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少女たちは青春を刻まない  作者: 赤羽 翼
社会派な事件
17/27

少しの危機感


 昨夜のこと。警察の人に家に送ってもらった私はまず親戚に連絡をしようとした。けど、母方の祖父母も父方の祖父母も私が生まれる前に他界しているし、両親二人とも一人っ子だったらしいので、私には伯父も叔父も伯母も叔母も従兄弟もいなかったことに気づいた。両親にはいたかもしれないけど、少なくとも私は会ったことない。結局私は何もせず眠った。


 翌朝。死体となった父を見たにも関わらず、思っていたより普通に眠ることができた。それは、私が肉親の死を何とも思わない冷たい人間だからなのだろうか。……母さんが死んだときはちゃんと悲しかったから、後者はないと思いたい。


 ベッドに寝転がったまま考える。私はまだ高校生の十七歳の未成年だ。そして私にはたぶん保護者になってくれるような親戚がいない。これってどうなるんだろうか。遠い遠い親戚の家に引き取られるのかな。それとも施設に預けられる? どっちも嫌だ。今更引っ越しとか転校なんて絶対したくないし、施設に入るのもまっぴらだ。住み慣れたこの家にいたい。卒業して就職すれば私は自由になるから、あと一年半くらいの生活費と学費があれば何とかなるはず。家のローンは私が中学のときに払い終わってるみたいだし……。父さんが死んだってことは保険とか降りるのだろうか。わからない。


 というか、父さんの葬式とかはどうするんだろう。遺体は検死(?)に回されてるから、還ってくるまで時間がかかる。そしたらどうればいいわけ? 葬式の手続きとかしかことないからわからない。そもそも一円も惜しいこの状況で葬式にかける資金なんてあるの? そもそも父さんの知り合いの連絡先なんて知らないから葬式しても誰もこないのでは?


 ここまで考えてふと気づく。自分が最低の人間だということに。唯一の肉親が誰かに殺されたっていうのに、悲しさとか犯人は誰なのかとか、そういうことを一切思わず考えず、自分のことばかり。葬式のことなんて、単に面倒くさかっただけだ。


 父さんが死んでもそんなことしか考えられなくなるくらい、私たちの仲って冷え切ってたのかな……。そう思うと途端に虚しい気持ちになってきた。


 私はベッドから起き上がって着替えるとぼーっとした頭でリビングに降りた。時計は八時半を指している。父さんが生きてても既に誰もいない時間帯だ。


 何かを食べる気分ではなかったので、コップに麦茶を注いでソファに座る。

 どうしよう。父親が死んだのに昨日から何もしていない。誰かに伝えるべきなんだろうけど、誰に伝えるべきかわからない。たぶん父さんの知人には警察が話を聞きにいくだろうから、連絡しなくてもいいだろう(そもそも私は父さんの知人なんて一人も知らない)。……そうだ、学校。高校には連絡しておかないと。


 私はすぐさま学校に電話して応答した先生に名前と学年とクラスを名乗り、昨夜父親が死んだことを伝えた。親権者がいなくなり、後見人になってくれそうな人にも心当たりがないので、色々とどうなるかわからないという旨を話したら凄く困惑していた様子だった。そりゃそうか。


 連絡を終え、これからどうしようかと考えた。が、悶々とするだけで何も思いつかなかった。そういえば、昨日は事件現場から戻ってそのままベッドに入ったから、結構汗臭いかもしれない。着替える前に気づけばよかった。若干の後悔はしつつも、今更別の着替えを用意するのも面倒だ。服はこのままでいいか。私はリビングから出ると、マジックペンで『浴室』とか書かれたカードが吊されている扉を開けた。これを書いたのは父さんなのか母さんなのか、もうかすれて薄くなってしまっていて判然としなかった。



 シャワーを浴び終えて浴室から出ると、新聞を取り出してないことに気がついた。風呂場と玄関が直線上にあるため、玄関が目に入って思い出したのである。いつもなら別に新聞とか読まないからどうでもいいのだが、今日の新聞は気になったのでそそくさと玄関扉を開けてポストから新聞を引っ張り出し、リビングへ戻って記事を探した。


 ……あった。名前はまだ伏せられているが、あの公園で他殺体が発見されたという趣旨の記事が載っていた。これを読んで、何かが起きるわけでもない。……ただやっぱり、昨夜のことは夢でもなんでもないんだな、ということを強く実感した。


 それからは何をするわけでもなく、ただ抜け殻のように過ごしていた。しかし十時を過ぎた頃、明月さんから電話がかかってきた。何でも話をいくつか聞きたいらしく、今からこちらにくるらしい。わざわざ一報入れてくれるあたり、相当気を遣ってもらっている。


 刑事さんがくる分には別に構わないけれど、あの謎極まりない二人組もきたりするのだろうか。あまりきてほしくない。というか――詳しい時間は知らないけれど――夜もそこそこの時間だったろうに、あの二人は何であの公園にいたのか。見た目は私と同い年くらいだったけど。やっぱり不良だったのかな。


 明月さんと十束さんが家にきたのは十五分後のことだった(桂川さんと明日馬さんはいなかった)。

 リビングに通して麦茶を差し出す。


「それで、話ってなんですか?」


 私は二人に座ってもらったテーブルの向かい側に腰掛けつつ尋ねた。

 明月さんは少し言いずらそうに口をひん曲げながら、


「形式的なことだからあまり深く考えないでほしいんだけど、昨夜の九時から十時四十三分までの間、どこで何をしていたか教えてほしいんだ」


 本当に訊かれるんだ、こういうこと。


「ずっと家にいました。証明できる人はいません」

「そうか。ありがとう」


 軽いお礼の後、明月さんは十束さんに目配せをした。十束さんはスーツの内ポケットから二枚の写真を取り出した。二人の男の顔写真だ。


「この二人、こちらが真山まやま寛太かんた。こちらが杉浦すぎうら燈也とうや。どちらも荒川丈さんの教え子なんだけど、この二人についてお父さんから何か話を聞いてない?」


 写真をちゃんと見てみる。真山という男はロンゲで痩せこけたような頬が特徴的な男。杉浦という男は茶髪で遊んでそうな雰囲気の男だ。……この二人が容疑者、なのだろうか。


「聞いてないです。昨夜も言いましたけど、最近は父とは殆ど話してなかったので……。あの、この二人は父さんとどういう関係なんですか? 学生って言ってましたけど」


 二人は目を合わせ、明月さんが口を開く。


「詳しい話は言えないが、君のお父さんはこの二人とトラブルを起こしていた。と言っても、悪いのは明らかに学生の方なんだがね」

「そう、なんですか」


 当たり前だが、学生とトラブったなんて話は初耳だった。


「お父さんとは、やっぱり仲があまりよくなかったみたいだね」


 明月さんが麦茶を一口飲んで言った。私はうっと喉の奥で呻き、


「ど、どうして、そう思うんですか?」

「お父さんが頻繁に同僚や教え子に話していたんだよ」


 そう、なんだ。……父さん、もしかして現在の関係を気にしてたんだろうか。でも、今それを知ったところで、何もかもが遅すぎだ。


「お父さんは風呂に入ったときシャンプーはするかい?」


 明月さんが素っ頓狂なことを聞いてきた。


「え? わかりませんけど、しない日もあると思います。父のシャンプーは減りが凄く遅いので。髪が短いっていうのもあるんでしょうけど……あの、これが何か?」

「検案結果からお父さんの髪からシャンプーの成分が検出されなくてね、少し不自然に思ったんだが……そうか。そもそもシャンプーを使ったとしてもあの角刈りでは少量か」


 納得すると明月さんは黙り込み、十束さんも何も言わなかった。……何なのだろう、この間は。なんか少し嫌な予感がする。

 やましいことは何もないはずなのに、心臓の動機が激しくなってきた。するとそれを見越したかのように――実際は偶然だろうが――明月さんがやや慎重な声音で尋ねてきた。


「荒川丈さんは、本当に九時三十二分に帰ってきたんだよね?」

「え、はい。間違いなく」


 刑事さん二人は互いに顔を見合わし、悩ましげに腕を組んだ。何なんだろうか……。


「あの、何か問題があるんですか?」


 気になったので訊いてみた。

 明月さんはため息を一つ吐き、


「実は君の証言と照らし合わせると、容疑者二人には犯行が不可能ということになってしまうんだ」


 容疑者二人って、父さんの教え子だったっていうあの男たちか。


「明月さん、それ言っちゃまずいんじゃ……」

「あ……」


 十束さんが顔をひきつらせながら言うと、明月さんはまるでフィクションの登場人物かのように手で口を押さえた。それから憎々しげに呟く。


「しまった。あいつらを相手にしてた弊害が出てきちまった。当たり前だが、日頃から一般人に事件の情報なんて教えるもんじゃねえな。口が軽くなっちまう」

「あの二人、何やかんや口が堅いし事件も解決しちゃいますもんね」


 あの二人、というのは昨夜の二人だろうか。本当にどういう人たちなの?

 そちらも気になったが、それより私の証言で容疑者が犯行不可能になるという事実の方が気になった。

 教えてくれるかはわからなかったが、私は意を決してそのことを尋ねてみた。しかし予想通りというか何というか、二人の反応は芳しくなかった。


「それは教えられないさ」

「守秘義務があるからね」


 明月さんと十束さんがきっぱりと断ってくる。

 私は少しむっとした表情で訊く。


「でも今、何回も事件の情報を一般人に話してるって……。たぶんですけど、昨夜の二人組ですよね?」


 痛いところを突かれたのか、二人はぎくりと表情をひきつらせた。

 明月さんがややどもりながら言う。


「それは……そうなんだけれども……。あの二人は特別というか……いや、別に特別ではないんだが」


 あの二人は本当に何なんだろう。疑問に思っていると十束さんが指を一本立て、


「あの二人は事件の情報を得ても、それを悪用することはないって性格的な観点からわかるんだ。だけど流石に被害者の親族には教えられない」


 敵討ちをしかねないから、ということだろうか。いくらなんでもそんなことは考えていない。ただ気になるだけだ。下手したら私がテキトーなことを言っていると思われかねないし、容疑者がいなくなったら私が犯人扱いされる可能性も出てくる。というかもうされているかもしれない。シャンプーの成分が検出されなかったのも、私の「父が風呂に入った」という証言が嘘でも説明がつく。そもそもさっきアリバイを訊かれたときだって、昨日父さんは九時五十分まで家にいた、という私の証言を疑っているからじゃない? 自分の身に危機が迫っているのにじっとなんてしていられない。


 どうしよう。女子高生に事件の情報を話していることを世間にバラす、とか何とか言えば教えてくれたりするだろうか。でもそれって脅迫だよね……。流石にそんな勇気はないし、二人の私に対する印象も最悪になってしまう。


 こればっかりは仕方ないか……。そもそも知ったところで私にはどうすることもできないのだし。

 気落ちしていると、明月さんが何かに思い至ったかのようにポンと手を叩いた。


「そうか……その手があったか」


 明月さんはそう小さく呟くと、私の顔を真っ直ぐ見据えた。


「わかった。情報を悪用しないと約束してくれるなら教えよう」

「本当ですか?」

「え、マジですか?」


 驚く私と十束さん。明月さんは十束さんの方を見て頷き、


「彼女の気持ちも汲んでやれ。一番真実を知りたいのは彼女なんだからな」

「はあ……まあ明月さんがそう言うなら」


 自分で訊いておいてなんだが、この刑事たち大丈夫なんだろうか。



 ◇◆◇



「容疑者の一人、真山のアリバイはこんな感じになってる。十束」

「はい。荒川丈さんの死亡推定時刻は検案上では九時から十一時の間なんだけど、君の証言と遺体の発見された時刻によって九時五十分から十時四十二分にまで狭められてる。更に言うと、ここからあの公園には車でどれだけ近道しても十分はかかる。争ったような形跡があったから、殺人現場は十中八九あの公園で間違いない。つまり死亡推定時刻をより厳密にすると、十時から桂川さんたちが遺体を発見した十時四十二分まで、ってことになる。ここに問題があってね」


 私は呆気に取られた。当たり前の話だけど、色々考えてるんだなあと感心してしまったのだ。


「問題って、容疑者に犯行が不可能になったっていう?」

「うん。容疑者の一人の真山はこのお宅のすぐ近くにある『bonus』ってバーに九時五十分頃に来店して、そこで朝まで飲んだくれてた」


 そのバーは知ってる。うちから徒歩三分のところにあるこの町では数少ないお洒落な飲食店だ。まさか容疑者の一人があのときそんな近くにいたなんて。少し恐ろしくなる。


「その人は何でその店にいたんですか? 家が近いんですか?」


 私の質問に明月さんが答える。


「それほど近いわけではないんだが、日々の研究でストレスが溜まってたから、べろべろに酔いたかったそうだ。そのバーが朝まで営業してるのを、以前君のお父さんに連れてきてもらったときに知ったから、そこを選んだと言っていた」


 十束さんが言葉を継ぐ。


「彼は九時五十二、三分から朝六時までアリバイがあるから犯行は不可能なんだ。もう一人の容疑者の杉浦は九時四十分から〇時まで友人と事件現場から徒歩十分ほど場所にあるビデオショップにいたことが確認できてる。帰省してた友達とばったり会って話し込んでたそうだよ。監視カメラに映ってたから確実だね」


 杉浦という人も十時以降のアリバイはばっちり……。監視カメラに映ってるなら確実だろう。え、じゃあこれ、私が犯人になっちゃったりするの? そう思うと途端に怖くなってきた。いや、流石に警察はそんなに短絡的ではないと信じたいけれど。


 私が不安そうに黙り込んでいると、明月さんは立ち上がった。


「それじゃあ、俺たちはこれで」

「あ、はい……」


 十束さんが慌てて麦茶を飲み干して立ち上がると、二人は玄関の方へ去っていった。

 私は椅子に座ったまましばらく立ち上がることができなかった。

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