豹 (黒執 我久)
しばらくは、スタミナ切れで戦えないだろう。
合成獣の弱点は、何度も見させて貰ってるからね。
それを知っていれば明神 公人は怖くない。
「お前……!!」
正大 継之介が僕の懐に飛び込んできた。
属性を炎から風に交換したのか、空中を滑るように移動する。
休む間もない追撃に、僕はうんざりしてしまう。
「もう、しつこいなー。僕は自分がしつこくするのは好きなんだけど、自分がされるのはきらいなんだよ!」
相手はやる気なんだ。
なら、正面から戦うしかないか。
僕は手の甲の鱗を一メートルほど伸ばして一本の剣を作る。
互いに防御することなんて考えていない。
ただ、倒すだけだ。
ノーガードで正大 継之介は拳を振るい、僕は剣を振るった。
よしっ!
僕の方がリーチが長い分先に届く!
勝利を確信した僕の前から――正大 継之介が姿を消した。
いや、違う。
正確には僕が目の前から消えたのだ。
移り変わる景色は、何が起こったのかを僕に伝えてくる。
僕は莉子ちゃんの手によって移動させられているのだ。
視界が歪み、焦点が定まった時には、森の中ではなく校舎と校舎の間――中庭に僕は連れて来られていた。
「うぷ……。い、いきなり、『高速移動』使うのは止めてよね……」
気持ち悪くなっちゃうじゃない。
中庭に置かれた彫刻に手を付けて息を整える。
近代的なデザインの曲線が絡まって出来た球体は冷ややかで、少し気が紛れた。
「なんで黒執がここにいるの!? 黒執って実は、私の位置を把握する能力も持ってるわけ!」
「そんな力は持ってないよ。強いて言えば愛だよ。莉子ちゃんが心配だから、どこにいるのか分かるのさ」
共に暮らしているんだから当然だろうと、覇気のない顔で、吐きそうな感覚を堪えて僕は言う。
しかし、苦痛に耐えた僕の軽口は虚しく流されてしまう。
「……ま、別にいっか。黒執が気持ち悪いのはいつものことだし」
良くはないよ。
今、僕のことを気持ち悪いっていっただろ!?
くそ、莉子ちゃんの『高速移動』でダメージを追ってなければ一発、叩いてあげるのに!
莉子ちゃんの『高速移動』は普通の人間には認知できない速度で移動できる力だ。
〈プレイヤー〉と〈悪魔〉の身体能力ならば、動きを見ることはできるだろうが、顔までは判別できない。
電車に人が載っていることは分かるが、誰が載ってるかまでは分からないのと同じ理屈だ。
そんな速度で、打ち合わせもなく横からかっさらわれたら、速度に脳の処理が追いつけない。
よって、吐き気と倦怠感が襲ってくる。
「それよりも、大変なんだよ! 遠藤 旺騎が私の前から消えちゃったんだ!」
吐き気をアピールする僕の背中を、バシバシと叩いてくる莉子ちゃん。
ここぞとばかりに嫌がらせされているのかとも思ったが、どうやら本気で混乱しているようだ。
目の前でスポーツ男が消えたのだと、莉子ちゃんは言った。
「消えたって、それじゃあ、やっぱり彼が〈悪魔〉ってことじゃないか」
人が消えるなんて有り得ない。
ならば、そいつは人じゃない。
〈悪魔〉だ。
それさえ分かれば後は倒すだけ。
『明神興信事務所』のように、周囲に気を配って戦う必要はない。
いや、そもそも疑わしいと分かっていたなら、逃げられる前に倒せば良かったのだ。
疑わしいなら倒せばいい。
例えそれが人間だったとしても、ここは僕達がいる世界ではない。
罪には問われない。
人が人を痛めつけることを躊躇するのは、相手の気持ちを慮っているなんて信じる人間は、一体、どれくらいいるのだろう?
そこに罪と罰があるからだというのに。
ならば、その罪罰から、人が完全なる自由になったらどうなるのか。
答えは簡単だ。
侵略と剥奪。
強奪と迫害があるだけだ。
だから、僕もそれに従うとしよう。
〈悪魔〉の住所は、教師たちを何人か脅かせばすぐに手に入るだろう。
職員室でも探すかと歩き始めた時――、
「黒執っ!!」
莉子ちゃんが僕の背中を押した。
何をするんだと押された勢いのまま身体を捻る。すると、僕が立っていた場所、を高速で走り抜ける〈人間〉がいた。
その人物は僕が見た〈悪魔〉ではない。
お坊ちゃんのようにセットされた男子高校生。
彼を見て莉子ちゃんは目を見開いた。
「きみは……!」
「莉子ちゃん、知り合い?」
「うん。今回の一件を依頼してきた片寄 忠さん。だけど……なんで、その人が私達を襲うのかな?」
身体を捻って倒れた僕は天を見上げていた。
今の速度――莉子ちゃんと同等の速さだった。
普通の人間があの速度の中で、平然としていられるとは思えない。ならば、こいつが〈悪魔〉なのか?
手を使わずに下半身をばねにして立ち上がる。
鱗を生やして〈悪魔〉を殺そうと爪を研ぐ僕に、「ごめんなさい。で、でも、そうしないと僕もこ、殺されちゃうから……」涙を流して謝ってきた。
なにか理由があるようだけど……。
僕には関係ないよね。
話を聞かずに始末しようとした僕に、再び高速の物体がぶつかってきた。
『それ』は片寄 忠とかいうお坊ちゃんの隣で止まる。
「へー。二人揃って〈悪魔〉ってことでいいのかな?」
今度こそ僕が求めている〈悪魔〉だった。
猫科のような両足を持っていた。
斑模様の点が全身を覆う。
豹の姿をした〈悪魔〉。
良かった。まだ倒されていないなら僕の〈ポイント〉に出来る。喜びに震える僕に向かって〈悪魔〉が言う。
「な、なんでお前たちは僕の邪魔をするんだ!!」
「邪魔……? 知らないよ。僕は僕のために〈悪魔〉を殺すだけだ」
〈悪魔〉がなにを目的としていようとも僕には関係ないことだ。
全身の鱗を逆立てどう倒そうかと考えていると――〈悪魔〉が片寄 忠を引き寄せて人質にした。僕は思わず力が抜ける。だから、なんで〈悪魔〉は人間が盾になると思っているのだろうか? 強度なんて僕達からすればいてもいなくても変わらないというのに。
むしろ、抱えることで回避できなくなるのだから、僕としては有難い。
ゆっくりと近づく僕の前に――
「やめろ!!」
地面が迫上がり巨大な壁が作られた。
どうやら、彼らはまだ僕の邪魔をしたいらしい。




