便利な悪魔
「うん。一年前の祈願祭で『祈り子様』がやれって言ったの」
祈り子様。
またしてもキョウヤの知らないこの世界、特有の単語。
キョウヤはすかさずルシエルへと質問する。
「おい、また知らない言葉が出たぞ。祈り子様って何者だ?」
「契約者よ。わからなければ少しは自分で考えようとはせんのか? 私は喋れば答える便利な辞書ではないのだぞ」
不満タラタラな様子のルシエル。
「考えてもわかんねぇだろうから聞いてるんだよ」
確かに自分の居た世界とは異なる世界に来てその世界の言葉を理解しようなんて、学力もそれ程高いわけでは無い、元高校生のキョウヤにはハードルが高かったかもしれない。
幸い日本語は通じるが、それでも意味の解らない言葉を知ろうとするにはテスト勉強よろしく、辞書でも開くしかない。
そして今のキョウヤにとっての辞書は正にルシエルだった。
辞書は仕方ないといった表情を浮かべながらもキョウヤの為に答えてくれた。
「祈り子とは、祈願祭で天使信仰者を代表して天使に祈りを捧げる者のことだ。穢れのない清らかな心と肉体を持つ者が選ばれ、男との交わりを知らない女の子供がその役を担うことが多い。祈願祭では天使の声を聞き、それを人々に伝えることが主な役目とされておる」
「てことは、悪魔狩りを指示したのは天使ってことになるのか?」
「そうなるな。全く、我々悪魔が肩身狭い思いをしているのをいいことに好き勝手やってくれる」
ルシエルの赤い瞳に静かに怒りの炎が宿った。
「それで、その、君の親はその悪魔狩りで……」
言い淀むキョウヤ。
「うん。悪魔と関わりがある人はみんな殺されちゃったから」
しかし女の子は気にする素振りも見せず、あっけらかんとした様子で答える。
「みんなって?」
再度のキョウヤの質問に女の子はすぐに答えてくれた。
「みんなはみんなだよ。悪魔を崇拝する人も悪魔と契約した人も、少しでも悪魔と関わりのある人はみんな」
「随分と調子に乗っているようだな。あの詐欺天使共は」
ルシエルの声には隠しようのない怒りが籠められていた。
「けど、君は大丈夫だったの?」
「うん、親が悪魔と関わりがあっても子供には関係ないってかばってくれる人がいたから。今はその人の孤児院で暮らしてるの」
笑顔でそう答える女の子を見るに、親がいなくてもその辛さを忘れられるぐらい今が楽しい。
そういうことだろう。
きっと心優しい人が子供達の面倒を見てくれているんだろうな。
キョウヤは少し感謝した。
他人の子供とはいえ、幼い子供の辛い姿は見たくはない。
しかしルシエルの考えはキョウヤとは少し違ったようだ。
「その者は天使信仰者なのか?」
どうやら子供たちを庇ってくれている人間が天使信仰者なのかどうかが気になるようだ。
「そうだよ。とっても優しいお姉ちゃんなの」
満面の笑みを浮かべる女の子に、どれだけその相手を信用しているのかが見て取れる。
「へぇ、天使信仰者って狂った連中ばっかだと思ってたけど、そういう理解のある人もいるんだな」
思わず感心するキョウヤ。
しかし依然としてルシエルの表情は険しいままだ。
「どうしたんだ?」
「契約者よ。今すぐその孤児院へ行くぞ」
居ても立っても居られない様子のルシエル。
「なんだよ急に」
「天使信仰者が悪魔契約者の子供を保護? 胡散臭過ぎる。なにか裏があるに違いない」
「そうか? 別にそういう思いやりのある人がいたっておかしくはないと思うけど」
「契約者は本気でそう思うのか? 天使信仰者だぞ? アレを信仰するような人間なのだぞ」
ルシエルの正気を疑うような言葉を受けて、キョウヤが改めて記憶を思い起こす。
その脳裏に浮かぶのは、挨拶代わりにナイフを突き刺そうとした少女や、磔にされた自分に石を投げる人々。
身に覚えのない罪を着せられ、そして祈りを強要し脅してくる少女。
まるで走馬灯のように懐かしい記憶となってキョウヤの頭を駆け巡る。
ついでに妹を連れ去り、事故を装って子供を殺そうとしたゲスな天使も。
「悪い。俺が間違ってた」
キョウヤは速攻で自分の非を認めた。
「だろ? 私はかつて同志であったであろう悪魔契約者の忘れ形見である、この子をなんとしても護らねばならんのだ」
慈愛に満ちたルシエルの表情。
まるで母性に目覚めたかのような口ぶりだ。
「契約者とてこのまま、この子を放ってこの場を去るつもりはないだろう?
「まぁ確かにほったらかしにはできないけど」
「おまけにその孤児院には、この子と同じ境遇の子供が他にもいるようではないか。なら、私は悪魔の1人としてこの子たちを、何が何でも守ってやらねばならぬ」
ルシエルの言ってることも理解できなくはないキョウヤだが正直、自分から天使信仰者に関わりに行くのは避けたい気持ちもある。
しかしこの子が心配なのもまた事実なため、せめて面倒を見てくれているという天使信仰者に会って、安全だけでも確認できればと、キョウヤはルシエルの提案に乗ることにした。
「じゃあ、取り敢えずこの子をその孤児院に連れて行くか。いつさっきの男が追いかけて来るかもわかんねぇしな」
立ち上がるキョウヤは女の子に向かって手を差し伸べる。
「孤児院の場所だけど案内してくれる?」
女の子はキョウヤの手を取ると、再び満面の笑みを浮かべた。
「うん!」




