悪魔崇拝の芽
『それにしても良かったではないか、宿を探す手間も省けて』
十字架を振り回す子供たちを軽くあしらうルシエルの声が直接キョウヤの頭の中に響いた。
『確かにこれから探すってなっても、正直疲れてたし、ちょうどいいっちゃ丁度いいんだけど、これはこれでなんとかならねぇのか?』
キョウヤも声には出さずにルシエルに応える。
『良いではないか。見てみろこの磨けば輝くような原石達を』
ルシエルの視線の先にはキョウヤを使って木登りをする無邪気に笑う子供たちが。
そして自身の前には、かまってほしいのかグイグイと手を引っ張る子供たちがいる。
『私の指導の元鍛えれば、数年もすれば立派な悪魔契約者になるだろう』
ニヤリと嗤うルシエルにキョウヤがツッコみを入れる。
『お前、今のこの世界の状況的に、悪魔契約者なんかになったりでもしたら、間違いなく命を狙われることになるぞ。それでもいいのかよ』
『過酷な道かもしれんが間違った道に進むよりかはいいだろう』
「なぁ、お主もそう思うだろう」
ルシエルがしつこく十字架を振り回す男の子の体をガッチリと捕まえると、目の前にすとん、と優しく立たせた。
「うん、僕大きくなったらお姉ちゃんみたいな悪魔と契約する!」
十字架を手に物騒なことを口にする男の子。
「おぉ、よしよし、ならまずは私の使役する使い魔を紹介してやろう」
キョウヤは目の前で悪魔崇拝の芽が育みつつあるその光景にただただ苦笑いだった。
『まぁ、何にしてもメローネさんがいい人そうで安心したよ。お前が言うように裏がありそうな感じもしなかったし』
変わらず子供たちの玩具のキョウヤは安堵するように床に寝転んだ。
すかさず馬乗りになるこどもたちと、なすがままのキョウヤ。
『ああ、あの人間か。確かにこの子達の面倒を見ていると言う点では、嘘偽りはなさそうだな。ただ……』
天井をぼけっと眺めるキョウヤはルシエルの含みのある言い方が引っかかった。
『ただ、なんだよ?』
『悪魔に対してはあまり良い目では見ていないようだな』
『そうか? その辺にも理解ありそうな人だと思ったけど』
『あくまで人に対してのみ、だろうな。昔からああいう人間は少ないながらもいるにはいた。『全ての者に救済を』。そう主張しては、悪魔崇拝者であろうと悪魔契約者であろうと手を差し伸べようとする人間はな』
『へぇ、どこの世界にでもそういう人っているもんなんだな』
『ま、決まって結末は悲惨なものであったがな』
『お前、この子達の前で縁起でもないこと言うなよな』
『私は事実を言ったまでだ。あの手の人間は身内から煙たがられていることは間違いないだろうからな。だからこんな場所へ追いやられているのだろう』
『……何か俺に手伝えることはないかな?』
『契約者に出来ることは何もない。あってもそれはこの私が認めん。天使信仰者に協力など、天使に屈服したに等しい行い、想像しただけで反吐が出る』
『けど、それがこの子たちのためにもなるなら悪くもないだろ?』
『ためになんぞなるものか。あの人間はこの子達を邪の道に引きずり込もうとしておるのだぞ。この清らかなる魂をだ。全くもって許せん。そうだ契約者よ、暫くの間ここに滞在してこの子達を見守るというのはどうだ? 祈願祭まではまだ先だ。ここで契約者の特訓をしつつ、新たな悪魔契約者を生み出すというのは。そしてこの子たちを仲間にしてだな……』
『それは却下だ。明日にはここを出るぞ』
ルシエルの嬉々とした提案をキョウヤは切って捨てた。
『どうしてだ!? 宿も確保できて悪魔契約者にも寛容な場所。探そうと思ってもこの先見つかるかどうかもわからんぞ!!』
『メローネさんは、ああ言ってはくれてるけど、俺達がここにいたら迷惑がかかるのはさすがに目に見えてるだろ。悪魔狩りとやらのおかげで俺達は狙われてるだろう立場し、そんな中でここにいることがばれたりでもすれば、それこそ迷惑がかかるってもんだろ』
『……』
キョウヤの配慮ある言葉を聞いたルシエルは何故か黙り込んでしまった。
『何だよ?』
『いや、契約者らしからぬ、気の利きようだと思ってな。少し驚いているところだ』
『こんなことで一々驚くなよ。俺はいつだって気の利く男だ』
ルシエルにはキョウヤの顔は見えてはいなかったが、しかし絶対にドヤ顔を決めているだろうと予想したルシエルはすかさずツッコみを入れた。
『ほぉ、その割に一番に気を利かせなければならない相手のピンチに気付かずに、守れなかったのにな』
ルシエルの指摘にキョウヤは思い出した。
悲しそうに自分を見つめながら、先のない闇へと身を投じた妹の姿を。
キョウヤは部屋の隅っこで膝を組んで、暗く落ち込んでしまった。
そっぽを向いてただただ自分を責めるような言葉を口にする。
そんなキョウヤの姿に、さすがに言い過ぎだったかと慌ててルシエルがフォローする。
『じょ、冗談だ契約者よ。私が悪かった。ふざけて言うことではなかったな』
しかしキョウヤの耳には入っていないのか、それから少しの間、キョウヤは自責の念にかられ続けた。
子供たちは反応の薄い玩具という名のキョウヤに飽きたのか、今は悪魔のルシエルと戯れている。
するとそこへ、ようやくメローネに連れて行かれたイルミナが部屋に戻ってきた。
「あ、お姉ちゃん!」
ボロボロの服から白一色のワンピースに着替えたイルミナは子供たちに向かって笑顔で呼びかけた。
「向こうの部屋におやつを置いてるから皆で食べていいわよ」
「本当に!」
「やったー!」
「悪魔のお姉ちゃんも一緒に行こう!」
「お、そうだな、では私も行くとするか」
走って部屋を出ていく子供たちと、おまけで後を追う悪魔の少女。
イルミナは終始笑顔でそれを見届けると部屋にポツリと残されたキョウヤの元へとそっと歩み寄った。




