悪魔的な少年
「契約者よ。幼き子供を助けるために立ち向かうその勇士に私は契約した悪魔として誇らしくは思うのだが、どちらかと言えば私は助ける必要が無いと思うのだ」
ルシエルの目にも、鞄を奪い取ろうとする男と助けを求める女の子の姿は見えている。
にも関わらず、ルシエルの言葉はどこか冷めたく心無いものだった。
「お前ってホント悪魔だよな。確かに俺もああいう揉め事に関わるのは嫌だけどさ、さすがにこの状況で無視するわけにもいかないだろ。悪魔にはこの辺の感覚はわかんないかもしれないけどさ」
「まあ、契約者がそう言うのなら私は何も言うまいが。しかし、ならどうするのだ? 女一人に手こずっていた契約者にあの男をどうにか出来るとは思えんし。代わりに助けでも呼びにでも行くか? 言っておくが私は手助けせんぞ」
「うっ……わかってるよ」
正直ちょっと期待していたキョウヤ。
子供を助けたいと思う気持ちはあっても一人では心許ないのもまた事実だった。
「ま、今の契約者には丁度良い相手かもな。呪詛も加護も持たないただの男に手をこまねいていては、妹を生き返らせることなぞ夢のまた夢だろうし」
ルシエルのその言葉にキョウヤがハッとなる。
そうだ。あれぐらい一人でどうにか出来ずに妹を生き返らせるなんて出来はしない。
今までの自分なら駄目だったかもしれないけど、それは前いた世界での話。
今の自分には呪術もある。
アダマスだってある。
こういった試練を乗り越えてこそ男じゃないか。
お兄ちゃんじゃないか。
あの子を助けるためにも。
キョウヤはイルミナの時と同じ要領でアダマスを呼んだ。
今度は変な所に出ないよう自分の手に意識を集中する。
「出てこい、アダマス」
キョウヤの掌に黒い闇が浮かび上がり、そこから漆黒の棒が現れた。
キョウヤはアダマスを手に取ると力強く握りしめる。
そして建物の入り口かどうかもわからない、穴の空いた場所から中へと入った。
男にばれないように背中にアダマスを隠しながらゆっくりと近づく。
出来ればアダマスは使いたくない。
話し合いでなんとか……。
そう思ったキョウヤは男に近づくとおずおずと声をかけた。
「あのー……」
「何だガキ! 言っとくけど変な正義感で首突っ込むなよ!」
男はチラリとだけのキョウヤを見て怒鳴ると、再び女の子から鞄を奪い取ろうとする。
どうやら話し合いの余地は無さそうだ。
威圧的な男に対して及び腰になるキョウヤ。
このまま知らんぷりをして逃げたいとも思うがそれではだめだと自分を奮い立たせる。
そして男の背後にそろりと周ると、アダマスを思いっきり振り上げた。
「ごめんなさい!」
そして躊躇なく男の頭上に叩きつける。
「ぐぁっ」
カエルが潰れたような奇妙な呻き声を上げて、男は膝から崩れるようにして地面へと倒れ込んでしまった。
自分の背丈と同じぐらいの大きさの鞄を胸に抱えたまま、呆然とした様子の女の子。
「契約者よ。先程の女の時といい、今といい、アダマスの使い方に納得出来ない部分が多々あるのだが、まあ今の契約者にしては良くやったと言っておこうか」
「悪いけど、これが今の俺の全力だよ」
場所は変わってキョウヤと女の子は街が一望できる建物の屋上にいた。
そこは路地裏の中にある一番高い建物で、女の子が言うにはここなら誰にも見つからないらしい。
キョウヤの眼下には、レンガを積み重ねて造られた建物の屋根がいくつも見えている。
他にも十字架を掲げた教会と思われる建物や、他の建物よりも一回り大きな大聖堂のような建物も。
キョウヤがその景色を見て思ったのは、いかにこの世界が天使信仰に重きを置いているかだった。
一般の建物に比べて、どう考えても真新しく手の込んだ装飾の施された白い建物。
教会や大聖堂が街一面に散りばめられていることからも、それは嫌になる程良くわかる。
まるで中世ヨーロッパの世界を、この世界の天使信仰者が支配したような光景だな。
キョウヤは自分が元いた世界と比べながらそんなことを思った。
柵のない屋上の縁で危なげなく座るキョウヤと女の子。
「大丈夫だった?」
キョウヤの心配する声に女の子は大きく頷いて見せる。
「うん、お兄ちゃんありがとう」
満面の笑顔でそう答える女の子に、やっぱり人助けっていいな。
そんな爽やかなひと時をキョウヤは感じていた。
「そう言えば鞄の方は大丈夫? 何か盗まれた物とかはない?」
「えーっと」
言われて女の子が確認しようと鞄の中を探り始める。
鞄は女の子が丸々入ってしまうほど大きなサイズで、女の子自身も中身を確認するのに手間取っているようだ。
そんなどこか一生懸命な女の子の姿にキョウヤは自然と笑みを浮かべていた。
しかしキョウヤはそんな女の子の姿にふと違和感を覚えた。
女の子が使うにはあまりにサイズが大きく、色も茶色と女の子が持つにはかなり渋めだ。
そして鞄の使い勝手がわからない様子の女の子。
開けれるところは全て開けて中身を引っ張り出す。
キョウヤは少し気になった事を口にしてみた。
「それ、君の鞄?」
「ううん。あの男の人の」
当然のように答える女の子にキョウヤはサーっと血の気が引くのを感じた。
「だから言ったであろう。助ける必要はないと」
呆れた様子のルシエルの声が頭の中に響き渡る。
「だったらもっと全力で止めろよ!!」
声を出して叫ぶキョウヤに女の子はビクリとしながらも鞄を漁る手は休めない。
「ちよ、ちょっと待って! それってもしかして、あの男の人から鞄を盗んだってこと?」
違うと言ってくれ。
そう願うも女の子の笑顔がそれを粉々に打ち砕く。
「うん!」
キョウヤがうなだれながら頭を抱える。
「えっと、つまり俺は鞄を盗もうとしてる女の子をわざわざ助けたってことか」
「そうなるな」
「最悪だ。やっぱり無視しとけばよかった……」
「私は契約者の悪魔的な行いの数々に惚れ惚れしたぞ。先程は女のスカートの中を覗いたかと思えば、今度は罪の無い男に暴行を加え、窃盗に加担する。悪魔の私よりも契約者の方が悪魔らしくて感心さえするな」
否定しようのない事実がキョウヤの良心に突き刺さる。
しかしまだ遅くは無い。
今なら窃盗だけは未遂に出来るかもしれない。
そう思いキョウヤが勢い良く立ち上がった。
「ちょっと貸して!」
キョウヤは女の子から鞄をひったくると、散らばった中身を鞄に押し込み、そして男に返すために再び路地裏へと駆け出した。




