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少年と悪魔の天使狩り  作者: ぐーてん
第2章 悪魔崇拝者と天使信仰者
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聖刻『第一章、第一節』

 場所は子供たちが先程まで遊んでいた大部屋。

 カーテンで閉め切った部屋には陽の光は僅かしか届いておらず、薄暗く不気味な雰囲気がその場に纏わりついていた。

 部屋の中心に集められているのは、戸惑う様子の子供たちと、必死にメローネの介抱をするイルミナ。

 その隣にはミユの姿もあるが、目を覚ます気配はない。


「お願い、止まってよ……!」


 メローネの胸に、修道着の裾を破いた布を押し当てながら懸命に傷口を押さえるイルミナ。

 しかし、いくら力を込めて押さえても、赤い染みの広がりを止めることは出来ない。

 真っ赤に染まった両手を更に赤く染めながら、イルミナは必死に祈っていた。

 心の中で。

 どうか助けて下さいと。

 堪え切れなくなった気持ちは雫となってイルミナの頬を切る。

 伝っては零れ落ち、そしてまた溢れた雫が頬を伝う。


「お姉ちゃん、ママどうしちゃったの?」


 状況が理解できていないのか、女の子が後ろから覗き込むようにしてイルミナに声をかけた。


「ママ、死んじゃうの?」


 心配そうな女の子の声。

 イルミナは無理して笑顔を作ると、優しく語り掛ける。


「だ、大丈夫よ。シスターはちょっと転んで怪我しちゃったんだけど、すぐに天使様の加護が治して下さるから」


「けど、お姉ちゃんは祈っても加護は貰えないんでしょ?」


 女の子の素朴な疑問に、イルミナは自分の胸のやや上、韻影印いんえいいんが刻まれた場所が僅かに疼くのを感じた。


「た、確かに、お姉ちゃんは天使様から加護を頂くことはできないけど、大丈夫! 天使様は心の底から救いを求める人を無視したりなんてしないから」


 強がってはみるが正直不安で一杯だった。

 そしてそれは女の子にも伝わっているのか、今にも泣き出してしまいそうな程瞳を潤ませている。

 気持ちがどんどんと暗くなる中、聞こえて来るのは更に闇へと引きずり込まれるような冷たい声だった。


「成程。加護を頂くことができないとは相当訳ありとみえる。やはり選別ついでに殺しておくのが正解か」


 声の主はアロン。

 後ろ手を組みながら自分達の周りを歩いては品定めするように視線を這わしてくる。


「お願いします! 私はどうなっても構いません!! だからシスターとこの子達はどうかお助けて下さい!!」


「自己犠牲か。主の元へ行くための最低条件ではあるが、果たしてその資格が君にあるのかは甚だ疑問だ。その程度の魂で……、命を差し出したところで、誰かを救うことができるなどとは思わない方がいい」


「いかなる罰を受ける覚悟はあります!! 死をもって償う必要があるのならそれも甘んじて受け止めます!!! だからこの子達にはどうか慈悲を……」

「叫ぶことは簡単だ。許しを請うこともまた同様に。涙を流し、祈りを捧げ、救いを求める者に本当の救済が訪れるのは、その者の穢れなき魂があってこそ。考えれば至極単純。君は“汚物”の流す涙に耳を傾けたことがあるのかね?」


「……!」


「おっと、そんなにも絶望するほどの例えだったかな? 私は君達に一番わかりやすく説明したつもりだったのだが、どうやら自分達が汚物と同程度の存在だと言うことに気付いていなかったと見える」


「しゅ、主は……、人に優劣はなく、皆平等であると……」

聖刻せいこく『第五章 第十二節』か。ふむ、確かに主はそう言っておられる。君の言う言葉に間違いはない、但しそれは“人”に関しての話だ。何度も言わせないでくれ。汚物が人であると主は仰ったのか? ん?」


「わ、私達は、例えどれだけ辛いことがあろうとも、人として生まれたことを誇りに思い……、道を踏み外す事なく、人として……」

「聖刻『第三章、二十九節』。人であることを主張する存在は、決まって悪しき存在である。何故なら、人が人だと主張する理由はなく、また人と偽るのは我々を陥れるためだからである」


「ち、違います……。私はただ……」

「聖刻『第二章、第三節』。汝、自らの過ちを認めるならば主のお言葉に従いたまへ。このお言葉の意味はご存知かな?」


「も、勿論です。罪を償う覚悟のある者は、主が示す道に……」

「つまりは神に愛されし私のことに従うが道理。ということになる」


「神に愛されし……?」


「おや、知らぬのかね? 選別により神に愛されたこの私の存在を」


「し、知りません」


「そうか、それはまた罪深きこと。ならばこれを機に覚えておくといい。天使信仰本部『司祭』、神の寵愛を受けた選ばれし男、”アロン”という名を」


「……」


「まあ、覚えなくても構わんさ。君に待っているのが死であるならそれもまた意味無き事だからね」


「あの、お願いします! どうか私の……」

「話しは終わりだ。時間も押しているので、そろそろ選別の口上を始めさせて頂くとしよう」


 イルミナを無視してアロンは咳払い一つすると姿勢を正した。

 そして子供たちの周りをゆっくりと歩きながら部屋全体に響き渡る程の声で話し始めた。







「人は生まれながらにして、その身に罪を背負って生きています! 生きるということは償いそのものであり、また己の中に宿した悪と戦うことを意味します!!」


 視線は前を向いたままだが、その言葉は子供達へと向けられていた。

 同時にアロンの胸の中央。

 白いローブの下から十字架の光が灯り始めた。


「戦いの最中、死を迎える者もいるでしょう! また、魂を浄化し主の元へ導かれる者もいるでしょう!!」


 胸の光は輝きを強め、それに呼応するようにして天井に光の粒が現れた。

 光は男の言葉に反応して徐々に大きさを増し、光の玉となって子供たちを照らしている。


「人の数だけ罪があり、罪の数だけ救いがあります。即ち、懺悔の数だけ祈りがあるということ」


 そして、子供たちの周りを丁度1周したところでアロンが表情を一変させた。

 これまでの穏やかな口調が嘘のように、まるで人が変わったように突然声を張り上げて。


「だが、しかしっ!!! いかなる罪であろうとも、死をもってしか償うことのできない大罪を持つ者がいます!! 彼らに救いは無用!!! 生きる価値など無し!!!! 即刻この世界そのものからご退場願わなければなりません!!!!!!」


「……っ!」


 子供の小さな悲鳴にアロンがぐるりと首を回すとこちらへギラついた視線を向けた。


「おお、罪深き子らよ。貴方達は何も悪くはありません。悪いのはその魂に流れる黒き存在。それを絶つためにも、貴方達には死んで頂く他無いのです」


 小さな嗚咽が聞こえる中、アロンが無遠慮に子供たちの中へと割って入ってきた。

 怯える子供たちが逃げないように両手で囲いながら一か所へと集める。


「お願いします!! この子達に罪はありません!!! 罰が必要というのなら、かつて悪魔崇拝に身を落とした私に罰を!!!」


 イルミナはすぐ後ろで不気味に笑うアロンに向かって懺悔の言葉を口にした。

 しかし返ってきた言葉はまるで全てを許したかのような慈父を思わせる優しさに満ちたものだった。


「やはりそうでしたか。加護が頂けない理由はよくわかりました。しかし、それは最早どうでもいいこと。選別で生き残ることが出来たなら、それはつまり神に愛されし存在がもつ試練の1つとも言えます」


 自分が何を言ってももうこの男を止めることは出来ない。

 イルミナは絶望の淵にいた。


「さあさあ、祈りを捧げるのです。ほら、貴方も一緒に。私も一緒に祈ります。怯える必要はありません。何故なら神に愛されているこの私がいるのですから」


 そしてこの男の言う通り、自分に残された希望が最早祈る以外にない事を悟ったイルミナは、これまでで一番の、魂の叫びとともとれる心からの祈りを天使に向かって、神に向かって捧げた。


 自分はどうなってもいい。

 だからこの子達だけでもどうか助けて下さいと。

 その時イルミナの韻影印が僅かに輝いていたが、そのことに気付いた者はその場にはいなかった。



 頭上にはいつの間にか自分達を覆いつくす程の巨大な光の珠が。

 アロンが満面の笑みを浮かべながら光の珠に向かってあらん限りの声で叫ぶ。


「主よ!!! どうか貴方様に見初められし魂を、どうか、“死”からお守りください!!!!!」


 突如、まばゆい光の粒が子供たちに、そしてイルミナの元へと降り注いだ。

 それはまるで全てを許すかのような暖かさに満ちたものであり、また罪を洗い流すかのような冷たい雨のようでもあった……。







 聖刻『第一章、第一節』。

 光あれ。光こそが全ての始まりであり、世界の始まりである。




ブクマありがとうございます!

ではまた三日以内に。


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