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少年と悪魔の天使狩り  作者: ぐーてん
第2章 悪魔崇拝者と天使信仰者
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イリノ

 キョウヤはまどろみの中にいた。

 ぼんやりとした意識の中で流れるように蘇る過去の記憶。

 すぐに夢だとわかった。

 思い出したくもないのに嫌でも呼び覚まされる辛い傷跡。

 もう何度も経験したことだ。



 所詮は記憶。

 体に痛みはない。

 けど心に何も感じないわけではなかった。



 血の繋がりのある者から受ける他人を見るような視線。

 近くにいたから。

 何となく。

 イライラしてたから。



 意味のわからない理由で受ける暴力はただただ辛いものでしかなかった。

 特にそれが自分ではなく妹に向けられた時は尚更だ。

 どこか別の場所へ逃げよう。

 そう思ったことは一度もなかった。

 何故なら逃げるという考え自体なかったから。



 だからだろうか、妹が自らの“死”を選ぶ他、自分達が救われる道が無いと考えてしまったのは。

 妹の最後の言葉は覚えているというよりかは、心に刻まれていて決して忘れることの出来ないものとなっていた。


 “ごめんね。お兄ちゃん”。


 何がごめんなんだ?

 どうして謝る?

 俺達は何も悪くない。

 お前は悪くない。

 悪いのは全部“あいつ等”だろ。


 家という檻の中で繰り返される苦痛の数々。

 それは肉体と心の両方に刻まれた。


 守ってくれる者もいない。


 証拠がない。

 被害妄想。

 転んだだけだろ。

 彼らに限ってそんなことはない。



 自分達に味方がいないことは16年生きてきてよくわかった。

 この世に生まれたことをどれだけ後悔したことか。

 死を選ぶことの方がどれだけ楽なことか……。

 それでもその選択を避け続けて来たのは妹がいたからだ。



 自分が守らないと。

 それが生まれた理由であり生きてる理由だと心の底から思っていた。

 妹の傍にいる時だけが唯一生きてる実感を得られる。

 何があっても守ってみせる。

 そう自分に言い聞かせて来たのに……。



 結果は、これまで負った傷の中で一番深く大きなものだった。



 自分が守れば守る程、妹の心に罪悪感が積もっていたなんて思いもしなかった。

 妹は自分を助けるために命を絶った。

 そうすれば俺がもう守る必要もないから。

 それが間違った選択なんて微塵に思うこともなく。

 俺が、その後を追うなんて考えもしないで。






 夜風になびく亜麻色の髪。

 悲しみで揺れる深緑の瞳。

 無理して作った辛い笑顔。


 ……“イリノ”。


 妹の名前を頭の中で反芻しながらキョウヤはただひたすら後悔した。

 何でああなる前に気付いてやれなかったんだろうか。

 どうして全て自分のせいだなんて考えたんだ。

 あの時もう少し早く走っていればあの手を掴むこともできたんじゃないだろうか。

 思い出す度に鋭い痛みがチクリと胸を刺した。








「……きて! ……ぃちゃん!」


 キョウヤは自分の体を揺さぶる何かによって強制的に夢の中から意識を引き上げられた。



 耳に聞こえる女の子の声。

 誰だ?

 イリノか?

 ぼやける意識にもう一度、今度ははっきりとその声は聞こえて来た。


「起きて! お兄ちゃん!! 朝だよ!!!」


 霞む視界の先にいたのは自分のお腹の上に跨る見知らぬ女の子だった。

 てっきり妹が起こしに来たのかと思っていたキョウヤは軽いパニックに陥った。


「あれ、ここって……」


 周りをぐるりと見渡して、キョウヤはようやくここが自分の部屋でないことを理解した。

 見慣れない木の壁に、埃臭い匂い。

 そしてまだ覚醒しきらない頭で現状を把握する。

 そう言えばここは自分のいた世界ではないのだと。



 陽の光が目に入るとようやく頭の中がクリアになる。

 近くではいつの間に起きたのかルシエルが狭い部屋の中で子供たちと鬼ごっこをしていた。

 十字架を持って追いかける子供たちと結構本気な様子で逃げるルシエル。



 朝っぱらから元気だな。

 キョウヤは苦笑いしながら女の子をそっとベッドから降ろした。


「おはよう」


「うん! おはよう!!」


 女の子の元気な挨拶にキョウヤは清々しい朝を迎えることができた。

 しかし同時に疑問を感じた。


「あれ? あいつはどうしたんだ?」


 子供たちとはイルミナによって隔離された状態にあった。

 向こうからも近づかないようにとのお達しがあったし。

 にもかかわらず、この状況をイルミナが黙っているとは思えない。


「もしかしてイルミナお姉ちゃんのこと?」


「うん、そうだけど」


「お姉ちゃんだったら、ミユがまたいなくなったから朝から走り回ってるよ」


 ミユ。

 確か昨日ここへ来るきっかけとなった女の子の名前だったはず。

 キョウヤはメローネがよくここを抜け出すと言っていた話を思い出した。


「イルミナは孤児院ここにいるの?」


「うん、あ! ほら!」


 女の子が指さす先。

 丁度開け放たれた扉の前をイルミナが通りかかるのが見えた。

 こちらに気付くと慌てて立ちどまり、礼儀正しく挨拶をしてきた。


「あ、おはようございます!!」


 そして部屋にいる子供たちを目にすると、焦った様子で部屋へと入ってきた。


「こら! お客さんに迷惑かけちゃダメでしょ!」


 言いながら、かなり強引に子供たちを回収していくイルミナ。

 その姿からよっぽど自分達に近付けたくないんだなとキョウヤは思った。



 ルシエルは少し残念そうに追い出された子供たち黙って見届けていた。

 どうやらイルミナのお願いのせいで、後を追うことは難しいらしい。


「昨日はよく眠れましたか?」


「うん、おかげさまで疲れもだいぶ取れたよ。最近は野宿続きだったし」


 うーん、と大きく腕を伸ばすキョウヤ。


「いえ、きちんともてなすことができずにすいません。朝食はこれから用意しますので、少し待ってて下さいね」


 笑顔を絶やさないイルミナにキョウヤは素直に感心した。

 子供たちのためとはいえ、よく悪魔契約者であるはずの自分に愛想を振りまけるなと。

 ただ、自分もそうだったことを思い出すと納得も出来た。

 大切な人を守るためならいくらでも自分を偽ることができたし、犠牲にもできたことを。


「そう言えば、またあの子がいなくなったって聞いたんだけど」


 キョウヤはその話題に触れることなく部屋を出ようとするイルミナに待ったをかける。


「……そうなんです。朝起きた時にはもういなくて」


 できれば知られたくなかったのか、イルミナは振り向きながら表情を渋いものへと変えた。


「大丈夫なのか?」


「ええ、あの子に関してはいつものことなので」


「てことはまた人の物を盗みに行ったんじゃ……?」


 キョウヤは昨日ミユが男から鞄を盗もうとしていたことを思い出して冷や汗をかいた。

 昨日はたまたま自分がいたから良かったが、止める者がいなければあの子が危険な目にあう姿は容易に想像できる。


「多分それは大丈夫です。今回はおそらく、シスターを探しに行ったんだと思います。昨日の夜、気にしていたようなので。あの子、何かあるとすぐにここを抜け出しちゃうんですけど、本人はそれが良いことだと思っているようで」


「じゃあ、探してこようか?」


 キョウヤはベッドから降りるとイルミナに協力を買って出た。

 しかしイルミナは丁重に断りを入れる。


「い、いえ、大丈夫です。私が行くので……」


 しかし、選択の余地のない今の状況を理解してか、イルミナは表情を曇らせた。



 キョウヤにはイルミナが頭を悩ませる理由が何となくだが理解できた。

 きっと、自分が留守にしている間、子供たちに何かされるのではと心配しているのだろう。

 仮に協力してもらったところで、そのまま逃げられてしまうのでは?

 もしくは街で問題を起こされるのでは?

 そんなところだろうか。


「あ~、えっと……」


 しかし2人しかいないこの状況で選択肢は限られている。


「ごめんなさい。じゃあ、お願いしてもいいですか? この子達を置いて私が孤児院を離れる訳にもいかないので」


 どうやら子供を守る方を選んだようだ。


「わかった。じゃあ、早速行って来るよ」


 特に用意するものも無いのでそのままルシエルを連れて部屋を出ようとするキョウヤ。


「あ、待って下さい! これを」


 そう言ってイルミナがキョウヤに手渡したのは十字架のペンダントだった。


「これは?」


「前からすぐにここを抜け出すあの子のためにシスターが魔法を使ってある仕掛けを施したものです」


 ペンダントは装飾のないシンプルな形をしている。


「あの子の髪留めにはこの十字架と同じ加護が付与されていているので、光が強まる程近くにいることがわかる仕組みになっています。朝から探してはみたんですが、十字架に反応が無かったので、やはりシスターを探しに行ったかと」


「メローネさんはどこに行ったのかはわかる?」


「おそらく、この街の中心にある教会です」


「街の中心か、わかった」


「あの、できれば揉め事とかそう言うことは極力……」


「ああ、大丈夫。こっちもそういう問題ごとは避けたいところだから」


「本当にすいません。帰ってくる頃には食事を用意しておきますので」


 イルミナのどこまで本当かわからない申し訳なさそうな表情にキョウヤは笑顔で応えると、そのまま孤児院を後にした。














「「「お兄ちゃん気を付けてね!」」」


 イルミナの前でぶんぶんと手を振る子供達の姿に、胸に熱いものを感じながらキョウヤはルシエルを連れて街の中心を目指して歩みを進めた。

 孤児院が見えなくなるまでの間、時折後ろを振り返っては、まだ中には戻らずに自分を見送る子供たちに自然と笑みが出る。

 何だか自分に新しい妹と弟が出来たみたいだな。

 キョウヤは少し嬉しくなった。



 イルミナやメローネの思惑をわかってはいながらも、もう少しだけあの場所にいたいな。

 キョウヤは純粋にそう思った。

 帰る場所がある。

 守りたい存在がいる。

 キョウヤは自分の胸に芽生えた小さな幸せをゆっくりと噛みしめていた。





 だからだろうか、もう2度とあの子達に会えないなんて、今のキョウヤには想像も出来なかった。






 誰かの都合で突然それが奪われることなんて、誰よりもキョウヤ自身が、よく知るはずだったのに……。






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