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少女たちは青春を刻まない  作者: 赤羽 翼
社会派な事件
18/27

非常識コンビ襲来


 私は自室にてベッドに寝転がっていた。別にもうこの家には私しかいないのだからリビングにいてもいいのだけど、長年の癖か、自然と足が自分の部屋へ向かってしまったのだ。


 これから、どうなっちゃうんだろう……私。親もいない。保護者になってくれそうな人もいない。おまけに父親を殺害した犯人になってしまうかもしれないという三重苦。未来のことを何も考えたくない。時間が止まってほしい。ずっと今日が続いてほしい。


 そんな夏休みが終わってほしくない小学生みたいな願いは当然叶うはずもなく、デジタル時計の数字は進み、陽はどんどん落ちていき、お腹も減り、何もせずベッドに寝転がっているだけで夕方の四時になってしまった。


 本当にどうすればいいんだろう……。せっかく刑事さんから容疑者の情報をもらったんだから、自らの手で犯人を特定して警察に突き出すとか? 無理に決まってる。私には人手もなければ科学力もない。類い希なる推理力も持ち合わせていない。ついでに言えば行動力もない。父さんの復讐をしてやろうという怒りも憎しみもない。……結局は何かが変わるのを待つしかないということなのか。


 何となくスマホを見ると、友達からのメッセージでLINEが埋め尽くされていた。昨日の夜から返信はおろか既読すらつかないため心配しているのだろう。そういえば報告してなかった。

 私はLINEに父さんが死んだ旨と当分メッセージには返信しない旨を書き込んで、スマホの電源を切ってベッドの上に放り投げた。


 またしばらくベッドの上でぼうっとしていると、一階にある玄関が開かれる音がした。私は思わず上体を上げる。そしてくぐもった女の声が聞こえてきた。


「荒川! いないの!?」


 この声って、もしかして……昨日の?

 私は慌ててベッドから降りて部屋から飛び出ると階段を駆け降りると、


「インターホン押してんのにどうして降りてこないのよ」


 不機嫌そうに腕を組んだ桂川さんにいきなり文句を言われてしまった。その後ろには酷く嫌そうな表情で俯く明日馬さんの姿もある。


「ごめん。インターホン壊れてるから……」

「何で直さないのよ」

「来客とか殆どこないし、玄関の開く音とかは二階からでも普通にわかるから」

「そんなの建前で単純に面倒くさかっただけでしょう?」

「まあ、そうだけど……」


 どうして突然やってきたよく知らない人に、家のインターホン事情の文句を言われなければならないのか。


「えっと、あなたたちは何しにきたの? というかどうして私の家がわかったの? 刑事さんから聞いた?」


 私は訝しげに尋ねた。桂川さんは首を振り、


「歳が近そうだったから、もしかしてと思って学校に住所を訊いてみたのよ。そしたら教えてくれたってわけ。あたしらは同級生よ」

「え、同じ学校だったんだ」


 言われてみれば、桂川さんは何回か見覚えがある気がしてきた。


「で、何しにきたかっていうと、あんたから話を聞きにきたのよ。もちろん事件のね」

「私はミノに無理やり連れてこられたんだけどね」


 明日馬さんはため息混じりに呟いた。それを桂川さんはまったく意に介さず、


「とにかく上がらせてもらうわよ」


 と言って靴を脱いで上がってきた。明日馬さんもすごすごと続く。……本当に何なんだろ、この二人。

 とりあえず二人をリビングに通して、桂川さんたちにごちゃごちゃ言われるより先に麦茶を差し出した。

 桂川さんが麦茶を一口飲み、室内をじろじろ見回した後、話を切り出してきた。


「明月と十束から事件について何か聞いてない? それから二人にどんなこと話した?」

「え、ええっと、どうして二人はそんなに事件のことが知りたいの?」


 純粋な疑問である。昨夜から気になっていたことだった。刑事さんたちと知り合いという時点で、一介の高校生としては尋常ではない。私からしたら異形の女子高生である。


「私は別に事件のことなんてどうでもいいんだけどね」

「面白そうだからに決まってんでしょ。それから、あたしらを第一発見者にしたことを犯人に後悔させるためね」


 二人とも言ってることが違うので結局よくわからない。

 そもそも、


「二人はどうしてあの公園にいたの? 夜も結構深い時間だったのに」


 あそこは女子高生二人が夜に訪れるような場所ではない。それなのに彼女たちはいた。そして父さんの死体を発見した。どういうことなのか。

 尋ねると、二人は思い切り顔をしかめた。明日馬さんがため息を吐きながら、


「あー……それはね、昨日ちょっと顧問の先生の命令で隣の市にある大学にいってたんだよ。その帰り道で二人してトイレにいきたくなったからあの公園で用を足そうとしたってわけ」

「大学って……そんな遅くまで何してたの?」


 そんな夜まで部外者――それもとてもまともとは思えない女子高生――の滞在を認める大学があるのだろうか。

 頬杖を着きながら桂川さんが答えた。


「殺人事件に巻き込まれたのよ。事件自体は割と早くに解決できたんだけど、事情聴取とかで帰りが遅くなったわ」


 ……は? 殺人事件って、父さんのとは別の? そういえば昨夜、大学で殺人事件が起こったっていうニュースを見た。まさかあれ?

 それから……、


「今、解決できたって言ったけど、どういうこと?」

「そのままの意味よ。その事件はあたしらが解決したの。そんな珍しいことじゃないわ。うちの学校で起こった事件だって全部あたしたちが解決してるもの」

「え!? そうなの!?」


 確かに最近私の学校事件が多いけど……。あまりにも衝撃的すぎる。


「まあ、私は事件に首を突っ込む気なんてさらさらなかったんだけどね」


 明日馬さんが遠い目をしながら呟いた。

 この二人の話が本当なら、もしかしたら……解決してくれるのでは?


「……わかった。刑事さんたちから聞いたこと、話すよ」


 私は先ほどのことを思い出しながらせっせと二人に話した。桂川さんは興味深げに話を聞いていたが、明日馬さんは話を聞いているのかいないのかよくわからない表情のままだった。

 私の話を聞き終えた桂川さんの第一声はこんなだった。


「あの刑事ども、狡いこと考えるわね」

「どういうこと?」


 思わず首を傾げる私。桂川さんはハッと吐き捨てるように笑った。


「自分の口からあたしらに頼るのが嫌だから、わざわざあんたに事件の情報を教えたのよ。じゃなきゃ、流石のあいつらでも被害者の娘に情報を流したりしないわよ」

「じゃあ明月さんはミノがここにくるのを読んでたってことなのかな」


 二人に言われて気がついた。私は刑事さんから得た情報を普通に部外者に話してしまっていたことに。まあ、刑事さんの狙い通りならいいか。……と、言い訳をしておく。

 明日馬さんが腕を組んで私から聞いたことを噛み砕くように、ふんふん、と鼻を鳴らした。


「どうやら結論はもう出てるみたいだね。犯人は……あなただ!」


 びしっ、と明日馬さんが指差す先にいるのはもちろん私。


「違うから!」

「えー……だって他に容疑者いないんでしょ? なら……えっと――」

「荒川早矢香よ」

「そう、荒川さんが一番可能性が高いじゃん」


 言いよどんでいたのでどうしたのかと思ったけど、どうやら私の名前を思い出そうとしたらしい。結局桂川さんが補足していたが。……そんなことはどうでもいい!


「私じゃないよ。父さんが死んでもプラスになることなんて何一つないんだし……」

「そこはほら、保険金とか」

「父さんにどれだけ保険金がかかってるのとか知らないよ」

「あそう。でもさ、人間って些細なことでも人を殺すものだよ。あれでしょ? 『私の服と一緒に靴下洗濯しないでよ!』みたいな感じで殺っちゃったんでしょ?」

「そんなこと気にしないって……」


 明日馬さんは駄目だ。たぶん真面目に考える気がない。私は桂川さんに救いを求める目を向けた。

 桂川さんは肩をすくめる。


「まあ、あんたは犯人じゃないでしょうね。徒歩で三十分もかかる父親の職場近くで殺すメリットなんてないもの。タクシーなんか使えないし、車に乗せてくれそうな奴の有無は調べればわかる。だから移動手段は徒歩ってことなるけど、それだと外に出てる時間が長ければ長いほど人目につく時間が伸びることになる。誰かに顔を憶えられてたら一発アウトよ」

「そもそも現場に争った形跡があったんなら、荒川さんには無理だよね。パワー的に勝ち目なさそうだし、お父さん背が高かったから屈んでくれてないと荒川さんじゃ殴れないもん」


 ……あ、そっか。争った形跡があったから刑事さんたちは私をそんなに疑ってなかったのか。じゃあ、あのアリバイを訊いてきたのは、本当に形式的なものだったってこと? 少しだけほっとする。


「明日馬さん、それわかってるのにどうして私を犯人扱いしたのよ……」

「冗談だよ。ミノに正しい人との距離を詰め方を教えてあげようと思ってね。笑える冗談から入ってみたの」

「一ミリも笑えない冗談はやめて……」

「けど、一ミクロンは笑えたでしょ?」


 全然笑えない。桂川さんを見ると明日馬さんを馬鹿にするかのようにニヤニヤ笑っていた。

 私に見られていることに気づいた桂川さんは軽く咳払いをし、


「けどまあ、あんたは犯人じゃないでしょうけど、テキトーなことをぶっこいてる可能性は大いにあるわね」

「テ、テキトーなことって……?」

「父親が帰ってきて出ていった時間云々よ。それは本当なの?」

「嘘言う意味ないじゃん。父さんは間違いなく九時三十二分に帰ってきてたし、五十分に家を出た。これは絶対に確実」


 記憶を掘り返してみても、その事実は変わらない。

 明日馬さんが天井を仰ぎながら何事かを思い出すかのように、


「えっと、お父さんはその二十分間でお風呂に入ってたんだよね?」

「うん」

「服とか洗濯機に入ってた?」

「ううん。たぶん忘れ物を思い出したから全部着直したんだと思う」

「ふぅん……」


 明日馬さんは納得しているのかしていないのか、やっぱりよくわからない表情で頷いた。

 桂川さんは神妙な面持ちで椅子の背もたれに体重を預けた。


「こうなると、犯人はまだ捜査線上に上がってない奴の可能性が高いわね。……あんたの言ってることが百パーセント正しいとしたら」


 なかなか信じてくれない桂川さんに対し、いい加減イライラしてしまう。


「だから嘘は言ってないって! 何で信じてくれないのよ!」

「あんたの言葉を嘘と疑ってるわけじゃないわ」

「じゃあどういうことよ!」


 これに答えたのは明日馬さんだった。


「荒川さんの言ってることは()()()()()()()()()()ってこと」


 意味がわからない。もしかして、この二人は何かに気づいてる?

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