孤児院
『ここって、どう考えても人の住む場所じゃないよな?』
キョウヤが刻印を通してルシエルに声をかけた。
目の前に現れた建物は正に廃墟と呼ぶに相応しい場所にあった。
本当に同じ街の一部なのかと聞きたくなるような惨状。
崩れた建物の方が数が多く、穴の開いていない家は全くと言っていいほどない。
所々に見受けられる逆五芒星の印。
それだけでこれまでここに悪魔関係者が暮らしていたことが見て取れる。
『おいおい契約者よ。それはいくら何でもあの子に対して失礼ではないか?』
『いや、そういう意味じゃなくてさ。こんな場所にまで追い込まれてるってことにだよ。悪魔と関わった親を持つだけでそんなに酷い扱いを受けるもんなのか?』
まるで街の一部だけピンポイントで大災害が襲ったかのような目を覆いたくなるような光景。
キョウヤはそんな場所で暮らしているにも関わらず、笑顔で自分を見つめる女の子に、不意に怒りが宿った。
それは主に彼らに救いの手を差し伸べようとしない天使信仰者に対して。
『その血に僅かながらでも呪詛が含まれているならな。契約者の世界でも似たよう光景はあったであろう?』
『あるけど、さすがにここまで酷くはねぇよ』
キョウヤは心の中に苦いものを感じながら目の前の建物に視線を移す。
他に比べれば幾分マシかと思われる程度の建物。
小さな遊び場の横には平屋がある。
キョウヤは自分のいた世界の幼稚園を思い浮かべていた。
「こっちだよ!」
柵の無い敷地内へと入る女の子の後を追うようにキョウヤもそれに続く。
そして女の子が建物の扉をノックするとすぐに1人の女性が現れた。
「あら、ミユじゃない。どこに行ってたの? 心配したのよ」
出て来たのは修道着に身を包んだ女性だった。
天使信仰者だろうか。
キョウヤはそう考えるだけで思わず身構えてしまうが、女性の女の子に向ける温和な表情を見て警戒心を解いた。
ミユと呼ばれた女の子は女性の質問に、拙いながらも必死にキョウヤの紹介を試みる。
「あのね、あのね、カバンを盗むのを手伝ってくれたの! それでね、悪魔契約者なんだよ!」
キョウヤが警戒心を解いたのも束の間、いきなりの女の子のカミングアウトに大いに狼狽えることになった。
女性が悪魔関係者の子供の面倒を見てくれているとは言っても天使信仰者に違いはない。
親が悪魔関係者の女の子と違って自分はモロに悪魔と契約している。
天使信仰者と悪魔契約者。
まさに水と油のような関係だ。
問題になる前に逃げた方がいいか?
キョウヤはこの場を後にすべきかどうか頭を悩ませる。
しかし女性は別段驚いた様子も見せずに女の子へと優しく疑問を投げかける。
「それで、そのカバンはどうしたの?」
「お兄ちゃんが返しちゃった」
「そう」
女性は嬉しそうにキョウヤへと向き直った。
「この子をここまで届けて頂きありがとうございます。お礼と言ってはなんですが、良ければお茶でもどうですか?」
追い返されるのではと覚悟していたキョウヤにとって女性の対応は予想外のものだった。
女性と扉の隙間を縫って中へ入るミアと呼ばれる女の子と、中へと手招きする女性。
正直ルシエルの言っていたような何かを企んでいるようには見えないし、取り敢えずあの子の心配をする必要はなさそうだ。
しかしキョウヤと違い、ルシエルの方は未だ疑いの目で女性を見ているようだ。
『契約者よ。さっさと中へ入るぞ』
『なんでだよ。別に優しそうな人だしこれ以上関わる必要もないだろ。俺達に出来ることなんて特にないしさ』
『契約者はあんな目に合っておきながら、未だに天使信仰者の恐ろしさを理解していないようだから忠告しておいてやるが、連中にとって上辺を取り繕い人を騙すなど常套手段なのだ。あの女の笑顔の裏に隠された非道極まりない裏の顔。きっと我々のように心配して訪れた人間には何も心配する必要はないと思わせて実は夜な夜な契約者にように……』
『おい、お前今何を口走ろうとした?』
『いや、私はただあの女に気を許すのは早計だと言いたいだけなのだ。契約者とてあの子が心配なのだろう』
ルシエルは慌ててキョウヤから視線を逸らせるとそれだけを口にする。
キョウヤは先程から言っても聞かない口の軽い隣の悪魔にもう一度、命を使って黙らせようかとも考えたが、今は深く考えないようにした。
『わかったよ。もう少しだけ様子を見てみるよ』
渋々といった感じでキョウヤは女性の好意を受けることにした。
確かにルシエルの言う通り、見た目だけで判断するには早すぎるかもしれない。
「えと、それじゃあ、お言葉に甘えて」
女性に招かれて扉を潜るキョウヤ。
しかしキョウヤは翌日、この場をすぐに立ち去らなかったことを後悔した。
少なくとも立ち去っていればあんな思いをしなくても済んだのに……。
”選別”と言う名の虐殺行為により子供たちが皆殺しにされた。
その凄惨な現場を目にすることもなかったのに。




