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少女たちは青春を刻まない  作者: 赤羽 翼
不幸な事故以外の何物でもない事故
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依頼人現る


 どうやら一週間くらい前に見た光景がそれだったらしい。

 火曜日の夕方。夕焼けを背に私は学校から帰宅していた。いつもならもっと早い時間に帰ってるんだけど、部活の顧問の先生の迷惑な命令により部室の掃除をさせられていたため遅くなってしまったのである。


 ただでさえいまは七月で異常なまでに暑いっていうのに、涼む間もなく掃除をさせられた私の気力と体力はほぼ限界を迎えつつあったのを憶えている。

 だから早く帰りたかったんだけど、それは叶わなかった。家に帰るための最短ルートである交差点で事故が起こり、通行止めになってしまっていたのである。車が二台、盛大にぶっ壊れていたのを憶えている。勘弁してほしかった。この交差点を通らなければ帰宅時間が三分ほど伸びてしまうのだ。普段は極一部の他人に対して以外に好感も悪感も抱かない素晴らしい精神性の持ち主である私も、流石に事故を起こした人に憤った。「事故を起こした挙げ句人様の帰宅の邪魔をするなんて、どういう要件なのさ。事故るなら私が帰った後に事故ってよ」、ってな具合に。


 結局私はこの後回り道をして無事家に帰ることができたわけだけど、その夜……確か九時くらいに親が見ていたニュース番組にあの事故が取り上げられていたのを偶然目にした。女子高生が横断歩道を渡っているときに車に跳ねられ、その車は衝撃で隣の車線へ飛び出て別の車と衝突、大破したらしい。女子高生と彼女を跳ねた車を運転していた男性、男性の車と衝突した車に乗っていた女性と五歳の子供の親子、全員が死亡した。


 冷静になって考えてみると、かなり凄い事故である。ピタゴラスイッチみたいだ。けど、ニュースを見ていた親も弟も何も言わなかった。私も何も感じなかった。何故なら、この町がニュースに取り上げられるのはさほど珍しくないからだ。最近よく、わたしの通う学校で殺人事件が起こっているから、事故くらいじゃみんなびっくりしなくなっているんだと思う。全員頭が麻痺しているのだ。


 そういうこともあって、私はこの事故のことを後日話を聞くまですっかり忘れてしまっていた。世間ではしばらくこの話題で持ちきりだったようだけど、私はお昼の情報番組もワイドショーも見ないから知らなかった。目撃者も見つからず、田舎故に監視カメラの映像もなく、当事者は全員死亡してしまっているこの事故の原因は不明であり、世間からは()として認識されていたらしい。けど、この事故には裏があったのだ。それを知る者は、私を含めてこの世に三人しかいない。



 ◇◆◇



 放課後。部室にて、私とミノは顧問の佐渡原さどはら先生を待っていた。本当なら部活もしたくないし、部室で佐渡原先生を待っていたくもないんだけど、残念ながらそういうわけにもいかない。うちの学校には部活に必ず入部しなければならないという厄介な校則と、部活出席日数という迷惑極まりない制度があるのだ。前者はまだわかる。他の学校にもありそうなものだ。けど後者は何じゃそりゃだ。この学校は所属している部活に一定数以上出席しないと単位が出ない仕組みになっているのである。これ知ってたら入学しなかったのに……。


 部活出席日数のラインは生徒には明かされていないため、とりあえず部活に出るしかない。出るしかないのに、


「佐渡原の奴、今日はいつにもましておっそいわね」


 ミノが不機嫌そうに貧乏揺すりをしながら呻いた。同感だ。

 部活出席日数は顧問が生徒を確認しないと加算されない。つまり佐渡原先生がこないと私たちも帰れない。だから早くきてほしい。


「暇だねぇ」


 私が机にへたり込んで呟くと、ミノははっと鼻で笑ってきた。


「あんたは常に暇でしょ」

「そんなことないよ。イッテQ見てるときとか、全然暇じゃないし」

「テレビってのはね、大体の人は暇だから見るのよ」

「大体の人がそうだとしても、私は違うよ。イッテQを見てるとスポーツとか仕事してる気分になるもん」

「どんな鑑賞の仕方をしてんのよあんたは。やっぱりアスマってクソね」

「ねぇ、どうして無理やり私をディスるの?」


 やっぱりって何さ、やっぱりって。そんなクソなこと言った? 前の言葉と異次元を介さないと繋がらない。

 ミノは頭の裏で両手を組み、


「ま、アスマを『大体の人』って括りに入れようとしたあたしが間違ってた節はあるかもね。あんたみたいな異常者を」

「私は普通だって。絶対反省してないよねそれ。ミノの方が異常者だよ」

「あたしは異常者じゃなくて、他人より性格が悪いだけ。けどあんたは狂ってる。だから異常者はあんたよ」

「別に狂ってないんだけどなあ……」

「言ってなさい」

「世界の果てまで?」

「はあ……」


 冗談にため息をつかれるのはなかなか寂しい。

 再び二人でぼうっとしていると、ついに部室の扉が開かれた。遅いよ佐渡原先生! と思ったのだが、入ってきたのは女子生徒だった。セーラー服のリボンの色からして一年生である。後輩だ。


「あの、生物部の部室ってここですか?」


 歓喜したのも束の間、それは絶望へと変化し、再びもとの暇だなあという感情に戻った。それはミノも同じだったようで、スマホのゲームをやり始めた。


「え、えっと、ここが生物部です、よね?」


 一年生ちゃんが疑問の声を投げかけてくる。部屋には植物やら水槽やらが並んでいるため、ここが生物部であることは彼女もすぐに気づいているだろう。しかし、私とミノが頷かない限り、彼女にはここが生物部であるという確信が持てない。そして私たちは頷かない。だから回れ右して帰って。これまで私たちを訪ねてきた人に、ろくな頼み事をされたことがなかったのだ。


「あ、あの、桂川かつらがわ先輩と明日馬あすま先輩ですよね? わたし、お二人に聞いてほしいことがあるんです」

「……」

「……」


 一年生ちゃんは一切反応しない私たちにあたふたし始めた。よし、いいぞいいぞ。そのままどこかにいってほしい。今までは何やかんや頼み事を聞くことになって面倒事と関わってしまったけど、今回は初めて頼み事をすかせそう。……とか思っていると、


わりい遅くなったな部員A、部員B……って、ん? 誰だこいつ。生物部への入部希望者か? おいおい勘弁してくれよ。ただでさえ変なの二人も抱えてんだから、これ以上部員が増えるのはごめんだぞ」


 ようやく部室にやってきた佐渡原先生が一年生ちゃんにそんなことをのたまった。私はため息を吐き、ミノは頭を抱える。……くるのはいいけどさあ、いまじゃなくない?

 私たちの空気のおかしさを感じ取った佐渡原先生は首を傾げた。ボサボサの髪が揺れる。


「どうかしたのか?」

「タイミングが悪すぎんのよこのクソ教師……!」


 ミノが顔をしかめながら吐き捨てた。



 ◇◆◇



「わたし、一年D組の市石いちいしはるって言います」


 一年生ちゃんの自己紹介を私はぼうっと、ミノは興味なさげに頬杖を着いて聞いていた。佐渡原先生は我関せずといった具合に淡水魚に餌をやっている。


「今日はお二人に相談してほしいことがあってきました」

「……」

「……」

「あの、聞いてますか?」

「あ、ごめん今日の夕飯のこと考えた」

「早く来週のジャンプが読みたいと思ってたわ」


 一年生ちゃんは肩をすくめる。


「本当に、話に聞いた通りなんですね、二人とも……」

「誰から何を聞いたのよ」


 ミノが憮然とした表情で尋ねた。


「演劇部の友達からお二人が名探偵だと紹介されたんです。……あと、言いづらいんですけど、性格が悪そうとも」

「まあ、間違ってはないわね。他人に言われるのは腹立つけど」

「間違ってるよ。私の性格は普通だって。ミノと一緒にされるのは心外だよ」

「で、あたしらに何の用なの?」


 ミノが私の言葉を冷徹に無視する。

 一年生ちゃんはごくりと唾を飲み、緊張の面持ちで口を開いた。


「この前体育館で起こった殺人事件は先輩たちが解決したんですよね?」

「そうだけど?」

「あー……そんなこともあったね」


 ストーカーに脅迫文を送られていた演劇部の部員が体育館で殺されたことが、以前あった。それをミノが首を突っ込んで犯人を言い当てたのだ。私も嫌々ながらちょっと協力したけれど。


「それで、なんなの? あんたもあたしらに謎でも解いてほしいわけ?」

「はい」

「だからさ、何度も言うけどあたしらって、()を付けないでよ。私はやらないからね」


 訴えるけれど、普通に無視された。


「解いてやってもいいけど、条件があるわ」


 ミノが一本指を立てた。……出た。ミノお得意の条件。どうせ昼飯奢れとかそういうのでしょ。ミノは自称一人暮らしであり、少ない資金をゲームの課金にも使っているため常に困窮しているのである。


「昼飯を奢りなさい」


 ほらやっぱり。ミノの行動パターンなんて、他人に興味のない私でも憶えられるくらい単調だ。ミノに脛を蹴られた。い、痛い! 私は私でミノに思考パターンを読まれているらしい。

 一年生ちゃんは困惑の表情になる。


「お、お昼ご飯、ですか? 別にいいですけど……」

「一週間奢りなさい」

「はあ、わかりました。お小遣いには余裕あるのでいいですよ」

「そう……じゃあやっぱり十日で――」

「変えてんじゃねえよ」


 花に水をやりながら佐渡原先生がつっこんだ。ミノはバツが悪そうな表情になり、こほんと咳払いする。


「まあ奢ってもらうのは一週間で勘弁してやるとして――」


 奢ってもらうのに何でそんな偉そうなの?


「市石、あんたがあたしらに解いてほしいのはどんな謎なの?」


 だから、あたし()は付けなくていいって。

 一年生ちゃんは一つ息を吐き、


「一週間前に初居川はついがわの近くで事故が起こりましたよね?」

「あったわね。酷い事故が」


 私もぼんやりとだが思い出した。私の下校を邪魔した事故だ。私は首を傾げる。


「あの事故がどうかしたの? 私たちには関係ないよね?」

「あるわよ。跳ねられた女子高生はこの学校の生徒よ」

「え、そうだったの?」

「体育館で追悼させられたじゃない。確か名前は奈月なつき香奈かなだったかしら」

「……ああ、そういえばそうだったかも。いやあ、最近この学校の生徒を追悼してばかりだから忘れてて」


 今年だけで何回やったろう。もう憶えていない。

 ミノは椅子にもたれる。


「あの事故って、確かまだ事故の原因がはっきりしてなかったわね。……まさか、それを解き明かせとか言うんじゃないでしょうね?」

「いえ! 流石にそこまでは言いません。ですが、それに近いことかもしれません」


 ミノは顔をしかめた。私も顔をしかめた。何だか面倒くさそうだ。お願いだから、巻き込まないでよ?


「事故の原因がわかってないのには理由があるんです。事故現場に監視カメラがなかったこと。事故の当事者が全員亡くなっていること。そして、目撃者が見つからないから。……世間ではそういう理由になっていますが、実は事故の瞬間を目撃した人はいるんです。一人だけ」


 え? それじゃあ……どうして?

 ミノも同じことを思ったらしく首を捻った。


「なら、何で事故の原因がはっきりしてないのよ?」


 一年生ちゃんは目を伏せ、


「その目撃者の精神が、壊れてしまったからです」

「はあ? 意味わかんないんだけど」

「そのままの意味です。その目撃者……わたしの友達の夕張ゆうばる圭子けいこは事故のショックで心を病んでしまったんです。警察に対してどうにか事故が起きた順番――奈月さんが轢かれて、その車が対向車とぶつかったことです――を話せたみたいですけど、それっきり精神がおかしくなってしまって……。かろうじて家族やわたしとだけは話せるんですけど……ずっと部屋に引きこもったままなんです……」

「まあ、話に聞いただけでも凄惨な事故みたいだし、それを近くで直に目撃したら病んでも不思議じゃないか」


 ミノはそう納得したけれど、私には疑問だった。そのくらいで精神が壊れるかなあ? 赤の他人が死んだところでそんな気にしないでしょ。事故を目撃したショックと言っても、私もミノも何回か他殺体を発見してるけど、精神はピンピンしている。余程メンタルが弱い子だったのだろうか。


 一年生ちゃんは首を振った。


「そういう理由じゃないと思うんです」

「というと?」

「事故のショックというのは正しいと思います。けど、圭子ちゃんは自責の念から病んでしまったんです」

「自責の念?」


 思わず口から出た声がミノの声と重なった。自責の念ということは、圭子ちゃんとやらは事故が自分のせいだと思っているのかな?


「圭子ちゃんのお母さんの話では、何度も何度も『ごめんなさい』と口にしていたらしいんです。それからわたしの前でも『私のせいで事故が起きた』と嘆いたことがありました」

「じゃあその圭子ちゃんが死んだ奈月さんの背中を押したんじゃない?」


 面倒になってきた私はぱっと思いついたことを言った。だが一年生ちゃんは首を振り、


「それは違います。圭子ちゃんは『誰も私を裁けない』とも言ってるんです。圭子ちゃんが奈月さんを押し飛ばしたのなら、それは罪になります。意図的にやったのではないにせよそれは同じです」

「そうなんだ……。けど裁かれないなら気にしなくてもいいのに」

「裁かれないから自責の念で精神が崩壊したんでしょ」


 ミノが呆れたように言った。そういうもんなのかな? 捕まらないならラッキーじゃん。


「つまるところあんたは、あたしらに夕張が何をしたのか探ってほしいってわけね」

「はい」

「どうして?」


 ミノが理由を尋ねた。確かに、どうして? という感じである。別に彼女が知ったところでどうこうなるものでもない気がする。

 一年生ちゃんはぎゅっと拳を固く握り、


「友達だからです。圭子ちゃんが悩んでるなら相談に乗ってあげたいんです。励ましてあげたいんです。叱ってほしいなら叱りたい。そういう気持ち、わかりませんか?」

「わからないわ」

「わかんないね」

「……そう、ですか」


 どうやら失望させてしまったらしい。勝手に期待して勝手に失望するのはやめてよ。まあ別に失望されようがされまいがどうだっていいんだけどさ。

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