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少女たちは青春を刻まない  作者: 赤羽 翼
ネクロフィリアの夢
22/27

準レギュラー


「はぁ……恋がしたい」


 椅子の背もたれに両腕を乗せ、更にそこに顔を置きながら荒川さんが吐き出すように言った。

 佐渡原先生を待つ私とミノはその言葉に一切反応しなかった。私は文庫本の文字を目で追い、ミノはソシャゲに勤しんでいる。


「あーあ。私が困ってたら絶対に助けてくれる家柄の良いお坊ちゃんのイケメン、どこかにいないかなあ」

「相手にも選ぶ権利があるわよ」


 ミノがスマホから視線を逸らさず言った。荒川さんは喉の奥でぐっと呻く。


「願望言うくらいいいじゃない」

「妄想の間違いじゃなくて?」

「妄想でもいいでしょ別に」

「妄想じゃなくて馬鹿の戯言か」

「そこまで言う?」


 ミノなんだから言うに決まってるじゃん。

 荒川さんはつまらなさそうにため息を吐いた。


「二人相手にガールズトークを試みた私が馬鹿だったのは、間違いないか」


 どうしてか、喋っていない私も何やら貶められている。

 というかそもそも、


「荒川さん、どうして生物部にいるの?」

「え、暇だから」

「部活は?」

「やる気のない陸上部」


 グラウンド一周走るだけで帰れる、あの?


「じゃあ帰ればいいのに」

「人恋しいの。察してよ」


 荒川さんは夏休みにお父さんを殺され、お母さんは数年前に他界していたこともあって家に一人になってしまった。誰が保護者になっているのかは興味がないから知らない。


「でも、荒川さんって別にお父さんと仲良くなかったんでしょ? 帰りも遅かったって言うじゃん」

「それとこれとは別。一人しかいないってわかりきってる家に帰るのは、なんか虚しいというか……」

「そういうものなんだ。じゃあ友達と一緒にいればいいじゃん。わざわざここにこなくてもさ」

「友達だって、みんながみんな明日馬さんたちみたいに暇じゃないの。愚痴ってばっかりだと申しわけもないし」


 この人、私たち相手ならいくらでも迷惑かけていいと思っちゃってるよ。一応、お父さんの事件を解決してあげた恩人のはずなのに。

 荒川さんは咳払いをすると、


「二人って、誰かを好きになったことあるの? もちろん恋愛対象としてね」


 口調から、既に呆れが感じられるのは何でだろうか。


「ないけど」

「知ってる。桂川さんは?」


 じゃあ最初からミノだけに聞いてよ。

 かくいうミノは興味なさげに顔を上げる。


「あるけど。それがどうかした?」


 荒川さんは意外そうに眉を持ち上げた。


「え、誰?」

「誰だっていいじゃない。あんたたちの知らない相手よ」

「どんな人?」

「あたしがこの世で唯一尊敬する人」

「桂川さんが惚れる相手って、気になりすぎるんだけど」


 荒川さんは特にウキウキ女子女子した感じではなく、本当にただの興味を抱いているみたいだ。

 ミノに惚れられるなんて……その人、可哀想すぎる。流石の私も同情しちゃう。南無阿弥陀物。アーメン。


「桂川さんでも恋するのに明日馬さんときたら……」


 荒川さんに憐れみの表情を向けられる。何さ。

 ミノが鼻で笑う。


「荒川は勘違いしてるみたいだけど、あたしは口と性格が悪いだけで頭はおかしくないのよ。頭までイかれてるアスマとは立っているところが違うのよ」


 むっとしたので言い返すことにした。


「人を精神異常者みたいに言わないでよ。私だって恋多き女なんだから」

「さっき人を好きになったことないって言わなかった?」


 荒川さんが首を傾げる。言っちゃってた。けど、


「男の子から告白されたことは結構あるもん。ラブレターだってそこそこ貰ってるし。面倒くさかったら誰とも付き合わなかったけど」


 二人にはこの事実さえ疑われかねないが本当のことだ。中学時代と高一のとき、私はそれなりにモテていた。何回告白されたかは憶えてないし、どんな人から告白されたかもまったく記憶にないけど、告白されたという事実は憶えている。


「あー……明日馬さん、顔は良いもんね。地味なオーラ出してるから、じっくり見ないとわからないけど」

「見た目はあんたの数少ない取り柄だものね。たぶんその男共、あんたの怪物みたいな本性を知らなかったんでしょう。ご愁傷様」

「それ、褒めてる?」

「もちろん」

「褒めちぎってるつもりだけど?」


 わーい。嬉しいなー。褒められちったー。


「明日馬さんって、男の子にこんなことされたーい、みたいなことある? 理想のシチュエーションとか」


 男の子にされたいこと……? 想像を巡らせる。


「私の言うこと何でも聞いてくれる男の子は、割と理想だよね。代わりに宿題やってくれたり、学校に送ってくれたりさ」

「あんたどんだけ怠け者なのよ」


 ミノが呆れ果てたように吐き捨てた。


「そう言うミノはどんな相手がいいのさ。ドSのミノのことだから、マゾヒストの男の子がいいの?」

「あんたはあたしのことを何だと思っているわけ? マゾなんて自分から与えることを考えないクズじゃない。そもそもあたしはSじゃない」

「日頃のミノを鑑みると、それは無理あるよ」


 ミノはスマホをポケットに入れると腕を組んだ。


「好きな相手には態度変えるタイプなの。どうでもいい奴には蹴り入れるし、悪口言うけど、好きな相手にはむしろ身も心も滅茶苦茶に蹂躙されたい……って、何言わせんのよ!」

「ミノが勝手に言ったんじゃん」


 顔を真っ赤にするミノにどん引きしながら返した。……とんでもないむっつりスケベですよこの子。

 部室の扉が勢いよく開いた。


「部員A、部員B共に来てるなー」


 ようやく佐渡原先生が現れた。先生は荒川さんを見ると露骨に顔を歪ませる。


「まさか新入部員じゃねえだろうな。嫌だぞ。ただでさえ面倒なの二人も抱えてんのに」

「あ、ただ二人とお話ししていただけなので、大丈夫です」


 荒川さんがきっぱりと断りを入れた。なんか、二人と一緒にするな、とでも言いたげな顔をしている気がする。気のせいか。最近の私は物事の裏を読もうとしすぎだ。もっとのほほんと生きるのが私の信条のはず。


「この二人と一緒にしないでください」


 おいこら。そこは、ミノと一緒にしないで、の間違いだよね。

 佐渡原先生はどうでもよさげ頭を掻いた。


「まあ何でもいいけどよ、お前らにちょっとお遣いを頼みたいんだが――」

「じゃあ私帰りますね」

「あたし帰るわ」

「文芸部の晴海って生徒に貸した昆虫フィギュアを返してもらってきてくれ。言うこと聞かなきゃ部活出席日数はなしな」


 図らずも同じタイミングで立ち上がったミノと共にため息を吐いた。

 私は佐渡原先生を振り向いた。


「どっちか一人だけでいいですよね? ミノお願い」

「はあ? あんたが行きなさいよ」

「じゃあ間を取って荒川さんで」

「え?」

「あ、それがいいわね。頼んだわ荒川」

「ちょっと! そういうときだけ阿吽の呼吸にならないでよ!」

「もう全員で行けよ面倒くせえな! 生物図鑑も何冊か貸してるからついでにそれらも返してもらってこい!」


 佐渡原先生が鬱陶しげに叫んだ。……自分でいけばいいのに。

 ミノが大きなため息を吐いた。


「文芸部なら図鑑貸すのはまだわかるけど、何でフィギュアなんて貸すのよ?」

「箱庭に使うんだとよ」

「何ですか、それ?」


 私は首を傾げてしまった。ミノが説明してくれる。


「簡単に言えば盆栽の庭版みたいなもんよ。ミニチュアを使って箱や枠の中にちっこい庭を作んのよ。渋い趣味してるわね、その晴海っての」

「いや、箱庭っても、そうガチガチのやつじゃねえぞ?」


 佐渡原先生はボサボサの髪を掻きながら、


「なんつーかな。晴海はちょっと変わった奴でな……いや、変わってるって言ってもお前らほどじゃないぞ? それに可愛げある変わり方だから、憎らしげしかないお前らの変わり方と違って――」

「説明を続けなさいよ」

「昔色々あってカウンセラーに勧められて以来やってるんだってよ」

「ああ、箱庭療法ね」


 ミノが納得したように呟いた。荒川さんもぽんと手を打つ。


「なんか聞いたことあるかも。心理療法なんだっけ? 小学生の頃、不登校になっちゃった友達がそれやってた」


 へぇ。全然ピンとこない。



 ◇◆◇



 私とミノ、そして何故か巻き込まれた――いや私が巻き込んだんだけど――荒川さんは部室棟三階にある文芸部の部室を訪れていた。

 この場の全員が憮然とした表情を浮かべていたけれど、特に荒川さんが酷かった。


「どうして私まで……? いや、どうして私まで?」


 ミノが彼女の方にぽんと同情気味に手を置いた。


「あんたも準レギュラーになったってことよ。堪忍なさい」

「何の準レギュラー!?」


 ミノは困惑する荒川さんを無視して文芸部の引き戸をノックした。……数秒経っても返事がない。勘弁してほしい。


「留守かな? もうみんな帰っちゃったんじゃない? 文化部なんてそんなもんよ」


 暢気なことを呟く荒川さんだったが、私とミノはもっと別のことを考えていた。

 私はそろりそろりと帰ろうとしたけれど、ミノが伸ばした右腕で私の肩をがっちりと掴まれた。逃げられないらしい。知ってた。


 ミノが勢いよく引き戸を開ける。予想通りのものが目に飛び込んできた。小柄な女子生徒が一人、仰向けに倒れていた。頭から流れる血液が床を赤く染めている。


「ち、ちょっと、これ……」


 荒川さんが口元を抑えて二歩三歩と後退る。私は首を傾げた。


「お父さんの遺体は大丈夫だったじゃん」

「あのときは現実感に乏しくてふわふわしてたから……」


 そういうものなのだろうか。

 ミノが文芸部室に足を踏み入れ、倒れている女子生徒の首筋に手をあてがい、彼女の口に耳を寄せる。


「脈なし。呼吸なし。身体はまだ温かい。それほど時間は経過してないようだから、救急車を呼べば……は流石に、無理か」

「け、けど、呼んだ方が、いいよね?」


 荒川さんが震える声です進言する。ミノは頷き、


「荒川は教員に報告。アスマは警察と救急車を呼んで」


 スマホを持たない私に自身のスマホを投げ渡してきた。慌ててキャッチする。


「えっと、110番と……なんだっけ?」

「119よ。何回言ったらわかんのよクソバカ」


 ちょっと世間知らずで忘れっぽいだけじゃん!

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