敵意を持った少女
「おかえりなさい!」
「ただいま、ちゃんといい子にしてた?」
部屋の外から聞こえてくる子供の声と、それに応える少女の声。
キョウヤはどこか聞き覚えのあるその声に首を捻った。
この世界に来て間もない自分にとって、聞き覚えのある声なんてかなり限られているはずなのに。
キョウヤはルシエルの口と手を押さえながら考えてみるが、悪魔契約者の子供と関わりのある人間にまずもって会ったことがない。
気のせいかと思っていると、再び少女と子供たちの会話が聞こえて来た。
「うん! おとなしくしてたよ!」
「うわ、お姉ちゃんその服どうしたの!?」
「ボロボロだ!!」
「お姉ちゃん襲われたの!?」
「ああ、これ? 大丈夫よ。ちょっと転んじゃねってね」
苦笑いする少女の声。
「あれ? お昼ご飯は?」
「ごめんね。あんまり“祈り”を集められなかったから、今日は夜までご飯はおあずけになっちゃった」
「え〜、お腹空いたぁ」
「朝も食べてないのにぃ」
「ごめんね、そういえばメローネさんはいる?」
「いるよ! 今お客さんの相手してる」
「お客さん? うちに?」
「うん、悪魔契約者のお兄ちゃんだよ」
「え!?」
少女の驚く声と同時にバタバタと慌てた様子でこちらに向かってくる音が聞こえて来る。
そしてキョウヤの前に現れたのは黄金色の髪が眩しいほどによく似合う1人の少女だった。
破かれた服に青い瞳。
キョウヤには見覚えがあり過ぎるその姿。
忘れるはずもない。
つい数時間前のことだ。
自分を脅して祈りを強要してきた少女。
天使信仰者のくせに悪魔のようなやり口。
そして、不可抗力によりスカートの中を覗いてしまった相手。
確かイルミナと名乗っていた少女だ。
キョウヤはそこまで思い出したところで、少女と目が合った。
「お帰りなさい、イルミナ。ちょうど良かった……」
そしてメローネが声をかけようとしたところでイルミナが声を上げた。
「ああーー!!!!」
子供達が驚いた様子でイルミナを見ている。
「どうして貴方がここにいるんですか!?」
「あら、知り合いだったの?」
メローネのやや驚いた声に、イルミナは怯えるように自分の肩を抱きながら震える声で叫んだ。
「知り合いも何も……、私、路地裏でその人に襲われそうになったんですよ!!」
スカートの裾をグッと押さえながら、キョウヤをキッと睨み付ける。
しかし睨まれた方もただ黙っているわけではない。
「ちょぉっと待て!! 誤解にも程があんだろ!! 路地裏に誘い出して祈りを強要してきたのはそっちじゃねぇか!?」
キョウヤはルシエルは取り敢えず置いておいて、平然と被害者面するイルミナに対して異議を申し立てる。
ただ、ある意味では被害者なことに間違いはなかったが。
「襲おうとしたのは事実じゃないですか!? メローネさん、早く聖騎士を呼んできてください!! 何をされるかわかりません!!!」
イルミナは傍にいた子供たちを隠すように前に出ると、視線はキョウヤに向けたままメローネに呼びかけた。
「イルミナ」
「はい!」
「また、無理に祈りを集めようとしたのですか?」
言葉自体は穏やかなものだったが、その声に込められていたのは静かな怒りだった。
「い、いえ……、それは、その……」
途端、先程の威勢はどこへやら。
イルミナは視線を彷徨わせながら、必死に言葉を繋ごうとするがその先は中々出てこない。
「形だけの祈りを集めた十字架に何の意味があって?」
メローネはキョウヤの前では見せなかった威厳を纏わせた表情でイルミナを見ていた。
「た、確かに、集まる魔力も微々たるものですし、悪魔払いとしての効果も小さいですが……、そ、それでも、この子たちに何か食べさせてあげられるだけの、銀貨に変えられるかなと……」
イルミナはメローネの視線に耐えられなくなってか、スカートの裾を弄りながらやっとの思いでそれだけを口にする。
メローネは諭すようにイルミナに語り掛けた。
「祈りとは心から捧げて初めて意味を成すもの。無理に集めた祈りで得た幸福には、何の意味もないとあれ程言ってるでしょう」
「……はい」
しゅん、と声にも覇気がなく、すっかり落ち込んでしまった様子のイルミナ。
「話の続きは後でします。それよりも、彼を一晩うちに泊めることになりましたので、今日1日、彼に付いて世話をして差し上げなさい」
しかし落ち込んではいても、目の前の男に対しては別なようだ。
全力で否定しようとするイルミナ。
「ほ、本気ですかメローネさん!! この男は悪魔契約者ですよ!? それに変態……」
「イルミナ」
メローネの有無を言わさぬ声。
「はい」
「ちょっとこちらへ」
「……はい」
「すいません。少し失礼しますね」
キョウヤに頭を下げて奥へと消えて行くメローネと、うなだれたままその後に続くイルミナ。
子供達が心配そうにその背中を見つめる中、イルミナは振り返りながら笑顔で応えて見せるが、しかしキョウヤに対しては最後まで敵意を剥き出しの状態だった。




