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少女たちは青春を刻まない  作者: 赤羽 翼
不幸な事故以外の何物でもない事故
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歩きスマホはダメ。絶対。【解決編】


 圭子ちゃんの家は私の家の五分ほど手前に位置していた。一年生ちゃんが圭子ちゃんのお母さんと思しき人に私たちを部活の先輩と紹介すると、圭子ちゃんママは家に入れてくれた。


 私たちは二階に上がり、圭子ちゃんの部屋の前に立つ。

 まずは親しい一年生ちゃんから切り出した。


「圭子ちゃん。春だけど、そのまま話だけ聞いてくれない? わたし、圭子ちゃんのことが心配で、圭子ちゃんが一体何をしたのか、事故にどう関わってるのか知りたくて、二年の先輩に相談したの。この前彩ちゃんが話してた、桂川先輩と明日馬先輩に」


 彩ちゃんというのが私たちのことを知る友達か。

 ミノが一年生ちゃんを押しのけ、扉の前に立った。


「桂川よ。一つだけ質問に答えなさい。あんたは、()()()()……そうね?」


 私と一年生ちゃんは顔を見合わせた。ただ歩いたって、どういうこと?

 扉の奥から返事を待つけれど、一向に圭子ちゃんの声は聞こえてこない。……何というか……経験則と言うべきセンサーが反応してる。面倒なことが起こる、と。

 ミノも同じようなことを思ったのか扉に耳を押し付けて部屋の音を聞こうとする。


「無音」


 ミノは扉を叩いた。


「夕張、せめて返事だけでもしなさい」


 何の反応もない。一年生ちゃんの顔が不安に染まる。


「圭子ちゃん! 寝てるの!?」


 流石にここまで廊下で喚いてるのに呑気に寝てるわけないよね。

 ミノがドアノブを捻った。が、鍵がかかっていて開かない。一年生ちゃんの顔が更に曇る。


「二人とも、後ろへ下がりなさい」


 ミノは私たちを廊下の壁際に追いやった。それから何をするのかと思ったら、腰を落として右足を引き、ドアノブの下部目掛けて蹴りを放った! 

 足は扉を貫通して大きな穴を作った。ミノはその穴に手を突っ込んで鍵を解除すると、勢いよく扉を開ける。その瞬間、予想通りのものが私たちの目に飛び込んできた。


「うそ……圭子ちゃん……」

 

 一年生ちゃんが腰から崩れ落ち、消え入りそうな声で呟く。ミノは悔しげに「ちっ」と舌打ちし、私はまた帰りが遅くなると思い嘆きのため息を吐いた。

 圭子ちゃんは天井にくくりつけられたネクタイで首を吊っていた。ミノはゆらゆらと揺れる圭子ちゃんに近づくと手の脈を取る。


「死んでるわ。体温も冷たい。結構前に息絶えたようね」

「ミノ、足元になんか紙が落ちてるよ。ノートのページみたいな」


 ミノが私の指摘した紙を拾った。私は近づいてその紙を覗き込んでみる。紙には乱雑な文字でこう書かれていた。


『ごめんなさいあんなことになるなんておもわなかったすこしためしたかっただけなんですごめんなさいあるいてごめんなさい』


「どういうこと?」


 遺書らしいというのはわかる。けど意味はわからない。特に『あるいてごめんなさい』のくだり。だがミノはわかっているらしくそっと床に紙を置き、呟いた。


「推理通りってわけね……」



 ◇◆◇



「圭子ちゃんは……何をしたんですか? 『すこしためしたかった』って、どういうことなんですか?」


 リビングで遺書を読んだ一年生ちゃんが虚ろな声で尋ねてきた。圭子ちゃんママは旦那さんに連絡するために廊下に出ている。私たちは現在消防がくるのを待っている。

 ミノは退屈そうな表情で答える。


「あんた、歩きスマホはする?」

「しないよ。スマホ持ち歩いてないもん」

「アスマには訊いてない。市石に訊いたの」


 一年生ちゃんは力なく頷いた。


「します……時々ですけど」

「そう、じゃあ想像しやすいかもしれないわね。……自分が歩きスマホをしながら横断歩道までやってきたとき、()()()()()()()()()()()、あんたはどうする?」


 ああ、そういうことか。私は事故の全容を理解する。


「……足をとめます」

「どうして?」

「……赤信号だと思うからです」

「じゃあそいつが()()()()、どうする?」

「……足を進めます。青信号だと思って。もしかして圭子ちゃんは……」

「そういうことなんでしょうね」


 圭子ちゃんは横断歩道の前で信号が青になるのを待っていた。そこに歩きスマホをしながら奈月さんがやってきて、彼女は視界の端で立ち止まっている圭子ちゃんを見て足をとめた。それを見た圭子ちゃんはちょっと試したくなったのだろう。この状態で歩いたら奈月さんはどうするのか。青信号で試しては意味がない。奈月さんが自分の行動に釣られたのか、信号を確認して動いたのか判別できないからだ。ちゃんと自分の動きに釣られるのか、興味が湧いたのだろう。そして実際に試した。たぶん赤信号を渡ったのではなく、ギリギリ道路に出ないところまで数歩歩いたのだと思う。渡っていたらたぶん彼女も巻き込まれていた。……で、その好奇心の結果があの事故だ。奈月さんは死に、彼女を跳ねてしまった車の運転手さんも死に、隣の車線を走っていた車に乗っていた親子が死んだ。事故のきっかけを作った圭子ちゃんは自責の念から精神を病み、自ら命を絶った。


 これは、誰が悪いとも言えないかな。圭子ちゃんは作為があったとしても、歩いただけだ。歩きスマホをしていて勘違いをしたのは奈月さんである。けど、奈月さんが死ぬほど悪いことをしたのかといえば、そんなことはないと思う。歩きスマホが死罪なら日本人の四分の一くらいは死んでいる。それに圭子ちゃんに歩くよう促されたのは間違いない。じゃあ奈月さんを跳ねた人が悪いの? そんなわけがない。信号無視をしたのは奈月さんで、それを仕向けたのは圭子ちゃんだ。まあ、こういう場合はたいてい車に乗ってた側が悪くなるのが常だけど。なら対向車線を走っていた親子にも責任があるのかというと、それは無理がありすぎる。運転手さんが死んだのはおそらく親子の車と衝突したからだ。けど、親子は事故を起こした運転手さんの車と衝突したのだ。運転手さんが事故らなければ巻き込まれることはなかった。その運転手さんが事故を起こしたのは女子高生二人がきっかけである。けど女子高生もどちらが悪いとは言えない。更にきっかけを遡ると、あの横断歩道の信号が鳴らないのも理由の一つになる。


 ……これは、うん。そうだね。この一件をまとめるのに相応しい言葉がある。




()だね、これは」

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