やっぱり彼が怪しいよね
「どうするのミノ。打つ手なし?」
自分の席に座ってあくびをしながら尋ねた。暗いのもあって眠くなってしまう。
ミノは風間くんの席に腰掛けると頬杖を着いて悔しげに言う。
「まだ可能性がゼロになったわけじゃないわよ」
ミノは風間くんがペットボトルを用いて晴海さんを殺害したのだと、これでもかと疑っているようだ。
「あっそう。……まあ彼は怪しいけどさ。今日に限って私にあんなに話しかけてくるのは、ちょっと不審すぎるし」
「普段はまったく会話しないの?」
「しないよ。たぶん今日初めてしたんじゃないかな。凄く鬱陶しかったから顔憶えちゃってた」
「そんな人並みの感情抱かないでよ。あんたがいつも通り、クラスメイトの顔なんてそこらにあるゴミと一緒、みたいな認識だったらペットボトルが凶器って話を通すことができたのに」
「無茶苦茶すぎるでしょそれ」
私はクラスメイトの顔と名前をゴミだなんて思っていない。本当に、ただ単に、憶える気がないだけなのだ。ゴミだと思ってるから憶えていないだなんて、人聞きが悪すぎる。
「ペットボトルが凶器だなんて、十束さんの馬鹿丸出しの推理にここまで執着するなんて、どうしたの?」
「その馬鹿丸出しの推理は、あいつのリュックの中からペットボトルが出てきたときに、あたしも思いついていたのよ」
「二人揃って馬鹿丸出しかー――痛っ!」
脛を蹴られた。涙目で患部をさする。
「そこまで執着する根拠は何なのさ。凶器の殺傷力が低いからっていうのはもうわかったけど、それだけで風間くんを疑ってるの?」
「あいつを疑っているのはまた別の理由だけど、強いて言うなら、現場に落ちていた血の付いた布よ」
「あー、あの謎の。返り血を防ぐには小さいし、血が拡散してなくて不自然だったやつ」
「最初は謎だったけど、あいつらの話を聞いていて察しがついたわ。犯人はあれに凶器をくるんで晴海を殴ったのよ」
凶器を、くるむ? 確かにそれならあの血の付きようも納得できる。
「どうしてそんなことを?」
「あんたならちょっと考えればわかるはずよ」
「凶器を捨てるタイミングがなくて、それに血が付いてたら困るからかな」
「考えるまでもなくわかってるじゃない」
「凶器を捨てるタイミングがないってことはすぐに誰かと合流する予定があったからで、尚且つ強引に捨てることをしなかったのは事前に合流相手に持ち物を知られていたからで、更にはすぐ警察から持ち物チェックを受けることになるのを察していたってことかな」
事前に小太りの人からリュックを覗かれ、小太りの人とヒステリックさんとすぐに落ち合う予定があって、部室に戻るから遺体と対面することが決定づけられていたのは、なるほど風間くんか。
「リュックの中身を雨宮に見せたのはわざとなんでしょうね。凶器持ってないアピールするための」
「そこまでするかなあ」
「たぶん、あいつはあたしたちが関わった殺人犯の中でも、最も殺人に労力を使っているわ」
「殺人犯としては百点満点じゃん」
「人としてはマイナスもいいとこだけれどね」
ミノはつまらなさそうに皮肉を吐き捨てると、再び風間くんの机の中を漁り始めた。
「どれだけ探しても何もないよ」
「わかってる。手持ち無沙汰なのよ」
ミノがふと手をとめる。
「あいつは何のためにここへきたのかしらね」
「ミノの無様な姿を見るためじゃないの?」
「んなわけないでしょう。……本人は忘れ物って言っていたけど何もなかった」
「じゃあ知らなーい」
「何でもいいか。……凶器、ペットボトルじゃなかったのかしら」
「考えすぎ感は否めないよね」
ミノがゆっくり立ち上がった。
「現場いくわよ」
当然のごとく顔をしかめてしまう。
「今から? 嫌だよ。帰りたいよ。お腹空いたよ」
「五分でいいから一緒にきなさい。帰りは十束にでも車で送ってもらえば、時間の帳尻は合うはずよ」
「時間の問題じゃないんだけど……」
どれだけごねても無駄なのはわかっている。言うことに従えば五分で帰れるのだからそうしよう。
◇◆◇
一階の昇降口の前で荒川さんと遭遇した。
「あれ、二人まだいたんだ。何してたの?」
「色々よ」
私たちは昇降口を通り過ぎて渡り廊下の方へ向かう。
「帰らないの?」
「現場見てくる」
ミノが簡潔に答えると、荒川さんもとことこと付いてきた。
「寂しいから私もいくよ」
「あっそ」
この子、さっきまで私たちのことを人として最低レベルみたいな風に言っていたのに、何なのだろうか。
現場の前には明月さんが立っていた。私たちを認めると「げっ」と声を漏らす。
「何で舞い戻ってきたんだよ」
「元々帰ってなかったからよ。現場見せなさい」
「今鑑識作業中だから駄目だ」
「まだ終わってなかったの?」
「凶器に本が使われた可能性があるから、一冊ずつ血の痕跡がないか調べているんだ」
ああ、本か。その可能性もあるわけだ。ペットボトルよりは殺傷力高そうだし、あり得そうかも。
「たぶん凶器に血は付いてないわよ。床に落ちてた布にくるんで殴ったはずだから」
「ああ、あれか。返り血を防ぐためのものにゃ見えなかったから疑問に思っていたんだが、なるほど。そういう使い方か。実際、血は片面にしか滲んでなかったな」
それならルミノール反応とやらも凶器からは取れないかもしれない。布の使い方がミノの推理通りならの話だけど。
「直接見るのが駄目なら写真を見せて」
「ん」
何の迷いも葛藤もなくカメラを差し出す明月さん。それでいいんですか?
ミノはわざわざ私からも見える位置で写真を見ていく。窓際にあった二つダンボール箱の写真で手をとめる。
「これって、箱庭に使うものが入っていたって言っていたけど、何が入っていたの? 机の下にあった箱にはフィギュアとかが入っていたけど」
「右のダンボールに箱庭のいわゆる箱にとってあたるものが、左のダンボールには砂が入っていた。砂は更に紙袋に入れられていて、中には小さなスコップもあったな。軽かったからプラスチックをメッキで覆ったものだろう。凶器にはなりそうもない」
「ふぅん」
自分で聞いておいて興味なさそうに返すと、ミノは写真のデータを動かしていく。遺体を少し離れたところから撮影した写真になる。遺体は救急車で運ばれていったから、これらは先に現着した警察官の方々が撮ったものなのだろう。
「座っているところを後ろから殴られたって感じね」
晴海さんは椅子から横に倒れたかのような位置にいる。
「箱庭にあるフィギュアやミニチュアの一部が倒れてるし、そうなんじゃない?」
意見を言いながらも心の中ではずっと秒数を数えていた。現在二分が経過したところだ。
「それにしては砂が平らすぎる。おそらく晴海を殺害したときにはまともに箱庭が進んでいなかったから、砂もフィギュアも後から追加したのね」
「やっぱり風間を疑ってるんだ」
荒川さんが写真から目を逸らしながら呟いた。
「そんな悪そうな奴には見えなかったけどなあ。文芸部の二人も晴海さんを殺すなんてあり得ないって断言するくらい仲良かったみたいだし」
「仲が良いいからこそってこともあるわよ」
「そんなこと言ったら、動機なんて考えるだけ無駄ってことになるよね」
ミノは何も答えない。明月さんが渋面を作る。
「凝り固まった考えで大丈夫かよ。視野を広く持った方がいいんじゃねえか?」
「うるさいわね。十分持ってるつも――いや」
ミノは何かに気づいたように表情を固まらせ、やがてつまらなさそうに頷いた。
「あいつが教室に来たのは、それだけのことか。視野が狭まってたみたい」
「何一人で勝手に納得してんだ」
「後で調べてもらうことができたからよろしく」
「警察はお前らの手先じゃねえぞ」
ミノは明月さんのつっこみを無視してカメラに目を向けた。写真をどんどん流していくが、どうやら琴線に触れるものはないようだった。そのうちの一枚、二秒で次へいってしまった写真を見た私は反射的に「ん?」という声を漏らしてしまう。
「どうかした?」
ミノがこちらを振り向く。しまったと思うが言うしかない。
「いや、今の写真がさ」
「これ?」
写っているのにはダンボール箱の中、の紙袋の中の砂とスコップだ。砂の上に鼠色の光沢を放つスコップが寝かされている。スコップは掬う部分がU字に窪んでいるタイプのもので、その窪みの上で砂が不格好な山を築いていた。量は両手の平にいっぱいくらい。
紙袋がさほど大きくないためスコップが砂の表面の大部分を占めていた。
「これ、なんかおかしなところある?」
あ、そうか。ミノは知らないのか。
ミノが手にするカメラの画面に顔を近づける。やっぱり、おかしい気がするなあ。
「明月さん。箱庭用の箱って、どれも容積が小さいものでしたか?」
「そういえば、そうだったな」
だとしたら、うん。
「確かに風間くんが犯人かも」
「どうしてそうなるのよ?」
「説明の前に明月さんにちょっと調べてもらった方がいいかも。あてが外れたら説明し損だから」
「どんだけ面倒くさがりなのよ」
「だから警察はお前らの手先じゃねえって」
明月さんが泣きそうな声で言った。




