
『私はもう駄目です。辛うじて残っていた加護ももうすぐでなくなってしまいます。一緒に逃げたとしても足手まといになるでしょう。ここは私が引き受けます。ですから、貴方とミユだけでも逃げなさい』
「だ、だったら、私、戦います! 天使様の加護が貰えないなら、悪魔と……!」
『イルミナ……、決して憎しみを持ってはいけません。貴方は天使様に仕えし天使信仰者です』
「でも、こんな……、あんまりです……」
『いついかなる時も主は私たちを見ていてくれています。貴方にとってこの別れはとてもつらいものでしょうが、これも試練の1つです。あの子達もきっと主の元へ導かれることでしょう』
「っち! この死にぞこないが!!!」
人形を切り裂いた男がメローネへ向けてトドメの一撃を刺そうと剣を振り下ろした。
「メローネさん!!」
しかしそれはメローネへと触れることすら叶わなかった。
「くそっ!!」
壊れた人形の下半身がメローネの盾となって男の攻撃を防いでいた。
『行きなさい! イルミナ!!』
メローネの叫びにイルミナが弾かれたように立ち上がった。
『早く!!』
「……メローネさん」
イルミナは涙でぐちゃぐちゃになった顔でメローネを見ていたが、それも一瞬。
ミユを力強く抱きしめると走ってその場を後にした。
「逃がすか!!」
後を追おうとする男。
しかしその足にしがみつくのは切り裂かれた人形の上半身。
「くそっ! 悪魔に魂を売った売女の分際で!!」
男が人形に向かって剣を振り下ろすが、中々人形はその手を離そうとしない。
しかし5度目の攻撃で人形も耐えられなくなったのか、その形を元の壊れた玩具へと姿を変えた。
慌てて部屋を出る男。
残されたメローネは静かに呟いた。
「イルミナ……、後は頼みました」
その表情に浮かぶのは安らかな笑顔だった。
意識が遠のくメローネ。
その目に映るのは子供たちの真上で浮遊するいくつもの光の珠。
そしてその珠に導かれるようにして舞い降りる白い翼を揺らした10を超える白き存在。
「……迎えが、来ましたか」
天使が役目を全うした自分と子供達を迎えに来た。
メローネはそう信じてやまなかった。
この時のために生きて来たといっても過言ではない。
なのにその直後。
メローネは死の縁で更に絶望することになる。
自分が信仰した天使。
そのあまりも想像とかけ離れた姿に。
聞こえて来る耳を疑う言葉の数々に。
メローネは、ただただ絶望するしかなかった。
「今現世に降りたら若い魂が手に入るって聞いたんだけど、すげぇな。何か事故でもあったのか?」
「今度の祈願祭に向けて人間共が選別を行ってるんだとさ」
「へぇ、てことは大天使様の降臨の儀が行われるって噂は本当なんだな。って、おい! そっちの魂は俺が目を付けたんだぞ!!」
「うるせぇな! 早いもん勝ちだよ!! 女の魂がいいなら、もうすぐ死にそうな奴がいるんだから待っとけよな!!!」
「いらねぇよ!! 俺が欲しいのは幼い子供の魂なんだよ。成熟した人間のモノになんて興味無ぇよ!!!」
「この変態野郎め!!」
「けど、人間も馬鹿だねぇ。選別なんて意味のないことに精を出してさ。降臨の儀に必要なのは捧げる魂よりも、留めるための器だってのに」
「あれ、お前知らないのか? 今回選別をするように仕向けたのは何でも大天使様って話だぞ」
「そうなのか?」
「選別で子供が殺されれば普段は手に入りにくい若い魂が手に入るだろ。皆で仲良く分けろってさ」
「ああ、成程。最近の大天使様は下の俺たちのこともわかって下さる」
「やっぱり、たまにこういうボーナス的なものがないとやってられないしな」
「じゃあ、早速持って帰って遊ぼうかな」
「ん、何だこの糸?」
「おい! どうなってんだ? 魂が器と繋がったままだぞ!!」
「あ、本当だ。完全に死んでねぇのか?」
「あ~、犯人がわかったぞ! あの死にぞこないの女だ」
「ったく余計なことしやがって、どうせもう蘇生は不可能なんだから、諦めて手放してくれりゃあいいのに。ご丁寧に大天使様の加護を使って邪魔してきやがって」
「お~い。誰かあの女に止めを刺してくんね?」
「その辺に祈りを捧げてるやつはいないのか? いるなら誰か加護を渡して殺すよう仕向けろよ」
「面倒だから俺はパス。どうせ死ぬんだし、待っとけばよくね」
「俺も賛成。加護渡したら還るのに時間かかるしな」
「ん? なあ、あの女、俺らの姿が見えてるんじゃなねぇか?」
「まあ別に見えててもおかしくはないだろ? 大天使様の加護が扱えてるみたいだし、魂が現世から離れつつある今なら見えてもおかしくはないだろうな」
「あ~、じゃあこれまで頑張ってもらったのに、最後の最後で何だか申し訳ないねぇ。きっと自分の思ってる姿とかけ離れた俺たちの姿に幻滅しちゃったかな」
「いやぁ、これぐらいで幻滅するような信仰心じゃないだろ。なにせ大天使様の加護を持ってるんだからな」
「けど、驚いてはいるみたいだぜ。見てみろよ、あの顔」
「うわぁ、なんかごめんね。やっぱり失望しちゃった感じかな」
汚らしく笑い合う信仰対象だった天使達。
天井で浮遊する魂と思われる白い珠に群がる獣のような存在。
その口から発せられる理解しがたい言葉の数々。
メローネは天使を映したその瞳からすっと一筋の涙を流した。
「主よ……私は……」
震えながら零れ出た言葉は迷いと動揺が入り混じったものだった。
自分が信じて来たものに最後の最後で裏切られた。
いや、あれは自分の間違いで天使ではなく悪魔なのでは?
そう思う気持ちはあっても心の中で冷静にそれを否定する自分がいる。
これが最後の時まで信じて尽くしてきた者に対する仕打ちだろうか。
このまま何も考えずに終わりを迎えたい。
今見たのは全て幻で夢なのだと。
だが自分が死ねばそれを迎えに来るのが上にいるような存在である以上、安堵して死ぬ事もできない。
ましてやこのまま、あの子達の魂を渡してやるわけにはいかない。
しかしだからと言って今の自分にはどうすることも出来なかった。
魂が連れて行かれないように時間を稼ぐ。
けどそうしたところで誰が助けてくれるのか。
味方のいない自分を。
あの子達を。
手を差し伸べてくれる存在がどこにいるのか。
絶望の中から光を見出せないメローネ。
しかし、そんなメローネの耳に届いたのは正にそんな自分たちに手を差し伸べようとする、1人の少年の声だった。
その声はこれまで聞いたどんな言葉よりも悲痛であり、どんな叫びよりも心に響き、そしてどんな感情も呑み込んでしまいそうな程、暗く、闇に満ちたものだった。
「ルシエル、命だ。上にいるゴミ全部。一つ残らず地獄に叩き落とせ」
難産だった今話。
3回以内を守れて本当によかった。
ではまた3日以内に。




