詐欺悪魔
キョウヤは女の子に手を引かれながら街の大通りを歩いていた。
孤児院を目指す女の子とそれに続くキョウヤ。
何がそんなに楽しいのか、女の子は鼻歌交じりに雑多な人混みをかき分けて行く。
まるで、出かけるのが楽しみで楽しみでしょうがない妹と、それに渋々付き合わされる兄といった構図だ。
キョウヤは無邪気に前を歩く女の子を見つめながら、そのどこか懐かしい光景にふと妹の姿を重ねた。
たまに2人で近くの公園に出かけるときがあったが、その時は日々の辛いことも忘れていつも楽しそうにはしゃいでいた。
家では護ってくれるはずの存在から疎まれ、学校では理不尽な暴力が自分たちを襲う。
だから、そこから解放された時だけは唯一笑顔を見せる妹に自分も癒されていた記憶がある。
妹の楽しそうな笑顔。
それを思い出すたびにキョウヤはどうしても後悔してしまう。
もっと色んな所に連れて行ってやりたかったな、と。
同時に何故助けられなかったんだろうとも。
しかし後悔ばかりしていても仕方がない。
今の自分には普通で考えられない、後悔をやり直すチャンスが与えられているのだから。
妹に幸せになってほしい。
また笑ってほしい。
そのためなら、たとえ自分の魂を捧げたって構わない。
キョウヤは改めて必ず生き返らせると、心の中で決意を固めた。
「なぁルシエル」
「とうした?」
「どこの世界でも不快なものを見る人の目ってのは変わらないんだな」
歩きながらキョウヤは独り言のように嫌悪感を滲ませながら呟いた。
女の子はキョウヤの手から離れてスキップ混じりに前を歩いている。
大通りから大分と離れた場所まで来たせいか、人の数もまばらになってきていた。
そして心なしか、すれ違う人々が自分たちを避けながら歩いていることにキョウヤは気付いた。
ついでに汚い物を見るような目で自分たちを見ていることも。
正確には目の前の女の子に、だが。
キョウヤにはその理由がなんとなくだが理解できた。
女の子の身なりはすれ違う街の人や、同年代の子供に比べると汚れも目立ち、服には擦り切れた部分も多く、一目で浮いているのがわかる。
おそらく彼らは、女の子に対して人としてというよりも、汚い何か別の物として見ているのだろう。
もしくは親が悪魔契約者であることを、知っているのか。
どちらにせよ、人々の嫌なものを見る視線が女の子とキョウヤに注がれる。
しかし女の子は気にする様子も見せずにルンルンと相変わらず楽しそうだ。
「悪魔と関わりがあるかは身なりを見れば大体わかってしまうからな。天使信仰者ならば祈りを捧げれば加護が貰え、教会へ行けば生活に必要なものを恵んでもらえる。つまり、着る服一つでその者が天使信仰者かそれ以外かがわかってしまうというわけだ。私が力になってやれればいいんだが、今の天使信仰で溢れたこの世界ではしてやれることに限りがあるからな」
ルシエルはどこか申し訳なさそうなに女の子を見つめていた。
「俺たちが何かしてやれることはないのか?」
どうしても目の前の女の子と妹が重なってしまうキョウヤにとって、何か力になってあげたいと思うのは自然なことだった。
「契約者にその気持ちがあるのなら、1人でも多くの天使を地獄へ落とし、悪魔崇拝者を増やすことを勧めよう。そうすれば、自然とあの子のように侮蔑の目で見られる子はいなくなるだろう」
「悪魔崇拝者か……」
キョウヤはぽつりと呟きながら、ふと疑問に思ったことを口にしてみた。
「なぁ、そもそも俺ってその悪魔崇拝者ってやつになるのか?」
悪魔と契約はしたが崇拝した覚えはないキョウヤ。
果たして自分はどの立ち位置になるのだろうか?
「当然だ。悪魔と契約したということは、悪魔の力を欲したということ。つまりは崇拝に当たる」
「そういうもんなのか? いまいちピンとこないんだけど」
納得いかない様子のキョウヤにルシエルがわかりやすく説明してくれる。
「契約者のいた世界では契約書に同意し、印を押せば契約成立だ。そうだろ?」
「まあそうだけど」
「つまり悪魔との契約は、悪魔崇拝者になることの同意でもある。契約した以上は自動的に悪魔崇拝者となるわけだから、契約者が悪魔崇拝者となるのは必然なことだ」
得意げに話すルシエルだが、キョウヤは納得いかない様子だ。
「けど、その辺のことは契約の時に説明してくんなかったよな?」
「聞かれてないからな」
悪びれる様子もなくルシエルは答える。
「言っとくけど、それってお前が嫌ってる天使と同じで詐欺だからな」
キョウヤは呆れつつも、しかし自分も確認を怠っていたのだからあまりルシエルを責めることは出来ない。
「詐欺だろうがなんだろうが契約は契約だ。ちなみに契約の解除は双方の同意がない限り成立せんからな」
まさしく詐欺の鑑のような後出しに、キョウヤは苦笑いするしかなかった。
まあ、解除するつもりは無かったからその辺のことはキョウヤにとってはどうでもよかったが。
「つまりは契約の解除は不可能ってことだろ」
ルシエルが解除に同意する姿が想像できないので、自ずとそうなる。
「そういうことだ。つまり契約者はもう立派な悪魔崇拝者ともいえる。だから契約者はもう少し私のことを崇拝すべきなのだ」
ルシエルは急に不満そうに表情を歪めた。
まるで自分の想い通りにいかないと駄々をこねる子供のように。
「崇拝って具体的にはどうするんだ?」
「簡単だ。身も心も全てを悪魔に捧げればいい。あとは崇拝者によっては自分の大切なものを捧げるものもいるな」
「ん〜、身も心もねぇ」
キョウヤは実際に捧げた姿を想像して、絶対にやってはいけないと確信した。
ルシエルのことだから、間違っても心なんて捧げたら速攻で魂に憑依してきそうだし、自分の魂が侵食して消えそうになっても、興奮のあまり我を忘れてそのまま消されそうな勢いですらある。
「ああ、だから私のためにその身を捧げたくなったらいつでも言ってくれて構わんのだぞ。その時は……」
案の定、その時のことを想像しているのだろう。
ルシエルは口元からだらしなく零れた涎をすすると、その表情を薄っすらと赤く染める。
そして若干息を切らせながらキョウヤの方をチラチラと見ていた。
「お前な、一応あの子にも見えてるんだからそういうのは自重しろよな」
キョウヤの心配をよそに、女の子は相変わらず楽しそう前を歩いている。
「これでも抑えている方なのだぞ。契約者の魂に憑依してから半月、あれから肉体にすら憑依させて貰っていないのだ。男の契約者ならその辺の辛さはわかってくれるだろ?」
「俺の辛さと一緒にすんな」
あまりこの辺の会話を女の子に聞かれたくないキョウヤは、手短に話を切った。
しかしルシエルの方は溜まっている不満があるようで、ぶつぶつとかなり際どい独り言を呟いた。
「そりゃあ、契約者は夜な夜な出しているのだから、辛くはなかろう。だが、出したくても出せないこの私の欲求は一体どうすれば……」
キョウヤは完全に下ネタに走ろうとするルシエルの口を、速攻で塞いだ。
隣を歩くルシエルの口に自分の手を当てて何事も無かったかのように歩き続ける。
女の子はそんなキョウヤに気付いた様子はなく、依然、前を歩いている。
NGワード、ギリギリなルシエルの発言にヒヤヒヤさせられながらも、キョウヤは今の会話を女の子に聞かれずに済んで良かったと安堵した。
しかし、だからと言ってこのままこの話題を終わらせることもできないキョウヤは、背中に冷たい汗を感じながら小声でルシエルに問い質す。




