悪魔契約者の子供
ぜぇぜぇ、と膝に手をあてながら息を切らせて戻ってきたキョウヤ。
そんなキョウヤを見てルシエルが残念そうにぼやく。
「せっかく手に入れたのだから必要な物資だけでも頂いておけばよかったのに」
頭の中に響くルシエルの声。
「それじゃあただのコソ泥じゃねぇか」
心の中で突っ込むキョウヤ。
「すでにコソ泥もビックリの立派な犯罪者だとは思うが」
「うるせぇよ」
女の子の横に腰を下ろすキョウヤは、果たしてこの子をどうするべきかと再び頭を悩ませる。
盗みを働こうとしたのだから警察か?
けどこの世界にそんなものは存在しないだろう。
思い付くのはさっきルシエルが話していた聖騎士ぐらい。
そもそもどう見ても未成年なのだから親に引き渡して叱ってもらうのが普通じゃないか?
さすがにこのまま放っておくことも出来ないし……。
まずはこの子の親を探そうか。
そう思いキョウヤは女の子に声をかけようとするが、しかし女の子が見つめる視線に気付いて固まってしまった。
何故なら女の子がじっとキョウヤの後ろを見つめていたから。
その方向にいるのはルシエル。
まるで女の子にはルシエルが見えているかのようにその瞳を動かそうとしない。
もしかしてルシエルが見えてるのか?
内心驚くキョウヤに向かって女の子が口を開く。
「お兄ちゃんて悪魔契約者なの?」
いきなりのビックリ発言にキョウヤは大いに狼狽えた。
「え……! ど、どうして!?」
なぜわかったのだろうか?
戸惑うキョウヤに向かって女の子が、たどたどしくも説明してくれる。
「だって、そこにいる女の子って悪魔でしょ? お兄ちゃんが契約者じゃないの?」
違うの?
小首を傾けながら、ポカンとする女の子にどう答えるべきかキョウヤはまたしても悩まされる。
別に子供に悪魔契約者だとばれたところで問題はない気はする。
しかしこの世界の悪魔契約者に対する扱いは身を以って知っているので、迂闊に認めることも出来ない。
そもそもどうしてわかったのか理由がわからない。
戸惑うキョウヤ。
しかし当の悪魔はまるで気にする様子もなく、動揺した様子のキョウヤを押しのけて女の子へとやや興奮気味に迫った。
「おぉ!! よもやこの私が見える者に会えるとは!? お主もしや悪魔崇拝者か!?」
目を輝かせながら迫り来る悪魔に驚きつつも、女の子はルシエルの質問に答えてくれた。
「う、ううん。違うよ。私じゃなくてママとパパが悪魔契約者だったから」
それを聞いたキョウヤが、思った疑問をそのままルシエルに向かって口にする。
「親が悪魔契約者だと悪魔が見えるようになるのか?」
ルシエルの姿が天使信仰者からは見えず、天使には見えていたことはキョウヤも知っている。
しかしそれが悪魔と関わりがあると見えるようになるのか。
その辺りの知識はキョウヤ自身もまだまだだった。
女の子に夢中なルシエルは、かなり面倒くさそうにキョウヤの質問に早口で捲し立てた。
「悪魔の姿を見ることができるのは悪魔を心の底から崇拝した“悪魔崇拝者”か、もしくは直接悪魔と契約した“悪魔契約者”に限られる。もしくは上位の天使の加護を受けた者にも見る事は可能だが極稀だ。ただし、例外として親に悪魔契約者を持つ者は、契約した悪魔の呪詛が少しばかりその身に流れることがある。少しとはいえ、呪詛をその身に宿すことになるのでな。その場合は崇拝者でも契約者でなくとも見ることができる、というわけだ」
ルシエルの言葉を頭の中で整理しつつ、どうにか理解したキョウヤ。
つまり女の子の両親は悪魔と契約しているわけだから一先ず慌てる心配はなさそうだ。
この世界に来て初めて警戒心を解ける相手との出会いにキョウヤは安堵した。
ただし、まだまだ幼い子供ではあったが。
「そうか。なら良かったじゃねぇか。悪魔契約者ってことはお前が言う数少ない悪魔崇拝者ってことだろ?」
キョウヤの言葉にルシエルがまたしても興奮しながら女の子へと迫った。
「おぉ! そうだ、そうだ! お主の親は今はどこに!? 地獄を統べる悪魔の1人として、ここは是非とも挨拶をしておかねば!」
しかしそんな熱のこもったルシエルの声とは対照的に、女の子の返事はとても簡潔で淡々としたものだった。
「いないよ」
ただ一言だけそう答える女の子。
「他の街にいるのか?」
ルシエルの問いに女の子は平然としながら答えた。
「ううん。死んだの」
それを聞いた二人の表情が一瞬で固まってしまった。
ルシエルの表情からは熱が消え、複雑なものへと変わっていく。
「死んだ?」
キョウヤが絞り出せたのはそれだけだった。
「うん。あれ、お兄ちゃんは知らないの?」
「知らないって、何を?」
この世界に来て間も無い上に、今日会ったばかりの女の子の両親について知る訳もないキョウヤは、疑問をそそのまま口にした。
「一年前の祈願祭で行われたこと」
一年前。
最近、祈願祭が行われたことはルシエルから聞いて知っているキョウヤだが、一年前ともなると完全に知りうる知識の範囲外である。
「いや、知らないけど」
女の子の疑問に答えつつ、キョウヤはルシエルへと疑問を投げかける。
「何か知ってるか?」
「いや、私も最近の現世での出来事にはさほど詳しくはない。祈願祭についても以前契約者に話した程度しか知らんからな」
どうやらルシエルでも知らないようだ。
仕方ないのでキョウヤは女の子に質問を振る。
「何かあったの?」
キョウヤの問いかけに女の子は端的に答えてくれた。
「“悪魔狩り”だよ」
「悪魔狩り?」
女の子の口から飛び出した物騒な言葉に、キョウヤは背中に嫌な汗を感じた。




