真実的な悲劇【解決編】
翌日。私とミノは明月さんに案内されて高槻さんが入院している病院にやってきていた。昨日のうちに明月さんには確認してほしいことを連絡しておいたため(連絡したのはミノだけど)、情報を待つという手間は省かれている。
ミノ、明月さん、十束さんには既に推理を話している。しかし証拠が皆無で、犯人を追い詰めることができないし、そもそも刑事さん二人は私の推理に懐疑的だ。だからそれを証明するために高槻さんと話をしにやってきた。……まあ私としては推理の証明なんてぶっちゃけどうでもいいんだけど、ミノの気が収まらないらしい。
私たちは高槻さんの病室の前までやってきた。
「意識が戻ったばかりだから、あんま長くなりすぎんなよ」
明月さんが忠告してきたので頷いておく。
「私としてもそのつもりですよ。けど、長くなるかは高槻さん次第ですから」
私はそう断ると病室をノックして扉を開ける。奥にあるベッドで寝転がっていた茶髪の女の子が、私たちを見て上半身を起こした。
「明日馬……」
「こんにちは高槻さん。調子はどう?」
「見ての通りよ」
何となく疲弊した感じはする。
高槻さんは私から少し視線を逸らした。
「……あんたが救急車呼んでくれたんだって? 一応、お礼は言っとく。ありがと」
「まあ、放置するわけにもいかなかったからね」
香くんがこなかったらスマホがなくて救急車呼べなかったんだけど。
高槻さんの視線が私の後ろへ向く。
「……明日馬、その子は?」
「私と同じ部活の子にして、木暮花音さんの事件の目撃者の――」
「桂川美濃よ」
ミノは名乗ると睨むように目つきで高槻さんをじっくりと見た。ただでさえ目つきが悪いミノに睨まれた高槻さんはたまらず目を逸らす。
「明日馬は何しにきたの? お見舞いってわけじゃないのよね?」
流石に後ろに刑事さんがいればそのくらいわかるらしい。
私は部屋を突き進んでベッドの傍にあった椅子に座った。ミノと明月さんは私の背後に立つ。
どう切り出したものかと考えたけれど、思いつかなかったので普通に話すことにした。
「私、今回の事件でこの刑事さんから捜査協力を依頼されてる……というか、ミノが事件に首を突っ込んでそれに私も巻き込まれた感じなんだけど……とにかく私はこの事件に捜査に協力してるんだよね」
「……?」
高槻さんはあんまり納得してないような表情を浮かべているが、まあ放っておこう。
「で、今日きたのは事件のことについて高槻さんから訊きたいことがあるからなんだ」
「何よ、訊きたいことって?」
「高槻さんが犯人なんだよね?」
「はあ!?」
思い切り顔をしかめられた。まあ予想通りの反応である。
「あたしは刺されたのよ? あんたも見たんでしょ?」
「見たよ」
「だったらどうしてそんなトンチンカンなこと言うのよ」
首を傾げて睨んでくる高槻さん。私は動じず答える。
「えっと、木暮花音さんを殺したのが高槻さんでしょってこと」
「な、何言ってんの!? あたしは刺されて――」
「そんなの高槻さんを刺したのは別人って考えればいいだけだよ」
「あたしと花音を刺したナイフは同じものって聞いてるんだけど? それから犯人の格好も同じだったんでしょ?」
「それも、凶器と服装は同じだけど犯人は違うってだけ」
これならミノと散々不思議がっていた、犯人が一回目の犯行だけでバイクを乗り捨てたことの説明がつく。二つの事件の犯人は別人で、第一の犯人……すなわち高槻さん的には木暮さんを刺した時点で犯行が終了していたのだ。だからいらなくなったバイクを放棄した。
しかし高槻さんは私を睨んだまま、
「どうしたらそんな状況が起こるのよ!」
なかなか口を割ってくれない。……仕方ない。最初から話していこう。
「まず、木暮さんと喧嘩して殺意を覚えた高槻さんは彼女を殺すことを決意した」
「してない!」
「どうしてって訊いてきたのはそっちなんだから、最後まで聞いてよ」
一つ咳払いする。
「で、事前準備として高槻さんはバイクを盗んでどこかに隠したんだね。乗り方とかはバイク好きの元カレさんから聞いたか、普通に勉強してたかのどっちかかな。それから木暮さんが部活で学校にいくことを突き止めた。これは喧嘩したとはいえ一応は友達なんだから簡単に得られる情報だよね。本人に直接訊いてもいいんだし」
バイクと木暮さんの動向の情報は前後逆でも構わない。というよりそっちの方が筋が通ってるかもしれない。最初から木暮さんが学校にいくことを知ってて計画を立てたのかも。まあとりあえずこれはどっちでもいい。高槻さんが木暮さんの動向を知ることができる立場にあったことが重要なのだ。
「事件の日、高槻さんはこの市に徒歩か盗んだバイクでやってきた。電車だと駅の監視カメラに映っちゃうからね」
道路にもカメラはあるだろうけど、田舎だから大きな道を使わなければたぶん映らない。どうせヘルメットも被るし多少映ってても問題ない。
「そんなこんなで、こっちの市にやってきた高槻さんは公園で木暮さんが帰ってくるのを待って、彼女がきたところを刺した。けど、運悪く近くにミノがいたから、牽制するために必要な凶器を手放すことができなくなったんだね。凶器を捨ててれば運命は変わったかもしれないのに」
本来なら所持しているのが危険な凶器は現場に置いて去るつもりだったんだと思う。しかしミノが殺気を振りまいたりしたから身を守るために凶器を持っておく必要が生じた。
「バイクで逃げた高槻さんは服屋さんの近くでバイクを乗り捨てて、その服屋さんと雑貨ビルの間にあった黒いポリ袋に上着とズボンと手袋を勝手に入れた。ゴミに出す袋なんて一度口を結んだら解かないし、黒色だから外からは見えない。しかも服屋の人が勝手に処分してくれる。いい隠し場所だよね」
明月さんに昨日調べてもらった。あの服屋は毎週水曜日には黒いポリ袋をゴミ袋として路地に出している。そして金曜日のゴミの日に朝一番で出すらしい。どうして路地に出しておくのが木曜日じゃないのかというと、毎週木曜が定休日だから。
「その後は服屋の裏にあるっていうバイクの駐輪場にヘルメットを捨てた。木を隠すなら森の中と同じような理論だね。ヘルメットを隠すならバイクの中、みたいな」
高槻さんの表情に変化ない。ずっと睨んだままだ。ちょっとくらい動揺してくれてもいいのに。
「ナイフも近くの見つかりにくいところに隠したんだよね? そうして見事に計画を遂行した高槻さんは意気揚々と徒歩で帰ろうとして私と出会った。こういう感じかな」
「それで、そこからどうしてあたしが襲われることになんの? それに凶器も服装も捨ててんのに、犯人はどうやってそれを見つけたっていうのよ?」
「それは単純だよ。高槻さんが襲われたのは木暮さんのための復讐。凶器と服装を見つけられたのは、犯人が捨てる瞬間を見てたから。犯人はすぐ近くにいたんだね」
高槻さんの顔が微妙に歪んだ気がした。ようやく動揺してくれたみたい。でももう二押しくらい必要かな。
「犯人は最初高槻さんが何をしてるのかわからなかっただろうね。だけど血のついたナイフやすぐに聞こえてきたはずの救急車やパトカーのサイレンで高槻さんのしたことを理解したと思う。サイレンの方へいけば現場は木暮さんの下校通路の公園。野次馬の人に尋ねてみれば女子高生が刺されたらしいということはわかる。その瞬間、犯人さんの復讐が始まったのだった……」
「なんでナレーション口調なのよ」
今まで黙っていたミノにつっこまれた。
「犯人は高槻さんが捨てた装備を素早く回収して身につけ、高槻さんを全力で捜した。で、見つけたからなりふり構わず高槻さんを刺して逃げた。まあこういうことかな」
「こういうことかな、じゃないわよ。ただの妄想じゃないそんなの」
高槻さんは険しい顔つきで吐き捨てた。わかりきっていたことだけど、どうやらこの推理はお気に召さないらしい。
私はふるふると首を振り、
「妄想じゃないよ。二つの事件の犯人が別人だっていう根拠も、最初の事件の犯人が高槻さんだっていう根拠も、あるにはあるからね」
高槻さんが怪訝な顔を返してくる。
「どういうことよ?」
「昨日、犯人の遺留品……上着とか手袋とか装備一式が見つかったんだけど、その中にヘルメットだけがなかったんだよ。おかしいよね。フルフェイスヘルメットなんて一番かさばりそうなものを手元に残すなんて。けど、おかしいことをしたってことは、きっとそれなりの理由があったと思うんだよね。例えば、捨てるのが怖かったから、とか」
「何を怖がるのよ?」
「毛」
「は?」
「だから毛だって。自分の髪の毛。捨てたヘルメットに自分の髪が付着してる可能性があったから捨てられなかったの。まあ他の遺留品にDNA情報が付いてる可能性もあったんだけど、服の上に数分着てただけだから危機感とかはなかったんだろうね。けど頭に直接被るヘルメットはまずいと思って捨てなかった。そこは冷静だったみたい」
ここまで説明してもやはり高槻さんの表情は変わらない。
「それが何なの? ヘルメット? 髪の毛? だから? 犯人が別人だってことの根拠にも、あたしが犯人だってことの根拠にもなってないじゃない」
「まだ話は続いてるの。事件の犯人が一人だけだったとすると変なんだよ。犯人は事前にバイクを盗んで、木暮さんの帰りを待ち伏せして犯行に及んでる。かなり計画的だよね。そんな計画的な犯人がヘルメットに髪の毛が付くことを考えてないとは思えない。何かしらの対策は練ってたはず……例えば、ニット帽の上からヘルメットを被るとか」
高槻さんの目が見開いた。……私は忘れてない。あの日、高槻さんが真夏日にも関わらずニット帽を被っていたことを。
「だけど犯人が別々なら話は通るよね。木暮さんを刺した犯人はニット帽以外を捨てて、高槻さんを刺した犯人は前の犯人が捨てたものだけを利用してたから抜け毛対策がなくて、ヘルメットを捨てれなかった。……以上かな」
高槻さんはぶすっとした表情で睨んでくる。
「つまり明日馬は、あたしがニット帽を被ってたっていう一点で犯人扱いしてるわけ?」
「うん。真夏日に毛糸のニット帽とかどう考えても変でしょ。そんな人生まれて初めて見たもん。なんであんなの被ってたの?」
「オシャレよ」
「いや全然オシャレじゃなかったよ。服は夏らしい軽装だったのに頭に暑苦しいの被ってたからアンバランスこの上なかったよ」
「あたしはそれがオシャレだと思ってるのよ!」
ふぅむ……。全然認めてくれない。じゃあ仕方ない。あの手を使おう。
「なんやかんやと言い訳するのは勝手だけどさ、今自首しといた方がいいと思うよ。どうせアリバイないんでしょ?」
「アリバイも何も、あたしは被害者よ」
「またそんなこと言って……。警察が本腰入れて調べたらイチコロだよ? たぶん」
「そんなので認めるわけないでしょ」
「いやいや絶対自首した方がいいって。殺されちゃうかもしれないし」
「ころ!? なんでそうなるのよ!?」
私はきょとんと首を傾げた。
「だってそうでしょ? 犯人は高槻さんを殺し損ねたんだから。もう一回殺しにきてもなんにもおかしくないよ。……けどまあ、家族や友達以外の人と極力会わないようにすれば大丈夫だよ、きっと」
「あ、あんた友達って……」
高槻さんは生唾を飲んだ。
「え、なに?」
「あんたが言ってた推理だと私を刺した犯人の動機は花音の復讐なんでしょ? それって蘭たちの誰かって可能性が高いじゃない!」
蘭って誰だっけ? 彩梨さんしか覚えてないので顔も苗字も思い浮かばないけど、まあいい。私はにやりと笑い、
「いいじゃん。高槻さんは犯人は一人だけだって思ってるんでしょ? ならアリバイのあるあの三人は犯人じゃないよ。……まあ犯人が別々ってことは高槻さんが一番よくわかってるんだろうけど、ね?」
高槻さんはぐっと喉の奥で呻いた。私は更に追い討ちをかける。
「高槻さんを殺さないにしても、犯人には自首して高槻さんの犯行を暴露するって選択肢もある。相手は突発的な殺人未遂、でも高槻さんは計画的な殺人。罪は圧倒的に高槻さんの方が重いから復讐としては十分でしょ?」
まあ犯人は最初に殺す気できたわけだから、自分もろとも高槻さんの罪を暴露するのは最後の手段な気もするけど。しかし高槻さんを自供に追い込む材料にはなる。
高槻さんは苦虫を噛み潰したような苦悶の表情を浮かべている。そりゃそうである。自首しても地獄。自首しなくても死の恐怖がつきまとうのだ。これはもう時間の問題ですよ。
静寂の後、高槻さんが口を開いた。
「私は――」
「すまない。ちょっと待ってくれ」
肝心のところで明月さんがスマホを取り出して待ったをかけてきた。
「もしもし。どうした? ……ああ。……そうか。……わかった。……こっちか? 順調っちゃあ順調だったよ。それじゃ」
明月さんは電話を切ってスマホをポケットにしまった。ミノが眉をひそめる。
「何かあったの?」
「伊藤彩梨が自首してきた。高槻カンナを刺したのは自分だとよ。犯行に使ったと思しきヘルメットも持ってきたらしいから、ほぼ間違いないだろう」
「あー、やっぱりそうでしたか」
容疑者の中で高槻さんを刺した時間にアリバイがないのは彩梨さんだけだし、服屋にいた彼女には犯行を終えた高槻さんを目撃するチャンスがある。
明月さんは高槻さんに視線をやりながら、
「伊藤彩梨は君が血の付いたナイフやヘルメットなどを捨てるところを見て、それを利用して犯行に及んだと証言しているらしい。彼女は木暮花音殺害時刻にはアリバイがあるから、犯人は別々だな」
高槻さんが観念したように目を伏せた。
ミノはため息を吐き、
「あーらら。言い訳ばっか垂れてるから自首できなかったわね。とっとと認めときゃよかったのに。馬鹿らしい」
「ミノさあ、久しぶりに再開した友人が殺人犯だったっていう切ないところで茶化さないでよ」
「高槻のこと記憶にないって言ってたくせに何言ってんのよ。あと切ないとも思ってないでしょ?」
まあ思ってない。
すると高槻さんがぷっと吹き出した。
「あはははっ。やっぱあんたあたしのこと憶えてなかったんじゃない。まあ、それもそうだろうけど」
「あんたとアスマってどういう関係だったの? 友達では絶対ないんでしょうけど。アスマにそんなのできるわけないし」
酷い言いようである。まあ実際友達がいた試しはないけれど。
高槻さんはヤケクソ気味にはっと笑うと、
「中学のとき、あたしはこいつをいじめてたのよ」
「え、そうなの!?」
あまりの衝撃に病院と知りつつも大きな声を上げてしまった。ミノが呆れたようなため息を吐く。
「いじめられてた相手の顔すら憶えてないなんて、実にアスマらしいわね」
「いや、そもそもいじめられてた記憶すらないんだけど」
「いじめられてた事実すら忘れるのも、まああんたらしいわ」
「ミノは私をなんだと思ってるのさ」
この会話に対して、高槻さんはふるふると首を振った。
「明日馬が憶えてないのも無理はないわよ。だってこいつ、自分がいじめられてた事実にも気づいてなかったみたいだし」
な、なんですと!?
「あー、それが一番アスマらしいわ」
ミノが納得したのか膝を打つような声を上げた。
高槻さんは続ける。
「他人を舐めたような態度が気に入らないから、何人かの女子で軽くいじめてやろうと思ったのよ。最初にやったのはシカトね」
「それ無意味よね。アスマが誰かに話しかけるわけないもの」
「ええ、意味なかったわ。掃除当番をアスマ一人に全部押しつけようともした。けど、誰よりもこいつが率先してサボるからできなかった」
だって他人の出したゴミを自分が片付けるのって、嫌じゃん?
「体育館シューズをゴミ箱に捨ててやったときもあったわ。けどこいつはシューズを探しもしなかった。それどころかシューズが紛失したのをいいことに堂々と体育の授業をサボったのよ」
「アスマらしいわ」
そういえば、体育館シューズがなくなったことがあったような気がする。特に探さずに放置してたら先生が見つけてきてくれた。あれゴミ箱にあったんだ。
「まだあるわ。アスマの机に罵詈雑言書いたこともあった。けど書いた日に限って明日馬は風邪で休んだのよね」
ミノが爆笑した。高槻さんは思い返すような声音で言う。
「もう一回机にやってやろうと思ったけど、教師も警戒して色々と対策を取ってきたからできなくなった。……最終的に馬鹿らしくなっていじめること自体やめたわ」
「そうだったんだあ」
話を聞いても私的にはこういう反応しかできない。まあ熱い友情の話をされてもこういう反応をしてただろうけれど。
少なくとも数年は絶対に会わないことが確定してる人との関係性なんて、今年一番どうでもいいことだった。