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少女たちは青春を刻まない  作者: 赤羽 翼
不幸な事故以外の何物でもない事故
2/27

考察タイム


 ミノが人差し指で机をトントンと叩いた。

 

「それじゃ、まず最初に知っときたいんだけど、夕張と奈月は知り合いだったの?」


 一年生ちゃんは首を振り、


「いいえ。奈月さんは三年生ですし部活も中学も違うので、知り合いではないと思います」

「なら道路に突き飛ばす動機はないわけね。やっぱり直接的に事故を起こしたわけではないか……。となると間接的に事故を起こしたってことになるけど……シチュエーションが思いつかないわね」


 間接的に事故を起こすことなんてあるのかな? 例えば……何だろ。確かに思い浮かばない。

 ミノはため息を吐く。


「このまま考えてても絶対わからないわね。事故のことについて知らなさすぎる」

「そんなこと言っても調べようなくない? あ、圭子ちゃん本人に尋問すればいいのか」


 ポンと手を打つ。我ながらナイスアイデア。しかしミノは呆れるような表情になる。


「精神崩壊起こしてる奴に尋問なんてできないわよ。知ってそうな奴に訊くの」


 知ってそうな奴っていうと、あの人たちか……。私はすぐに思い浮かんだけれど、私たちやあの人たちと関わりのない一年生ちゃんは首を傾げた。


「事故のことを知ってそうな人って、どなたですか?」

「刑事」

「え!?」


 目を見開く一年生ちゃん。ミノはスマホを取り出すと何かをネットで調べ、それから番号をプッシュした。あの人たちの警察署を電話番号を調べたのだろう。


「もしもし。桂川美濃と申す者ですが、一課の明月あかつき弾次郎だんじろうさんをお願いします。先日××高校で起こった殺人事件について話があるので」

『かしこまりました』

「ミ、ミノが敬語を使ってる!?」


 今世紀最大の衝撃が私を襲った。先輩だろうが教師だろうが構わずタメ口を聞くミノが、敬語!?


「極力使いたくないけど状況に応じては使うわ」


 驚愕する私をミノは尻目で見てきた。プライドが高いだけだと思ってたけど、割と柔軟なようだ。それなら普段から使えばいいのに。

 一人納得しているとミノのスマホから中年男性の声がしてきた。


『ついに署まで出張ってくるとはな、桂川』

「光栄に思いなさい」

『おうおう、思ってやる思ってやる。事件を引き寄せる誘蛾灯様が警察署にいたら便利だからな』

「署内で殺人事件が発生するのがオチよ。ただでさえない警察の信頼がまた下がるわね」

『相変わらず口の減らねえ野郎だな』

「あんたがね」


 二人ともさあ、付き合いそこそこ長いんだからもうちょっと仲良くしようよ。

 明月さんとは、私たちが殺人事件に巻き込まれる度に遭遇する捜査一課の刑事さんだ。いちいち事件に首を突っ込むミノ――そしておそらく私も――を嫌っている。こちとら首を突っ込みたくて突っ込んだことは一度もないんだけど。これもまたミノのせいだ。


『それで先日起こった殺人事件ってのは何だ? 起こりすぎててわからねえ。透明人間事件か? それとも演劇部員殺人事件? はたまたT事件?』

「それはあんたを電話口に引き寄せるための方便よ。この間、あたしの学校の近く……初居川の交差点で事故があったのは知ってるわよね?」

『日本人で知らねえ奴はいないだろうさ。確かお前の学校の生徒も亡くなってたな』

「ええ。その事故について、世間じゃ公開されていない情報を教えてほしいの」


 スマホから明月さんのため息が聞こえてきた。


『自分で言ってておかしいと思わねえのか? 世間で公開されてない情報は、公開できないから伏せられてるんだ。言えるわけないだろ馬鹿。そもそも俺は捜査一課だ。事故のことなんて調べてない』


 そりゃそうだ。交通事故の処理は交通課の仕事だろうし。しかしミノは表情を変えない。


「どうかしらね。あんたのことだから、事故現場があたしの学校の近くで、しかも巻き込まれたうちの一人にあたしの学校の生徒がいたとなれば、少しは殺人を疑って調べたりしたんじゃない? 最近うちの学校は殺人が多いから」

『ぐっ……まあ、な。流石にそのくらいは読んでくるか』


 悪態はついているけれど、一応ミノの頭に関しては明月さんも認めているらしい。


『だからといって、お前らの知的好奇心を満たすためだけのために、伏せられてる情報を言えるわけないがな』


 明月さん……お前()ってなんですか、お前()って。ナチュラルに私も一緒にするのやめてくださいよ。


「別に知的好奇心を満たすために調べてるんじゃないわ。頼まれたのよ」

『誰にだ?』

「事故の目撃者、夕張圭子の友達によ」

『……その名前が出てくるとはな。詳しく、聞かせてもらおうか?』


 ミノは一年生ちゃんに視線を送った。一年生ちゃんは少しの間の後、こくりと頷いた。……え、何? 二人の間で何が交わされたの?

 ミノは先ほど一年生ちゃんから聞いた話を明月さんにし始めた。あ、そういう確認だったのね。


『……なるほど。確かに、気になるな。心が病んじまったのは知ってたが、まさかそれが自責の念からとは。その理由、警察として知っときたいことではある』

「けど、どうせ警察あんたらがやることなんて、病んでる相手から無理やり聞き出そうとすることくらいでしょう?」

『しねえよそんなこと。お前は警察を何だと思ってんだ。……だがまあ、こういうのは警察よりもお前らの領分なのは確かだろうな』


 ですから、()はいりませんってば。


『そうさなあ……一応、お前らにはこれまで何回か殺人事件を解決した実績がある。勝手に首を突っ込んできた結果とはいえな。そのとき教えた捜査情報をお前らは誰にも話してないから、人間性は別としてそこのところは信用できるか』


 人間性も信じてよ。ミノはともかく私だけでも。


「じゃあ教えてくれるわけ?」

『ばれたらやばいがな……』

「それなら気にする必要ないでしょう。あんたも十束とつかも、とっくに捜査情報あたしらに教えまくってんですから」


 十束とは明月さんの部下の刑事さんだ。


『……まあ、そうなんだがな。俺のスマホの番号を教えてるからこの電話を切ったらかけ直せ。流石に周りに人が多くて話せねえ』

「了解」


 ミノはノートとシャーペンを取り出し、明月さんの言う番号をメモした。それから電話を切り、すぐにメモした番号をプッシュする。明月さんは一瞬で出た。


『早速教えるぞ。交通課にいる同期の奴から得た情報なんだが、あの事故で世間に公開されていない情報は二つしかない。一つは目撃者はいたがその人物の精神が病んでしまったことだ。そしてもう一つは、事故の原因が亡くなった女子高生にあったかもしれない、ということだ』


 私たち三人は顔を見合わせた。


「どういうこと?」

『オフレコで頼むぞ。……事故前に亡くなった女子高生、奈月香奈の歩きスマホをしている姿が目撃されてる。事故現場から三十メートルほど離れたところでだがな』

「それだけじゃ言いがかりでしょう」

『そうだな。だがそれを裏付ける証拠はある。彼女のスマホが事故現場からかなり離れたところまで吹き飛ばされていたらしい』

「なるほど。ポケットやカバンに入ってたら、そこまで離れたところに飛ぶわけがないってことね。事故直前まで手に持ってたから大きく吹っ飛んだ」

『ああ。それに、壊れた車の状態から奈月香奈に突っ込んだ車はそれなりのスピードが出ていたらしい。猛スピードじゃなく、それなりだ。普通の速度だな。要は曲がるときに彼女の跳ねてしまったわではないということだ』

「まあ曲がってぶつかったならさしてスピードはでないでしょうし、衝撃で隣の車線まで出ることもなくて、親子二人は死なずにすんだでしょうね」

『そうだな。車はそれなりのスピードで直進していた。横断歩道の信号は、おそらく赤だったんだろう。けど、もちろん奈月香奈を跳ねた車が信号無視をした可能性も否定できない』

「それはないと思いますけどね」


 つい心の声が漏れ出てしまった。


『いまのは嬢ちゃんか?』


 明月さんがミノに尋ねた。彼は私のことを何故か嬢ちゃんと呼ぶ。


「ええ。アスマ、どうしてその可能性はないの?」

「学校から帰るとき事故現場見たから知ってるんだけど、車は二台とも大破してたんだよね。確かニュースでもそう言ってた気がする」

「みたいね」

「だったら横断歩道は赤だったと思うよ。青だったら親子が乗ってた車はとまってたか減速してたと思うから、奈月さんを跳ねた車と衝突しても大破まではしないんじゃない? 両方の車がそれなりにスピードが出てたからどっちも大破したんだよ」


 一年生ちゃんが推理に感動したかのように小さく拍手をした。ミノは小さく嘆息し、スマホに言う。


「らしいわよ」

『……流石は嬢ちゃんと言ったところか。警察でもその見方が強い』

「どうして最初から言わないのよ」

『奈月香奈がお前らの学校の生徒だからだ。気を遣ったんだよ。……まあ、冷血人間のお前らには無用な気遣いだったか』

「失礼ね」

『お前が言うな』

「どうして警察はこの情報を伏せてるの?」

『確定してないことだからだ。それに、この事故は世間の関心を集めすぎてる。()としてな。そんな中、事故の原因……悪者が明らかになったからどうなる?』

「バッシングの嵐でしょうね」

『そういうことだ』

「それってなんか駄目なの? 別に本人は死んでるんだからどれだけ悪口言われてもよくない?」


 素朴な疑問を呈するけれど、何故だか一年生ちゃんとスマホの奥の明月さんまで凍りついたような雰囲気に包まれた。ミノは呆れたようなため息を吐き、


「本人だけじゃくて、バッシングは本人の家族にまで飛び火する可能性があるでしょ。全員被害者の()にしておいた方がいいってことよ。ま、夕張の話が本当なら原因は奈月じゃないらしいけど」


 そっか。原因は圭子ちゃんなのか。


『まあ、俺からの話は以上だ。なんかわかったら教えてくれ』

「夕張が正気に戻ればね」

『それもそうか……。病んでる女子高生を元凶扱いなんて、できるわけねえしな。じゃあ話は以上だな』

「一応言っといてあげる。助かったわ。体よく女子高生の電話番号知れてよかったわね」

『安心しろ。秒で履歴から消す』


 ふん、と鼻を鳴らしてミノは電話を切った。すると一年生ちゃんが呆けたような口調で、


「お二人、本当に刑事さんと知り合いなんですね」

「まあね。……とりあえず収穫として、事故の直接の原因は奈月の歩きスマホというのがわかったわね」

「……圭子ちゃんは一体何をしたんでしょうか? どうして心を病むほど自分を責めたんだろう」


 一年生ちゃんは悲しそうに顔を伏せた。私はぱっと思いついたことを言う。


「奈月さんの歩きスマホをとめられなかったから、とかじゃない?」


 一年生ちゃんは首を振り、


「流石にそのくらいで心を病んだりはしないと思います」

「夕張は『私のせいで事故が起きた』とまで言ってるわけだから、歩きスマホをとめられなかったとかいうしょぼい理由じゃないと思う。おそらく事故は()()()()()()()()()()()()起こったんでしょうね」

「直接の原因は奈月さんの歩きスマホじゃないってこと?」

「歩きスマホをしていたのは事実でしょうけどね。事故の発端は夕張の行動、事故の原因は奈月の歩きスマホということよ」

「つまり、奈月さんが車に轢かれるきっかけを作ったのが圭子ちゃんで、奈月さんが車に轢かれたのは彼女自身の歩きスマホが要因ってこと?」


 私の言葉にミノは頷いた。……はーあ。どうやらややこしい話のようだ。考えてもわからないことは考えないのが私の信条。私は椅子から立ち上がった。


「じゃあ私は帰るよ」


 バッグを肩にかけると、ミノの手がバッグを掴んできた。


「あんた、事故現場を通るのよね?」

「そうだけど?」

「じゃああたしも付いていくわ。案内しなさい」

「はあ……まあ帰り道だからいいけど」


 私はミノと一年生ちゃんを連れて下校通路を案内することになった。



 ◇◆◇



 例の事故があった交差点までやってきた。それほど人通りの激しい道ではなく、むしろ人通りは少ない方だ。だから目撃者が圭子ちゃんしかいないんだろうけど。

 信号のある鉄柱の根元に花束がいくつか置かれていた。


「ここだよ」

「事故の形跡はもう残ってないわね」


 ミノが周辺を見回しながら呟く。


「そりゃ一週間も経てばね」


 信号が青になったので私は横断歩道を渡って帰ろうとする。が、またしてもミノが私のバッグを掴んできた。


「今度は何?」


 ため息混じりに尋ねると、ミノの視線が私を飛び越えて奥の信号に向かっているのに気づいた。何かに気づいたのかな?


「アスマ……この横断歩道の信号、いつから鳴ってない?」

「え? 大分前からかな。というか物心ついたときから鳴ってなかった気がするよ」

「事故の当日も?」

「そりゃそうでしょ。一日だけ鳴るのはおかしいし」


 質問の意図がわからずに首を傾げてしまう。しかしミノは妙に不敵な笑みを浮かべた。


「なるほど……。全部わかったわ。夕張が何をしたのか」

「ほんとですか!?」


 一年生ちゃんが物凄い勢いでミノに詰め寄った。身長の低いミノは平均的な身長の一年生ちゃんに圧されて背を逆に反らせた。


「本当よ。本人に確認したいから、夕張の家に案内しなさい。どうせここから近いんでしょ?」

「え、近いは近いですけど……会話ができるかどうか……」

「扉越しに一つ質問をするだけよ」


 ミノの言葉に一年生ちゃんは悩んだようだったが、やがてこくりと頷いた。


「わかりました。付いてきてください」

「いくわよアスマ」


 えー……私も?

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