特訓の成果
「……はぁはぁ、やっと着いた」
荒い呼吸で膝に手を当てて体を支えるのがやっとのキョウヤ。
空には眩しい程に照り付ける太陽見える。
それは湖のほとりでの地獄の特訓から一週間のこと。
キョウヤはある街の入り口に辿り着いた。
そこはボロボロの教会があった町に比べると行き交う人の数も多く活気のある街並み。
入口から見える様々な出店や街全体の賑やかな雰囲気から都会の街を連想させた。
「全く情けない。隣街に来るぐらいでその有様とは。此れまで余程怠けた生活を送っていたと見える」
そう声をかけたのは、隣で涼しい顔でキョウヤを眺めるルシエルだった。
相も変わらず黒一色の服装は見ているだけで熱くなりそうだ。
当のルシエルは悪魔だからなのか疲れた様子は一切感じられない。
「お前な。隣街行くのに山一つ越えて行くのが普通みたいに言うなよ。俺はてっきりすぐ近くにあるもんだと思ってたのに気付けば三日もかかるなんて……」
キョウヤはメアリーから貰った食料や物資を頼りに隣街を目指して山越えを行なった。
生まれて初めての野宿や野生動物との遭遇。
夜の森の静かさや闇一色の世界に恐怖を感じながらも、キョウヤはどうにかこうにか隣街に辿り着くことができた。
「契約者の世界ではそうだったかもしれんが、この世界ではこれでも近い方だぞ。まあ、移動手段に徒歩というのはあまりないんだがな。大抵は馬車を使ったり天使共の加護を利用したりと無駄に時間を使うようなことはしない」
「なんだよそれ。わざわざ歩いて来た俺が馬鹿みたいじゃねぇか。大体俺には天使の加護は無いけどお前の力があるんだ。それを使えば何とかなったんじゃないか」
キョウヤは今更ながら当然の疑問を口にしてみる。
目的地に着いた以上そんな事を言っても仕方がないのだが、それを黙っていたルシエルには少しイラッとした。
「確かに私の力を使えばこの程度の距離、一瞬で跳べるだろう。しかし楽ばかりしていては契約者を鍛えることが出来ん。強靭な魂は強靭な肉体に宿る。少しでも憑依による侵食を抑えるならば体を鍛えるのも方法の一つだ。まあ精神を鍛えるのが本当は一番なんだが、それだと契約者がもたんみたいだしな」
何かを思い出すようにルシエルが自分の人差し指スッと立ててをじっと見詰める。
その表情が僅かに赤いのはおそらく暑さのせいだけではないだろう。
「ああ、鍛えるのはいいけど俺が倒れない程度で頼むよ。本当マジで。湖での特訓も言っとくけどあれただの拷問だからな。死を感じながら何度も気絶するなんて普通ないから……」
キョウヤの脳裏に特訓と言う名の拷問の数々が蘇る。
ちびルシエルたちに身動きを封じられたまま行われるルシエル主導による数多の拷問。
どこが特訓なのかもわからず、ただただ叫び続けては気を失い続ける地獄の日々。
サドスティックなルシエルの表情に、ただ楽しんでるだけじゃなかったのかと今でも怒りを覚えさえする。
しかし、それでもトラウマにならなかったのはルシエルの絶妙な拷問加減のおかげか。
トラウマになるギリギリのラインは把握しているとはよく言ったものだ。
そして悪魔の幼女の拷問に耐えた末にキョウヤが手に入れたものは小さな闇を作ることだった。
それを使ってアダマスを出し入れする。
ルシエル曰くそれが悪魔契約者の使える“呪術”の一つだと言う。
悪魔による呪詛を使った呪術。
その中でも初歩の初歩。
『闇の扉』。
大小様々あり大きさによって出し入れできるものも変わってくるらしい。
この世界に来て何も知らないキョウヤが初めて覚えた呪術だった。
ちなみに天使の加護を使えば魔法が使えるらしい。
「ゼロからスタートの契約者にはあれぐらいせんと祈願祭まで間に合わん。覚えたのは小さな闇の扉一つ。私としてはもう少し時間をかけてたっぷりとやりたかったのだがな」
再び人差し指を見詰めて顔を赤らめるルシエル。一体その人差し指で何をしたのか……。
「お前特訓とか言っておいて、所々自分が楽しむだけにやってただろ!?」
恨めしそうにルシエルを睨み付けるキョウヤ。
「そんなことは無い。契約者のために心を鬼にしていたんだ。ただ、鍛える方法と私の趣味が偶然一致していた。ただそれだけだ」
「お前、あれが趣味って本当に悪趣味な悪魔だな。言っとくけど暫く特訓は無しだからな。ここまで来るのに野宿とか慣れないことばっかで本気で疲れたんだから」
「やれやれ、これだから最近の若者は。そもそも三日三晩私のような可愛い幼女と共に過ごせたんだ。そう思えば移動の疲れなんて苦にもならんかっただろ?」
「悪魔のくせに自分で幼女とか言うなよ」
「見た目だけなら変わりは無かろう。事実湖では契約者の契約者もしっかり反応していたようだし、それは私を1人の女として本能が認識したということであろう」
ルシエルの冷ややかな視線が徐々に下に向けられる。
「おい! やめろよその言い方! そんな表現の仕方初めて聞いたぞ! あぁ、お前と話してると余計に疲れる。とりあえず風呂に入りたい、ベットで寝たい。この街だったら宿屋とかもありそうだし取り敢えず街に入ろうぜ」
心底疲れた様子でキョウヤは街の中へと足を踏み入れる。
そんなキョウヤに訝し気な視線を送る周囲の人々。
悪魔の見えない一般の人間にはキョウヤのことがどこか頭のおかしい旅人に映っていたのかもしれない。
しかし疲れのせいか、そんな視線に気づいた様子も気にする素振りも見せずに街の奥へと消えて行くキョウヤ。
勿論、遠くからじっとキョウヤを見つめていた白いローブを羽織った1人の少女の存在に気付くこともなく……。




