悪魔的な行い
「ったく、ホント最悪だよ」
狭い路地裏を全力で走りながらキョウヤが愚痴をこぼす。
あれからキョウヤは少女が叫ぶと同時にダッシュでその場から逃げ出した。
イルミナの言葉通り、キョウヤはすぐに駆け付けて来た聖騎士によって今は追われる身となっている。
先程までは冤罪をでっちあげると脅されていたキョウヤだが、今となっては言い訳の余地が無い程れっきとした犯罪者の一員だった。
人気の無い路地裏で少女のスカートを捲ったのだから変態と言ってもいいぐらいだ。
キョウヤは走りながら時折後ろを確認しては、誰もいない事にほっとした表情を浮かべる。
そんなキョウヤの隣を並んで走るのはルシエル。
キョウヤとは違いその顔はどこか楽しそうでもあった。
「良かったではないか。しっかり見るものも見れて。しかしあそこまで大胆にいくとはさすがの私も思ってなかったぞ。相手の羞恥心をさらけ出させ、その隙に逃げる。中々考え方が悪魔的になってきたではないか」
「一緒にすんなよ。そもそも狙ってやったんじゃなくて、不可抗力だよ。おかげで聖騎士ってやつにも追われるはめになったしな」
噂をすればなんとやら。
路地裏の先でキョウヤの行く手に鎧を着た一人の男が立ち塞がっているのが見えた。
遠目にもわかる煌びやかな輝きを放つその鎧は、一目でボロボロの教会にいた男たちとは違うとわかる。
「いたぞ! こっちだ!!」
キョウヤを見るなり男が叫ぶ。
「やば!」
慌てて脇道に逸れるキョウヤ。
道の先は大通りへと繋がっているようで、人々の賑わう声が次第に大きくなってくる。
路地裏から突然飛び出すと怪しまれるので、キョウヤは何事も無かったかのように平静を装って人混みに紛れ込む。
眩しい程の日の光に軽く目眩を覚えながらもキョウヤは逃げ道が無いかと周囲を見渡す。
そして別の路地裏へ繋がる道を見つけると、通り過ぎる馬車で身を隠しながらその路地裏へと身を隠す。
そして誰もいない事を確認すると再び全力で走り始めた。
「はぁ、はぁ……。ここまで来れば……、取り敢えずは大丈夫だろ……」
キョウヤは固い壁に背中を預けながら、荒い呼吸を整える。
自分がどこにいるのかもわからなかったが追手の気配がないことからどうやら逃げることには成功したらしい。
安堵した途端足に力が入らなくなったのか、キョウヤはズルズルとその場に崩れ落ちてしまった。
「怠けた体には丁度いい運動になっただろ」
ケロっとした表情でルシエルがキョウヤを見下している。
「お前な……ちょっとくらい手を貸してくれたっていいだろ。捕まったらどうするつもりだったんだよ」
息も絶え絶えなキョウヤ。
「その時は私が全力で奴らに地獄を見せてやろう。しかしそれだと騒ぎを大きくしてしまいこの街には居られなくなる。メアリーちゃんからもらった物資もこの街に来るまでに使い果たしてしまったし、手ぶらで移動するには契約者がもたんだろう」
確かにルシエルの言う通りキョウヤに残っているのは数枚の銀貨のみで、残りは全てここまでの移動で使ってしまっている。
いくらルシエルがいるとは言え、無茶ばかりしていてはこの先がもたないだろう。
呼吸が落ち着くにつれてキョウヤは冷静に先のことを考える。
聖騎士の姿は見えないが、いつ見つかるかもわからない。
正直早くこの街を出たかったが、しかし出たところで自分が倒れてしまっては元もこもない。
幸いなことに、聖騎士には顔を遠目にしか見られていないのですぐにばれる事は無いだろう。
「取り敢えずは一休みして物資の調達だな」
当面の目標を決めたキョウヤは嫌々ながらも立ち上がる。
あまりここに長居していても仕方がない。
キョウヤは疲れた体に鞭を打つと、取り敢えず体を休めるために宿を探そうとゆっくりと路地裏を歩き始めた。
陽の光が僅かに差し込む程度のジメジメとした薄暗い路地裏。
表の賑わいに比べるとそこは気味が悪いほどに静寂で満たされている。
ゴミとホコリの舞う狭い道は、それだけで人を寄せ付けない不気味な空気で覆われていた。
どこの世界でもこういう場所には人は寄り付かないんだな。
そんなことを考えながら、キョウヤは自分とルシエル以外に誰もいない道を歩き続ける。
「一つ思ったんだけどさ、天使信仰者っていうのはその言葉通り天使を信仰してる人間のことを言うんだよな?」
キョウヤは歩きながら隣を歩くルシエルに聞いてみる。
「ああ、そうだな」
「その信仰者ってのは全員あんな感じなのか? 教会では突然襲われたかと思えば、言い掛かり付けて殺そうとしてくるし。それで今度は無理矢理祈らせようとするだろ? ちょっとおかしいんじゃないか?」
思い出しただけでもどっと疲れが押し寄せる。
「まあ、皆が皆そうと言うわけではない。ただ、天使なぞ信仰している人間だ。おかしいというのなら、全ての信仰者がおかしいだろうな」
「はあ、もう天使信仰者には会いたくもないし関わりたくもないな。とりあえず宿だよ。ただでさえ疲れてたのにあの女のせいで余計に疲れたしな……」
「誰か助けて!!!」
突如キョウヤの耳に届いた助けを求める声。
何があったのかとキョウヤが声のする方へと目をやる。
すると、キョウヤのすぐ隣。
ボロボロになった倉庫のような建物の中で、声の主が叫んでいるのが見えた。
それは暗い人気のない場所ではよくありそうな、ありきたりな光景。
「おい、いいから鞄をよこせ!」
「いやっ! 離してっ!」
どうやら体躯の大きい柄の悪そうな男が、幼い女の子の抱えている鞄を強引に奪おうとしているところのようだ。
一瞬どうするべきかと本気で悩むキョウヤ。
本来なら助けるべきだとも思うがこういった面倒事に巻き込まれたくないという気持ちもある。
何より聖騎士の存在もあるのだから放っておいても問題ないのでは。
そうは思ってもそれでは間に合わないだろうなと冷静に考える。
キョウヤがどうしようかと迷っていると、必死な表情の女の子と目が合ってしまった。
「お兄ちゃん助けて!」
誰のことだろうか? そう思うまでも無く自分のことだとキョウヤにはすぐにわかった。
というよりも彼らと自分以外に人がいないのだから、必然的に女の子が自分に助けを求めているのだとすぐにわかる。
それに指名されてしまった以上さすがに無視は出来ない。
なにより“お兄ちゃん”という言葉がエイヤの心を揺さぶった。
脳裏に蘇る妹の姿。
そしてその妹を救えなかった自分。
「はぁ、お兄ちゃんて呼ばれて無視なんてできるわけないだろ」
愚痴をこぼしながらもキョウヤは女の子を助けるべく男へと立ち向かう。
後から聞こえて来るルシエルの、「ロリコンではなくシスコンだったか」、という冷やかしは無視しながら。




