接触する〈プレイヤー〉 (黒執 我久)
莉子ちゃんの携帯に仕込んだGPSを頼りにやってきた僕は、急いで『烏頭総合高校』に来たことを少しだけ後悔していた。
午前中から密かに正大 継之介たちの行動を監視していたが、教師たちから校舎の案内を受けたり授業の様子を観察したりと、〈悪魔〉と関係あるのかよく分からないことをしていた。
その間、特にやる事のない僕は、只々、屋上で横になっていただけだった。
昨今の高校生はドラマなんかでよくある学校とは違い、屋上に出ることは禁じられているらしい。
そのお陰でよく眠れたので過保護な教育方針に感謝だ。
「それにしても、莉子ちゃん、あの二人に中々馴染んてたね……」
僕が来たとき、莉子ちゃんは正大 継之介と楽しそうに話をしながら、校舎に入っていった。
依頼を受けていない僕は、彼らのように堂々と校舎に入れないため、能力を解放して校舎に張り付き観察していた。
が、直ぐに何も動きがないことが分かり、今に至る。
だから、僕は別にサボっているわけじゃないよ?
効率の言い働き方をしているだけだ。
今流行りの働き方改革だ。
因みにだけど、竜人の姿で壁に張り付くとヤモリみたいだよね!
そんな僕の姿を見たのか、校舎内を歩いていた女子生徒達が騒いでいたけど、教師に連絡はしてこないでしょ。
傍からみたら、僕の姿は〈悪魔〉と同じだし。
〈悪魔〉の話題は出せない。
だから、明神 公人たちにさえバレなければそれでいい。
しかし、それでも、こうして、一日近く働いても、特定の人物と接触しないと、実は僕の存在がバレたのかと不安になってくる。
僕がそんなミスをすることはないけど……。
その可能性があるとしたら、莉子ちゃんが裏切った場合のみだ。
仲良さそうに話す姿をみると、有り得ると思ってしまうよね……。
邪魔になった僕を倒すために、誘き出そうとしているとか。
携帯にGPSアプリを仕込んだことなんて、明神 公人ならば簡単に見抜くはず。
もしも、そうならば、僕は不利になる。
けど、莉子ちゃんが裏切っていなかった場合、ここで暴れて〈悪魔〉に気付かれるのはそれはそれで面倒だ。
どっちの選択を取るべきか、数秒悩んだのちに「ま、どっちでもいいか」と選択するのを諦めて再び横になった。
大丈夫、なるようになる。
その時の気分で行動しよう。
横になった僕の視界に、鞄を手に校門を出る生徒の姿が目に入る。どうやら、授業を終えた生徒達が帰宅するようだ。
結局、何も起こらなかった。
貴重な時間を無駄にしちゃったよ。
だが、明神 公人達はまだ、帰宅する素振りは見せない。
それどころか、運動服に着替えた生徒達と一緒にグラウンドに向かって行った。
「まだ、仕事するの……。一日、何時間勤務なのさ」
身体を転がして位置を変える。
グラウンドは三つ並んだ校舎の脇に位置する。だから、どこの屋上からも観察することは可能だ。
屋上が立ち入り禁止でなければ、「サッカー部の○○先輩、格好いいよね!」とか言えたんだろうな。
……。
そう考えると、いい仕事をしているな。
ある意味、安全を守ってるぜ!
屋上に設けられた鉄柵の隙間から三人の姿を覗く。
しかし、やっていることは授業参観となにも変わらない。
ただ、黙って見てるだけだ。
〈ポイント〉を稼がねばならないというのに、呑気な仕事ぶりに呆れてしまう。
ここで、見張ってても無駄だな。
よし、さっさと帰ろう。
立ち上がった僕は、自身の力を発動させて屋上から飛び降りようとしたが――、
「あれ……?」
莉子ちゃんが、グラウンドの片隅でアップをしている部活動に向けて、一人で歩き始めた。
あれは……陸上部か?
部活動に所属したことのない僕は、10人の部員が多いのかどうか判断に困る。
しかし、莉子ちゃんの進む足に迷いはなく、一人の男子生徒の前で足を止めた。
髪を短く刈り上げた如何にもスポーツをしていますといった男だった。
莉子ちゃんとスポーツ男子の背後で、慌てて止めに入る正大 継之介。
僕は彼の動きを見てなにが起こったのかを理解した。
「なるほど。そういうことね」
どうやら、彼が――〈悪魔〉候補らしい。
何故、今まで接触しなかったのかは謎だが、彼らにとっては莉子ちゃんの行為は望んでいるものではないようだ。
ならば、ここは莉子ちゃんを助けてあげるか――。
彼らが困るのは僕としても嬉しいしね。
予定通り屋上から飛び降りた僕は、正大 継之介と莉子ちゃんの間に着地した。
突如振り注いだ〈悪魔〉に――部活動に勤しんでいた生徒達が悲鳴を上げる。そして、散り散りに僕から逃げ出す。
蜘蛛の子を散らすってこういうことをいうんだろうな。
だが、流石に〈プレイヤー〉の二人は逃げ出さなかった。
「莉子ちゃん、公人……遠藤 旺騎を連れて逃げろ!!」
おや、それはつまり、僕の相手は自分一人で事足りるとでもいうのかな?
だとしたら、馬鹿だなー。
散々、僕の強さを見せてあげたのに。
「と言っても、僕もうかうかしてられないか」
目を話したら莉子ちゃんが倒してしまうかもしれないし、明神 公人も一緒なら尚更だ。
僕はさっさと遠藤 旺騎を倒してしまおうと構えるが、
「お前の相手は俺だ!」
と、炎を操り攻撃を仕掛けてきた。
噴き上げる炎が僕を掴んで焼き尽くそうとする。
竜の鱗は、腕力だけでなく、防御力も上昇している。中途半端な炎では少し熱を感じる程度だが、長時間は危険だ。
中々、いい火力している。
少しだけ評価を上げてもいいな。
僕は後方に飛んで炎から離れようとする。
「ふふ。そうはさせないよ?」
だが、僕の行動は予測されていたのか、合成獣が吐き出す糸が僕を掴んだ。
蚕の繭で作られた体に、蜘蛛の脚が生えた気色悪い生物。
どうやら、明神 公人は蜘蛛や蚕と言った『糸』を扱う昆虫がお気に入りのようだ。
僕からしてみれば気持ち悪いだけだけど。
僕は掴まれた足に意識を向けて鱗の切れ味を強化する。僕の脚は無数のナイフと化して合成獣の糸を引き裂こうとするが――糸が切れることはなかった。
空中で『糸』によって態勢を崩された僕は、無様に地面に落下する。
砂ぼこりを被った僕に、明神 公人が勝ち誇った笑みを浮かべていた。
なるほど。
そりゃ、二人の前で何度か鱗を変化させるのを見せたから、対策は取ってくるか。
鱗の形状変化を考慮して、拘束力を強めるために糸を束ねる二匹を選択したのかもしれない。
だが――僕の鱗は形を変えるだけじゃない。
――こういうこともできるんだよ!!
僕は鱗を振動させる。
細かく震える刃は糸を削り、僕の脚を自由にする。
糸から解放された僕は、振動させていた鱗の一枚を合成獣に向けて放つ。
鋭い刃の弾丸が合成獣を貫いた。
「これで、明神 公人はOKだね」