1-2. 赤髪の冒険者 アイレス・フォーン/2
「ソイツらが勝手に間に入ってきて戦利品横取りして、
協力だのなんだの因縁付けてきて金品を巻き上げようっていう
盗賊まがいの冒険者よ」
「チッ」
面倒だなと言わんばかりに頭を搔きながら、リーダーの男が舌打ちした。
……ふむ。
概ね、どっちが悪いかは伝わってきた。
だが、ルイン・エクスプローラーとは何だろうか?
職業って事で良いかな?
とりあえず味方したいのは女の子の方だ。
「あんま邪魔してっとぉ。
マジ痛い目に合っちゃうよ?
俺ら怒らせると怖いからね?」
小馬鹿にした笑みを浮かべながら、軽く挑発してくるならず者リーダー格。
戦るしかないのか…………。
「そーだゾォオイィ!
なめてんじゃねーぞ!」
「ボ」
「俺らの兄貴マジこえーからな!」
「ボ」
「ンッゾッ!!
ホァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ィイ!?」
「ボ」
うっせーぞチビ!
最後何言ってんのかわっかんねーよ!
デブも何なんだよ! そのボっていう喋り方は!?
ギャグ漫画のキャラにしか見えねーよ!
あぁ……お腹痛くなる。
『(もう面倒だからやっちまおーぜ)』
気楽そうにハロが心の声で提案してきた。
ハロもハロで大概好戦的だ。
殴り合いの喧嘩なんてした事ないしなぁ。
勝てるイメージが湧かない。
実際に自分の体格よりも大きい奴らに囲まれると怖いんだよ……。
これからどう動くか、そう思案してた最中――
ゴッ!
金属で人を殴った鈍い音がした。
「ズッッッア゛ァ゛ァ゛ア゛ーーーーーイッ゛!!」
うわぁ凄いぞ。
赤髪の少女のカカト落としが見事に決まった。
さっきからチビに向かって、後ろからこっそりと近付いてきていた直後の出来事。
足の残像が流れ星のように残るほど、キックラインは華麗な90度の真直線を描いていた。
その瞬間に黒いパンツらしきものが見えた。
ラッキーだった。
見せていいヤツかもしれんが、俺がパンツといえばパンツだ!
蹴られた側は背が小さいのが災いして、丁度脳天に綺麗に直撃している。
直撃した瞬間のチビの顔は横に潰れたようになり、
アイーンという効果音が合うほどアゴがしゃくれていた。
涙と唾液や鼻水といった物が上方向へ軽くしぶき、
寄り目のまま目玉が裏返るように上を向いている状態。
気絶前の奇妙な絶叫も相まって、思わず吹き出しそうになる。
……いや、笑った。軽く。
痛いだろうなぁ……。
白目をむいて、彼女の蹴りの足と共に勢いのまま地面に叩きつけられるように倒れたから……。
彼女は所々メカチックに武装してたので、相当硬いヤツをもらっている……。
「ごっっめーーーーん! 足が滑っちゃって!」
挑発的な赤髪の少女。
ウィンクをしながら、顔の前で両手を合わせて謝る仕草をする。
スキップのするかのように片足を後ろに曲げている所が、実にわざとらしい大げささを強調していた。
「へぇ……。そんなに痛くされる方が好きだったか……?」
リーダーは静かにキレている。
しかし赤髪の少女は臆する事なく次の手を打つ。
デブに向かっての回し蹴りだ。
「ボ」
腹にヒット。
だが、先ほどとは打って変わり、手ごたえのない音がする。
綿の詰まったクッションに打ち込んだみたいな感じだ。
「げっ? 効かない?」
それを見て、赤髪の少女は漫画汗をかいたように少し焦りの表情を見せた。
すかさずダメージ量を試るように、連続で腹辺りに素早い蹴りを繰り出す。
しかし、どれも効果はみられなかった。
デブは、焦る事なくその蹴りを掴み持ち上げた。
黒パンツ、モロ見えになってますよ!
そのモロ見えを見て、リーダーは愉快そうに笑い声をあげる。
「ハハハハッ、良い格好だな。
ざまぁないぜ」
「ぎゃーーーー!
ちょっと! 放しなさい!!」
「ソイツは物理耐性が高いからな。
攻略法が違うんだよ」
ひとさし指でコツコツとこめかみ辺りを軽く叩きながら馬鹿にしてくるリーダー。
そうやって逆さまになった赤髪の少女に近付く。
「残念だったな。
お前には、力で強引にでも俺らに付き合ってもらう事にするぜ」
「!!」
彼女の身動きがとれない事を良い事に、リーダーは、デブから彼女を簡単に奪う。
そして、いざ殴りかかろうとリーダーは拳を振りおろす。
その拳風に、赤髪の少女は身構えた。
だがその次の瞬間、バシッ! っと、肉と肉が弾け合う音が響く。
「?」
一瞬、何が起こったのか分からないような顔でリーダーが軽く驚いていた。
俺も軽く驚いていた。
何故なら、気付いた時には、俺は、リーダーの繰り出したパンチを片手で受け止めていたからだ。
手の平は、全く痛くない。
あんなに遠くからピンポイントに行動できるなんて、
こんなに的のど真ん中に命中するかの如く身のこなしをしたのは初めてだ。
『(だから言っただろう?
ステータスが上がってるって)』
得意げにハロが言う。
確かに身体が元いた世界よりも動きやすくなっている気がする。
『(フレイムフィスト/レベル0って言ってみ?)』
(フレイムフィスト? レベル0?)
『(まぁ、今使える武装だと思ってくれ)』
「……フレイムフィスト。レベル0」
言われた言葉を発した途端、俺の手に赤いオーラが纏う。
熱い。
「上等だ。オラッ!!
…………グッ!!」
リーダーが放った拳を自分の頬の横で空振りさせると同時に、
俺はヤツの腹にカウンターパンチを決めていた。
勝負は終わってみると、一瞬の出来事のように感じた。
だが、自分にとってのその間の出来事は、鮮明な出来事として記録されていた。
どうやら、動体視力と脳の処理能力が加速しるようだ。
意識すれば相手の動きがコマ送りのように見えるらしい。多分。
このまま俺は反撃を許さず、相手の片足のふともも下辺りに自分の片足を潜り込ませる。
体勢を後ろに崩させる為、その状態で刈るように蹴る。
稲刈り鎌の要領で、下から上に持ち上げるように、しっかりと勢いを付けて、思いっきり後ろまで足を引く。
相手が放ったパンチを戻そうとする際に、前にある重心を後ろに戻そうとするので、
そのタイミングを的確に狙えば、相手は自然にバランスが崩れ易い。
後ろへ倒すのに大した力は必要にならない。
すかさず、その内刈から流れるように、攻撃を繰り出す。
まずは、大股開きで大地を力強く踏み込んで、足腰を安定させる。
そうして軸足の力をプラスし、ガードが空いている脇腹に釣り針のような殴打を一発。
続けて、反対側の手で目の前の空に掌打を2度。
両方の拳で交互に素早く突きを放つ事で、左右の肩を前後に揺さぶっていく。
これは、先ほどの攻撃後のバランスを取る為だ。
また、この動きには、相手の攻撃から身体の的を捉えにくくする意義も含む。
その一瞬の動きの中で、リーダーは後ろに崩れた体勢を立て直せる状態に戻る時間のスキが生まれたが、こちらの動きの方が早い。
左手で打つ場所の狙いを定めながら、バネを伸ばすように思い切り右手の拳を後ろに下げる。
――――呼吸を奪う。
その一点のみ。
――――集中――――
最後の一撃を決めると決めた瞬間、自然と目がすわった。
無意識にフゥーと呼吸をしていて、静かに肺の空気も抜いていた。
無呼吸状態にしてからの次の呼吸は、一瞬の気合による瞬発的な呼吸への準備。
素早く吸って、素早く吐く。
この一連の呼吸のコントロールにより、吐く一瞬の時だけ、全身の筋肉の力の入り方が強くなる。
原理は、くしゃみをした時に感じる全身の硬直感と同じものであり、それを攻撃に応用している。
あの全身に突風が吹きぬけたかのような勢いをパンチ力へ加算する。
俺にとっては静かな時の流れの中で、今やリーダーの体勢が立て直されようとしている。
後ろに倒れるように崩れた体勢を立て直すと言う事は、反対側である前方に体重をかけるという事。
体勢的にかわす事は不可能な上、しっかりとパンチの威力を受け止められる状態だ。
相手の体重の安定性を狙った渾身のフレイムフィストアッパー。
――肺を狙う――――
「《フレイム0・炸裂拳》――――!」
「ガハッッッッ!!」
命中。
みぞおちよりも少し左上側の胸に炸裂。
ヒットした箇所には、自分の拳から熱が体内まで染み込むようにイメージした。
実際、その通りに手にまとわり付いていた赤いオーラがリーダーの胸に侵入していった。
「アッ!ッッッツ………!
……………………――クフッ……・・・。
・・・――ハッ……! ハッ……ッ!
…………く、クソッ――・・・」
肺への衝撃と熱で上手く呼吸ができないのだろう。
「ゼェ……ゼェ……。
チクショウ! ――退散だ!!」
「大丈夫っすか兄貴!?」
「うるせぇ!」
加減が分からず思いっきりやってしまったが、どうやら死に至るほどではないようで良かった。
走って逃げる元気はあるのだから、おそらくケガもないだろう。
いつの間にやら気絶していたチビも一緒になって逃げていた。
デブは一番後ろから追いかける形になっていた。
……走る方が辛そうだな、デブは。
『やー、よくやったよくやった!』
――ハロ。
ハロの声で我に返った。
俺勝ったのか。すげぇ。
ほとんど無意識に身体が動いてた。
いざとなれば、それなりにできるもんなんだなぁ。
……神様の力だけど。
ま、とにかく無事に終わって良かった。
ハロも嬉しそうだ。ハロの顔を見ると安心する。