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少女たちは青春を刻まない  作者: 赤羽 翼
社会派な事件
16/27

刑事コンビと女子高生コンビ


 夜もそこそこに深い時間にも関わらず中幅公園は大量の野次馬に囲まれていた。公園の街灯は少ないけれど、警察が持ち込んだライトや照明で公園の一部が昼のように明るくなっている。

 私は制服を着た若い警察官にその昼の部分に案内され、ドラマでよく見る黄色いテープの前でベテラン刑事のような雰囲気の中年男性と引き合わされた。


「捜査一課の明月です」

「荒川早矢香です。それで……父は?」


 たぶん、心臓の鼓動が人生で一番早くなっている。母さんを病院で看取ったときとは違う。他殺死体の確認だなんて……。


「こちらへ」


 明月さんがテープを上げてくれたので呼吸を整えてくぐる。真っ直ぐ進む明月さんの先には意味深に膨らんでいるブルーシートがあった。明月さんはそこで立ち止まったので、私も急いでそちらへ向かう。


「側頭部を大きめの石で殴打されてるから、血がはっきりと見えてしまうけど、いいかい?」

「はい」


 血なんてどうでもよかった。ただ早く確認がしたかった。運転免許証とスマホから荒川丈という名前が明らかになったと車の中で聞いた。でもしかしたら凝ったミステリーにありそうな、父さんの持ち物を何らかの事情で手に入れただけの知らぬ人という可能性が、もしかしたらあるかもしれない。免許証の写真なんてずっと前に撮ったものだろうから、今と容姿が違うはず。父さん、昔は髪が長かったけど今は角刈りだし。うん……その可能性も……、


「確認してみてくれ」


 明月さんがおもむろにブルーシートをめくると、側頭部に血が付着し、うつ伏せに倒れた角刈りの男の姿がそこにはあった。顔の左側面しか見られなかったが、それでも十七年一緒に住んできた家族だ。横顔でわかる。


「父です……間違いなく」


 呆然と呟くと、明月さんは静かに頷いて父さんの亡骸にブルーシートを被せた。



 ◇◆◇



 公園のベンチに座りながら、頭の中が真っ白な状態でせっせと働く鑑識さんや刑事さんたちの姿を見ていた。明月さん曰わく、もう少し経ったら私にいくつか聞きたいことがあるらしいけど、どんな質問をされるのか考える余裕はない。……いや、余裕というか、何も考えられないだけだ。母さんが死んだときはただ悲しかったけど、今回は現実を受け止めきれない感じ。自分の中の常識が圧倒的なまでに覆されたみたい。


 背もたれに背中を預けて茫然自失していると、少しだけハスキーな女の声が耳に入ってきた。


「あんたが被害者の娘ね」


 声のしてきた左側を見ると、殺人現場には場違いな同年代くらいの少女が二人並んで立っていた。一人は黒いオフショルダーのTシャツとデニムのショートパンツを着用していて、小柄で目つきが鋭く、肩まで伸びたセミロングの髪がよく似合っている。もう一人は白地に黒い墨文字の体裁で『最強』と書かれた中学生男子でも着ないようなTシャツに、品のいい淡いピンクのロングスカートというアンバランスな着こなし、髪は背中まで伸びている女子だ。この子、ぱっと見じゃわからないけど、まじまじと観察してみるとかなりの美少女に思えた。にしてはオーラがなさすぎるけど。


 二人とも一般市民にしか見えないけど、ここはテープの内側だからそれは有り得ないはず。なんなんだろ、この人たち……。


「……えっと、あなたたちは?」

「どうでもいいじゃない、そんなこと」


 こんな状況で得体の知れない人の相手なんてしたくなかったけど、仕方なく尋ねたのに。小柄な方の返事はこれだった。すぐさま理解した。面倒くさそうな人たちだと。たぶん相手にするだけで疲れるタイプ。今一番相手にしたくない人種である。


 私は首を彼女たちから働き続けている警察の方々がいる方に向けた。露骨に関わりたくないと思われかねないけど、別にいい。このタイミングでそんなことにまで気を遣う義務は私にはないはずだ。いちいち突っかかってエネルギーを使いたくない。たぶん明月さんがきたらどこかに退くだろう。

 だんまりを決め込んでいると、『最強』Tシャツの子がため息混じりに呟いた。


「ミノってさあ、初対面の人に対しての第一印象をまったく考えないよね」

「当たり前じゃない。何であたしがいちいち気を遣わなくちゃいけないのよ。ってか、アスマだって考えてないでしょ」

「そりゃまあ」

「だったら黙ってなさい」

「黙るどころか帰ってあげるけど」

「駄目よ」

「うげぇぁぁ……」


 話さなくて正解だった。今この二人を真面目に相手にしたらたぶん倒れる。

 早くどこかにいってくれ、と心の中で祈っていると、


「早矢香さん。待たせてすまない」


 明月さんがスーツを着た青年を引き連れてこちらへやってきた。これでそこの二人も消えるだろうか、と思ったのだが……、


「おっそいわよあんたたち。現場の検分にどんだけ時間かかってんのよ。所轄にやらせときなさいそんなことは」


 ミノ、と呼ばれていた少女が険のある声で言った。二人の姿を見た明月さんと部下の方(?)は思いきり顔をしかめ、


「お前らまだいたのかよ」

「帰っていいって言ったのに。送る車は用意してあるからね?」

「私は完全にそのつもりなんですけどね。ミノが脛蹴って止めてくるんですよ」


 アスマ、と呼ばれていた少女が肩をすくめ、脛をさすりながら返した。それに対しミノさんははっと笑って吐き捨てるように言う。


「このあたしが殺人事件に遭遇して大人しく退くわけないって、まだ学習しないのあんたたちは?」

「学習した上で言ってんだよ。邪魔だってな」

「とかなんとか言う割には情報を教えてくれるし、結局あたしら頼りじゃない。おっさんのツンデレなんてキモいだけよ」

「お前ほど可愛げのない女子高生も珍しいよな、ほんと」

「犯罪に手を染める不良娘よかましじゃない。あたしも不良は不良だけど、正義の使徒として殺人犯を捕らえまくってるからノーカンよ」

「なあにが正義の使徒だ。イビルジョーみたいなもんだろお前らなんて」

「わかりにくい例え使ってんじゃないわよ」

「あの、明月さん? 本題入りません?」


 二人の口喧嘩を明月さんの部下の方がとめた。

 明月さんはぼうっと見つめる私に気づき、軽く咳払いをする。


「失礼。待たせてすまなかったね。こいつは部下の――」

「十束大我(たいが)です」

「よろしくお願いします」


 ベンチに座ったまま軽く頭を下げた。それから謎の二人組に目を向け、


「あの、この二人は一体……?」

「こいつらは遺体の第一発見者だよ。色々と腐れ縁で顔見知りなんだ」


 どんなことしてきたら刑事さんと腐れ縁になるんだろうか。胡散臭いし面倒くさそうだが、そこは気になる。

 私の視線を受けてミノさんが口を開いた。


「桂川美濃よ。で、こっちのぬぼっとしてるのが明日馬薫子」

「明日馬でーす」

「荒川……早矢香です」


 挨拶されたのでとりあえず挨拶を返したけど、桂川さんは私や刑事さんたちの視線を一身に浴びても去る様子がない。

 明月さんは諦めたのか、彼女たちを無視して話を始めた。


「君にいくつか訊きたいことがあるんだが、いいかい?」

「はい」

「どうしてお父さんがこの公園にいたのかは知っているかな?」

「いえ……けどたぶん、夜の散歩だと思います。よくしてましたから」


 父さんの昔からの習慣みたいなものだ。母さんが生きてた頃も度々夜に出歩いていた。


「あんたの家からここまで、徒歩何分くらい?」


 桂川さんが思いきり事情聴取に割り込んできた。

 私は明月さんに目でどうすべきか尋ねる。


「答えてやってくれ」

「たぶん三十分くらい……。私の父さんが勤めてる大学、ここのすぐ近くなんだけど、前に大学まで徒歩三十分くらいって言ってたから」

「夜の散歩に徒歩三十分もかかる場所までくるかしら。往復一時間よ?」

「私に言われても……」

「あんたの父親が散歩に出たのは何時かわかる? 仕事から帰ってきたのは?」

「そういうのは俺たちが訊くから……」


 十束さんが呆れ混じりにつっこんだ。

 私は先ほどのことを思い出しながら答える。


「仕事から帰ってきたのは確か……私が夏休みの宿題をしてて、ちょうど夜食でも食べて一息つこうと思ったときでした。どれくらい勉強したのか時計を確認したんです」


 私は基本的に夕食は六時前に済ませてしまうので、そんな夜深い時間でなくともお腹が空いてしまうのだ。


「確か……二十一時三十二分だったと思います。帰ってくるやいなやお風呂へ入ったようでした。お風呂から出てすぐに外へいったっぽいんですけど、それは私が宿題を再開した直後だったので時間は二十一時五十分ですね」


 桂川さんが顎に手を添えながら首を傾げた。


「あんたの父親、風呂に入ったの?」

「え、うん。みたいだけど……それがどうかしたの?」

「風呂上がりの散歩を半袖ワイシャツに下スーツなんて格好でするかしら?」

「え、そんな格好だったの……?」


 さっきは顔しか見てなかったから知らなかった。


「だったら大学に忘れ物をしたとか用事があったのかもしれません」

「お父さんは車を持ってなかったの?」


 メモ帳を片手に十束さんが訊いてきた。


「はい。基本遠出とかはしないので……。母さんが生きてたときはレンタカーを使ってよく遠くまでいってましたけど……」


 今やもう、二人とも死んでしまった。

 明月さんが軽く咳払いをして、神妙な面持ちになった。


「それで、お父さんに恨みを抱いていた人に心当たりはあるかい?」

「いいえ。父さんとは、あまり話さなかったので……。仕事のことや人間関係のことは何も」

「仲悪かったんだね」


 明日馬さんが何でもなさそうな口調で呟いた。


「いや、別に悪かったわけじゃ……」


 ――ない。と、言い切りたかったけど、果たして同じ家に住んでいるのに顔を合わせても会話はおろか、挨拶もしない親子なんて仲が悪い以外に形容できるのだろうか。

 明月さんが腕時計を見た。


「今日はもう遅い。明日また詳しい話を訊きにいくよ」

「わかりました」

「あたしも連れてきなさいよ」

「ああ」


 桂川さんの言葉に明月さんは棒読みで返事をしていた。


「帰る前に、お父さんの遺留品の確認をしてもらってもいい?」


 十束さんの問いに私は小さく頷いた。

 父さんの仕事用のカバンの中には財布やスマホ、折りたたみ傘、家の鍵などが入っており、盗まれたものは特になさそうだった。

 このときにはもう、流石の私でも父さんが死んだということに現実味を感じることができるようになっていた。

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