戦いの快楽 (正大 継之介)
竜の〈悪魔〉は、目の前に現れた土の壁から、2歩下がって俺を睨んだ。
地面から突き出した壁は俺の能力で創り上げた物だった。
俺が操る4つ目の属性――『地』。
防御に長けた属性だ。
何故、守りを優先したのか。それは、この最悪な状況を打破するためだ。
〈悪魔〉が二人と、力を持たない莉子ちゃんと片寄 忠がいるなかで、攻撃に移ったって何も出来ないのは目に見えている。
片寄 忠は豹の〈悪魔〉に囚われているのだから。
〈悪魔〉らしく、人質を取って助かろうとしているようだ。
まあ、そうするのが普通だよな。
大丈夫だ。
飯田 宇美と戦った時みたいなヘマはしない。
それに――、
「莉子ちゃん……。ごめん、怖かったよな。でも、俺が来たから安心してくれ」
遠藤 旺騎が〈悪魔〉か分かっていない状況で、莉子ちゃんに任せるのは危険だった。
それなのに俺は、青い鱗の〈悪魔〉に〈ポイント〉を奪われるかもしれないと、危惧して莉子ちゃんに任せてしまった。
謝って済む問題ではないのは分かっている。
今回は間に合ったが、もしかしたら、莉子ちゃんは〈悪魔〉に殺されていたのかも知れない。そう考えると、自分の判断がどれだけ愚かだったのかと実感する。
「わ、私は別に平気です……。でも、一人で大丈夫ですか? 公人さんは……?」
莉子ちゃんは〈悪魔〉が二人いる中でも落ち着いていた。
自分の心配よりも俺の心配をしてくれていた。
「公人は少し休み中だ。ま、こんな奴ら俺一人で充分だからさ。莉子ちゃんは早く逃げるんだ」
「わ、分かりました」
俺の言葉に莉子ちゃんは〈悪魔〉から離れていく。
後は片寄 忠を解放するだけか。
どういう流れで現状に至ったのか、後から来た俺は把握しきれていないが、人質を取るってことは、竜の〈悪魔〉に、遠藤 旺騎――豹の〈悪魔〉が負けそうだったと考えるのが自然か。
そして、竜の〈悪魔〉には、既に人質を殺そうとした実績がある。
ならば、俺が相手するのは竜の〈悪魔〉か。
遠藤 旺騎が〈悪魔〉だと分かった今、ここで無理して倒しに向かう必要はない。
竜の〈悪魔〉さえいなければ、いつでも倒せる!
そんな俺の思考に気付いたのか、右拳の鱗を肥大化させ巨大な鈍器を作る。そして、俺が作り上げた土壁を粉々に砕いた。
俺に留められるよりも先に、遠藤 旺騎を倒そうとしてるらしい。
「だからやめろってーの!」
土壁に対して振り抜いた拳から、破裂したように小さな鱗が飛び散る。いくら、一つ一つは小さいとはいえ、人間である片寄 忠が受ければ致命傷だ。
やっぱり、人質もろとも殺しにきたか。
今回は見えない『なにか』も助けには現れない。
なら――俺は地面に手を付けてイメージを固める。
すると、今度は4枚の土壁が、遠藤 旺騎を囲うようにして防ぐ。
小さな鱗が突き刺さるが、貫通はしていない。
これなら、中にいる二人は無事だろう。
「やっぱり、お前は〈悪魔〉だな!!」
二人を守った土壁を変形させ、巨大な拳にする。
指を開いて竜の〈悪魔〉を握りつぶそうとするが――、
「そうだね。君に言われるまでもなく知っている。僕はそうでなきゃいけないんだ!」
背中から羽根を生やして空に逃げる。
羽根も鱗と同じく自在に硬度を操れるのか、土と岩石で出来た拳を飛行しながら切り裂いていく。
「くそ……。なにが、そうでなきゃいけないだよ。勝手に自分で決め付けやがって」
だが、あいつの能力は厄介だ。
俺一人では突破口が見出せない。
片寄 忠を捕らえている豹の〈悪魔〉は、俺達の戦いを静観し、逃げる素振りは見せない。
まだ、逃げ出してくれた方が助かるんだけどな……。
「でも、やるしかないよな……」
ここで諦めたら、無駄に人が死ぬ。
そんなこと――死んでもさせるものか!
俺は地面を思い切り踏みつける。
何度も何度も、無力な自分を恨み地団駄を踏む子供のように。
「諦めたなら、さっさとどいてくれるかな? それとも、僕に――って、うわ!!」
俺は悔しくて足踏みをしていたつもりはない。
これもまた――攻撃だ。
属性『土』の特性は防御力の上昇と、俺がイメージした物質を作る能力だ。
水や炎でもイメージを具現化することは出来るのだが、もっとも早く、性格に象ることができるのが『土』だった。
それは、俺が小さいときから粘土遊びが好きだったからかもしれない。
よく、粘土でその当時のヒーローたちを作って遊んでたっけ。
少し汚れが混じった粘土だったが、俺の目には鮮やかに写ってたよな。
なんて――今は、昔を懐かしんでる場合じゃないか。
俺が足踏みしたのは、『足』を象るためだった。
空を飛ぶ竜の〈悪魔〉の頭上に、小さく砕かれた小石を集めて――巨大な足を作り上げたのだ。
このまま――踏みつぶす!
想定していなかった頭上からの攻撃に、反応が遅れた竜の〈悪魔〉は、回避行動を取るが、完全に避けることはなく、生やしたばかりの羽根が踏みちぎられる。
普段、身に着けていなかった分、距離が取れなかったのか。
背中から流れる血は赤く、地面に染み込んでいく。
「なんだ。〈悪魔〉のお前でも、血は赤いんだな」
「……やっぱり、君から倒した方がいいみたいだね」
優先して倒すべきは、同族よりも俺だと判断したようだ。
背中を片手で押さえながら、「かかってこい」と人差し指を動かした。
傷を負ってるくせにどこまで強気なんだよ。
怖いもの知らずの中学生じゃあるまいし。
しかし――なんだろうな。
何故か分からないが、この〈悪魔〉と戦うと、他のことがどうでもいいように思えてくる。
いうならば、戦いに熱中していた。
こんな思いで戦うのは初めてかも知れない。
普段は、誰かを守りたい。
早く人質を解放したい。
そう願って戦っていたけど、今はそんなことを忘れていた。
片寄 忠も豹の〈悪魔〉もどうでもいい――!
「なら、これならどうだ!」
今まで、何もない空間に作り上げていた『型』を、俺自身に纏わせる。
巨人の如く太く屈強な腕を岩石で作った俺は、竜の〈悪魔〉に向けて飛び掛かる。
「甘いよ、そんな攻撃、当たるわけないじゃんか!」
振り上げた拳を叩きつけるが、後方へと大きなステップで躱された。そして、後ろに跳ねながら、鱗を伸ばして俺の腹部を貫いた。
防御力が上がっているとはいえ、鱗は鋭い。
瞬間的に纏った土が軌道を反らしたが、完全には防ぎきれなかった。
だが――この程度で済むならば、構わない。
「甘いのはお前だよ!」
俺は既に見せたはずだ。
地面を殴って地面から岩石を突起させる力を!!
それは、何も素手で触れる必要はない。
大事なのはイメージだ。
例え、両手に岩を纏っていようと、それは変わらない。
竜の〈悪魔〉が着地する場所に――一本の杭が迫り上がる。
肉を切らせて骨を絶つ。
俺の覚悟に遅れを取った〈悪魔〉は、防御することなく石杭を受ける。突き出した勢いで空に弾かれた〈悪魔〉は、校舎の二階に当たり、地面に落下する。
……貫くつもりだったが、鱗が硬かったのか。
でも、流石にノーダメージでは済まないだろ。
竜の〈悪魔〉は、よろめきながらも立ち上がった。
それなりのダメージは負っているが、まだ、動けるようだ。
俺を倒すことを諦めていない。
強かな竜の眼は、泳ぐことなく俺を見つめる。