交錯する2本の槍
子供たちがイルミナと共に別の部屋でおやつに夢中の中、部屋に残されたキョウヤはルシエルと共に密談の最中だった。
先程のイルミナの態度の変化について気になったことをルシエルへと話していたキョウヤ。
しかしそれを聞いたルシエルは、当たり前のように開口一番、キョウヤをからかい始めた。
「ほう、それは良かったではないか。これで契約者の数少ない夜のお……」
しかしルシエルは言い終わる前に自重した。
何故ならキョウヤが物凄い形相でこちらを睨んでいたから。
慌てて咳払い一つ挟んで真剣な表情を作る。
「で、それがどうかしたか?」
「いや、どう考えても何かあるだろ。てっきり追い出されると思ってたのに、暫くいてもいいなんてさ。おまけにこっちの機嫌を取ろうと必死そうな雰囲気だし」
「ふむふむ……、成る程。それはもしかしたら契約者に惚れたのかもしれんな。それで契約者の喜びそうなことをして媚を売ろうと考えているのでは?」
「殴るぞ。真剣に考えろよ」
「冗談の通じん契約者だな。まあ、普通に考えれば時間稼ぎでもしているのではないか?」
「時間稼ぎ?」
「あのメローネとかいう人間の目を見れば大体の予想はつく。おそらく悪魔の私を浄化したくてしたくてしょうがないのだろうな」
「お前を浄化って、そんなことができんのか!?」
「別に驚くことでもない。条件としては向こうが圧倒的に有利だからな」
ルシエルは腕を組んで愛らしい顔を不満そうに歪めると、近くにあった窓の外へと視線を向けた。
そこには崩れ落ちた建屋がいくつも見える。
「悪魔崇拝は衰退し、天使信仰が栄えた世界。加えて契約した契約者は半人前もいいところ。それなりの信仰者を集めれば不可能ではないだろうな」
呑気にそう話すルシエルだが、それを聞いたキョウヤはいても立ってもいられないといった感じだ。
それもそうだろう。
ルシエルが浄化されるということは、つまり自分の願いを叶えることが出来なくなってしまう。
妹を生き返らせるという願いが。
「まじかよ。じゃあ早くここから逃げないと……!」
「まあそう慌てるな。私程の悪魔を浄化するための信仰者を集めるとなると、時間がかかることは間違いない。数日で集めるなんぞ、不可能に近いことだ。各地の選ばれた信仰者を呼び集め、それでやっといったところか。ま、こちらも戦うことは可能だがそれでは契約者の魂に憑依し続けることになるな」
「それだと俺の魂が侵食されて無くなっちまうじゃねぇか」
「だから、それまでには逃げんといかんだろうな。無理に戦おうとして契約者の魂を使い過ぎるわけにもいかんし……。いや、それはそれで憑依はできるのだからアリといえばアリか」
「ナシだよ。とりあえず子供達の方はメローネさんに任せておいて大丈夫そうだし、俺たちはすぐにでも……」
「だから慌てるなと言っておる。暫く時間に余裕があるのだから急ぎ行動に移すこともない。今日1日英気を養い、明日の朝にでもここを出ればいい」
そこまで言ってルシエルは近くに転がる子供達が遊んでいた玩具に目を向けるとポツリと呟いた。
「ま、それはそれで、とても残念ではあるがな」
「え!! 明日の朝には出て行くんですか!?」
「うん、やっぱり俺たちがここにいても迷惑になると思って」
陽が沈んで少し経った頃、キョウヤとルシエルは一晩過ごすために与えられた倉庫のような場所でイルミナに密談の結果を伝えていた。
「そ、そんなことありませんよ!! あなた方がいてくれるだけで、あの子たちも喜びますし、急に出ていかれては寂しがると思います!! あと数日ぐらいならいてもらっても全然大丈夫ですから!!!」
部屋の入り口に立つイルミナは、子供たちを引き合いに出してキョウヤの説得を試みているようだ。
「いや、ほら、俺がいると子供達の分の食料が無くなっちゃうだろ。その辺も大変みたいだしさ」
キョウヤはミユが話していたことを思い出しつつやんわりと断ってみる。
「なら私の分を貴方に譲ります!」
しかし目の前の少女はそれぐらいじゃ逃がしてはくれないようだ。
「あー、悪魔がいると子供達にも悪影響が……」
今度は天使信仰者にとって辛い部分を突いてみる。
「そんなの大したことありませんよ! 少しくらいなら大丈夫ですから!!」
しかし返ってくる言葉はとても子供の心配をする天使信仰者のものとは思えない。
それ程までに自分を引き止めたいということは、つまりルシエルの言ってたことは正しいということだろうか。
「まぁ、気持ちは嬉しいんだけどさ、やっぱりここには……」
「ど、どうすればここにいてもらえますか!?」
「どうすればって言われても……」
「私、できることなら何でもしますよ。見せろと言われれば見せますし。貴方が望むならそれ以外のことでも」
あまりに必死なイルミナの姿にキョウヤの警戒心は高まる一方だ。
ただ、何でもするという言葉にほんの少しでもここにいてもいいかな、と一瞬でも考えてしまった辺りキョウヤもまだまだ少年だった。
そんなキョウヤの気持ちが刻印を通してルシエルにも伝わっていたのか、冷え切った声がキョウヤの頭に届いた。
『私が浄化されてもいいのか?契約者の妹に対する気持ちは、目の前の煩悩に誘惑されるほど薄っぺらいものだったのか?』
『ち、ちげぇよ!!俺はただ、そこまで言うアイツを何かに利用できないかって考えてただけでだな、やましい気持ちなんて一切ないからな!!』
『別に私は構わんのだぞ。今晩ぐらいなら外で寝てやるから、契約者が好きなようにあの女を蹂躙すればいい。ここに留まると言えば何でもしてくれるみたいだしな。ただし、明日の朝に出ることは決定しておるから、程々にな』
『おい!その、お前のことは理解してると言いたげな口振りはやめろよ!!俺にその気はねぇよ!!』
『そうか、ならその女を適当にあしらって今日はもう寝るぞ。あの子達を隔離されていては起きていてもつまらんしな』
子供達は悪魔祓いの施された特別な部屋で寝ることになったため、ルシエルも安易には近付けないでいた。
「どうしても残ってはくれないのですか?」
イルミナが残念そうに小さく声を絞り出すと、キョウヤも申し訳なさそうな表情で言葉を返した。
「ごめん、もう決めたことだから」
キョウヤの言葉を受けてイルミナは顔を俯かせてしまったが、それも一瞬。
「わかりました」
決意の眼差しで顔を上げると、イルミナは突然ワンピースのボタンを上から順に外し始めた。
「ちょ、何やって!」
キョウヤが慌てて顔を背けつつも、視線はしっかりとイルミナに向けながらあたふたしていると、ボタンを4つまで外し終えたイルミナが胸が見えるギリギリのラインまで服をはだけさせた。
「貴方に見せたいものがあります」
それは鎖骨の下辺り。
心臓のやや上の部分にぼんやりと輝きながら浮かび上がっていた。
「それは……!」
何かに気付いたルシエルが目を見開いた。
同時にキョウヤに流れてくる驚きと困惑の感情。
キョウヤが目を凝らしてイルミナの胸に視線を這わせる。
すると、そこには十字架の形をした刺青のようなものがイルミナの白い肌に刻まれていた。
更に部屋の窓から差し込む月明かりが胸の上の十字架を照らすと、あるモノが浮かび上がってきた。
それは両端が2股に分かれた黒い槍。
十字架を貫きながら交錯する2本の槍を見てルシエルが呆然と呟いた。
「何故、お主がそれを……」
状況が理解できないキャウヤを置いてイルミナがキョウヤにではなく、ルシエルへと語り掛けた。
「私はかつて悪魔崇拝に身を賭した者です。その上で、悪魔様にお願いしたいことがあります」




