祈って下さい!!
天使信仰者としての矜持だろうか。
妥協はしても完全には譲らない。
少女の執念深い要求にキョウヤはただただ驚いた。
そしていい加減宿で休みたいと思い始めたキョウヤは、天使信仰者にならなくてもいいならと、ここで折れることに決めた。
「じゃあ、祈ればもう行っていいかな?」
「はい!! 祈ってもらえたらもう大丈夫です!」
祈ってもらえるだけでも心底嬉しかったのか、少女がパァっとヒマワリのように笑顔を咲かせる。
思わず見惚れてしまうキョウヤ。
可愛い女の子の満面の笑顔を見れたなら騙された甲斐もあったかな。
そう思い祈りを捧げようと跪いたその時だった。
「うっ……」
少女の背後。
これまで我感ぜずと傍観を決め込んでいたルシエルが物凄い形相でこちらを睨んでいた。
少女の笑顔とは対照的に冷ややかなルシエルの視線。
言葉は交わさずともキョウヤにはルシエルが何を言いたいのかが良くわかった。
仮にも悪魔と契約している身。
敵対している存在に、しかもあんなふざけた連中に祈りを捧げることは許さない。
そう言いたいのだろう。
「ごめん。やっぱり出来ない」
キョウヤは申し訳なさそうにイルミナに謝ると跪くのを止めて立ち上がる。
別にルシエルを無視して祈ることもできる。
むしろこれまで自分を放ったらかしにしておいて、都合が悪くなった時だけ出てくるなんて虫が良すぎるだろう。
しかしキョウヤにはルシエルに逆らえない理由がある。
それはキョウヤが人に知られてはマズイ秘密をルシエルが握っているということ。
特に妹には知られたくない事実を。
妹を生き返らせても嫌われることは避けたいキョウヤ。
ならどうするか。
答えは簡単だった。
それは目の前の悪魔にただただ従うこと。
ルシエルを完全に従えられる力を付けるその日までは。
しかしキョウヤの事情なんて知らないイルミナは納得いかない様子でキョウヤに咬みつく。
「どうしてですか! 今祈ろうとしてたじゃないですか!? 何でやめるんですか!?」
「そうなんだけど……。その、ごめん」
申し訳なさそうにキョウヤが謝る。
「どうして……」
「え?」
「どうして誰も祈りを捧げてくれないんですか!? 別に天使信仰者にならなくてもいいって言ってるのに! ただ祈るだけじゃないですか!? それがそんなに難しい事ですか! 嫌なことですか!? ちょっとぐらい祈ってくれたっていいじゃないですか!?」
急に駄々っ子のように言いたいことを言うだけ言って、うわっ、とイルミナが両手で顔を覆い盛大に泣き出してしまった。
「いや、そう言われても……」
突然泣き出したイルミナに戸惑うことしか出来ないキョウヤ。
しかしよくよく考えれば全面的にキョウヤは悪くない。
そもそも無理矢理祈らせようとするイルミナが悪い。
目の前の少女を慰めるべきか、このまま放って逃げるべきかどうか真剣に悩むキョウヤ。
イルミナの駄々っ子のような叫びは続く。
「私だって……、私だって私だってわたしだって!!! 一生懸命やってるのに!! どうして、いつもいつもいつも上手くいかないのよ……!!」
知らねぇよ。
若干引きながら小声で突っ込むキョウヤ。
「祈って下さい! さっき祈るって言ったんだから祈って下さい!! 言いましたよね!? 祈るって! 私聞きましたよ!!! 大体あなた男ですよね!? 一度自分が言った言葉の責任をとってください!?」
余程祈らせたいのか、物凄い剣幕で少女がキョウヤに迫る。
「えっと……」
少女のあまりの必死さにキョウヤはたじろぎながら一歩後ろに逃げる。
「早く!」
十字架を掲げて追いかける少女。
「でも……」
祈ってもいいとは思うキョウヤだが、ルシエルの赤く鋭い瞳がそれを許さない。
「じゃあどうしたら祈ってくれるんですか!? 私だから嫌なんですか!? 私に出来ることなら何でもやりますよ!」
最早どうしてそこまでして必死に祈らせたいのか、キョウヤはただただ疑問だった。
そんなにしてまで祈らせたいとなると、何か裏があるのではないか。
そう疑ってしまう程に。
「いや、それでも……」
「もういいです!! 本当はこれだけはするつもりはなかったのに……。言っときますけど祈ってくれないあなたが悪いんですからね!!」
イルミナは八つ当たり気味にキョウヤに向けてそう叫ぶと、今度は自分の羽織っているローブを掴んでそれをビリビリに引き裂いてしまった。
そして何を考えたのか、ローブの下に着ている服にまで手をかける。
胸元やスカートは破れてその下が見えてしまうのはマズイと思ったのか、見られても問題なさそうな首元や腰周りの服を乱暴に傷付けていく。
破れた服の先に見える白い肌。
やがて見るも無惨な姿となったイルミナ。
最後におまけとばかりに黄金色の髪をクシャクシャにすれば、乱暴された一人の少女の出来上がりだった。
「ちょ、何やってんだよ!?」
突然のイルミナの奇行にキョウヤが思わず叫ぶ。
「どうしても祈ってくれないんですね?」
顔は俯むいたままイルミナがキョウヤに確認する。
「ああ」
どうしても祈れない理由があるのでキョウヤもそのまま返事をする。
「さ、叫びますよ?」
言ってて恥ずかしいのか僅かに震えているイルミナの声。
「は?」
イルミナの言っている意味がわからず、素っ頓狂な声を出してしまったキョウヤ。
「祈ってくれないなら、私はこの場で叫びます。全力で叫びます。貴方がドン引きするぐらいの声量で叫びます。それでもいいんですか? この街は最近平和なので、きっと暇を持て余した聖騎士の方たちがすぐに駆けつけてくれますよ? 薄暗い路地裏でボロボロの天使信仰者の女の子と無神論者の男。見かけだけで判断するにはピッタリのシチュエーションだとは思いませんか?」
言葉とは裏腹に優しくニッコリと微笑むイルミナ。
そんなイルミナの姿を見てキョウヤは思った。
悪魔崇拝者ってこういう奴のことを言うんじゃないだろうかと。




