1-1. 赤髪の冒険者 アイレス・フォーン 《出会い》
――ここが異世界か。
空は快晴で、実にのどかだ。
まず目の前に広がった世界は、レンガで組み立てられた童話のような古めかしい建物が沢山並んでいた。
他にも木で出来た家や、白いお城のような大きな建物もあるな。
現実と似た生物の姿をしている家畜やペットの姿も多い。
見渡す限り、赤い屋根と肌色の外壁ばかり。
その所々に果物を含む木々や花などの人の手で配置された植物があり、緑と馴染んでいる。
街並みは清潔そうで人気が多い。
鎧を着た人や魔法使いのローブを着た人、メイド服、身体に密着するタイプのピチピチのパイロットスーツのような物を着ている人だったり、メルヘンチックな民族衣装を着た庶民らしき人物など、人種も職種も様々な人並み。
――さて、そんな世界で俺は――
「トイレを探さなくては」
『違うだろ! ダンジョンだろ!
……あぁ! ツッコんでしまった』
この声は――神様か!
怒鳴っているような声だったが、まぁ呆れているといった方が合っている気がする。
思わぬ初めての通信だったが、映像と声のやり取りはできるようだ。
顔が見れるというだけで安心感が違うな。
通信映像で見るハロの姿は半透明で、基本はテレビの画面比率と同じくらいの16:9ほどの大きさで映っている。
だが他にも、通信側の感情や身体の動きで画面が変形するようだ。
画面の角度や方向も、俺の周囲を様々な角度で回ったりする。
それはさておき、今探すべきはトイレの場所。
「いや、重要な問題なんだ」
『そんなシリアス顔で答えられても……。
冒険者ギルドに行けばトイレくらいあるよ……』
「よし、ギルドへ行こう」
ハロの言葉を聞いた途端、俺は即決した。
トイレがあるというだけで心強いからな!
『ほんとにもう……。
君はトイレの心配している時だけカッコイイ顔になるよね』
「褒めてる?
でも今はそれどころじゃない(先にトイレが心配だ)」
『わかったわかった。
案内するからさ』
ハロの表情は少し呆れてたようだったが、その態度にどこか優しみを含んでいた。
聞いていて、とてもホッっとする声だ。
しかし、冷静になって考えてみると、外から見れば真面目でカッコイイ顔をしてる人が、内心トイレの心配してるというのも、シュール過ぎて後から少し笑えてきた。
でもまぁ、トイレ場所は把握しておかないと後で困るからな。うん。
ハロの案内のまま、俺は冒険者ギルドへ向かうのだった。
◇◇◇~~~~~~~~~~~~~~~~~~◇◇◇
【冒険者ギルドへの道中】
「それにしても、便秘で死んで異世界にいくなんてなぁ……」
『まぁ、君の他にも異世界に飛ばす事はあるんだけど、
便秘で行ったのは君が初めてだなぁ。
死因としては……そんなに珍しくないけどね』
「ハライタマンの俺が、果たしてこの世界でやっていけるか既に不安だ……」
『大丈夫大丈夫!
ボクの力を授けてるから問題ないって!
オッケーオッケー!』
知らない都市で進む度に気が沈んでいく俺とは反対に、ハロはとてもノーテンキに元気だ。
「ちょっと! やめてよね!!」
冒険者ギルドへ向かう途中、路地裏側の方で気が強そうな女の声がした。
それと合わせて、ならず者としか思えない20代~30代程の若い男性の声もいくつか聞こえてくる。
男は3人くらいか……?
俺は声が聞こえた方へ足を運び、様子を伺う事にした。
「へへっ、仲間探してたんだろぉ?
優しい優しい俺様達が、俺らのパーティに入れてやるって言ってんだよ。
戦力不足で困ってるんだろぉ?」
「うっさいわね!
誰も助けてくれなんて頼んでないわよ!」
男達は、女の子を路地裏の奥の壁際に取り囲むように追い詰めていた。
路地裏だけあって、狭い通路で昼でも薄暗い。
その背景らしく随分人気がなく、あるのは木箱と樽と上から見える日光くらいか。
ん~。赤い格好なのと赤い髪なのは分かるんだけど、どうもここからじゃ顔や何をされているのかまでは確認できないな。
だが、会話の内容は掴める。
俺は壁に隠れ、顔だけを少し出す形で、その様子の続きを覗いていた。
「このアークライト〈グリーン〉の宝石だって、
俺らの協力がなかったら手に入んなかっただろ?
欲しかったら仲間になれよ? な?」
「はぁ……。もういいわよソレ。
あげるからどっか行ってちょうだい」
ならず者達は、赤髪の少女にどんどん詰め寄っている。
筋肉質で身長2m程ありそうな奴が、おそらくならず者のリーダー格だろう。
一番身長が高い。
肌にパンパンに張り付くジーパンを着ていて、自慢の筋肉を見せ付けるかのごとく、裸のままの上半身の上からジャケットを着ている。
あとはバンダナ付けたデブとチビ。
チビはともかく、リーダーとデブは、それなりに筋肉量があり体格が良く強そうだ。
結構な戦力差を感じる状況だ。
だがそんな中、赤髪の少女は恐れる様子もない。
ため息まじりに肩を落としながら、片手でシッシッと虫や動物を追い払うかのような仕草をソイツらに向けていた。
取り囲んでいるならず者らは、それを見てもニヤニヤと不快な笑みを浮かべるだけで、気にも留めてない様子だ。
その強気は、自分より弱い相手だという自信があるからだろう。いやらしい。
「そうはいかねぇなぁ……。
手伝わせておいて、流石にアークライトだけってのも
礼としては不足してんだよなぁ……」
「だからあんたらが勝手に……!
ってちょっと! 触らないでよ!!」
リーダーの男は少女の胸の立間を指でなぞろうとしたが、赤髪の少女はそれをすぐに払い除けた。
最初から赤髪の少女の身体が目的だったのだろう。
アニメとかでは、王道展開として助けに入るべきなのだろうが……。
今の俺には自信がない。
……面倒事に巻き込まれる前に退散するか。
治安が分からない内は、首つっこんでも余計に被害が大きくなる可能性もあるからな。
多分ほっといても大丈夫だろ! あの女の子強そうだし。多分。
『うん、ほっとこう。
ああいう手合いは、たまによくいる上に件数が多い。
処理しても厄介なだけでキリがない。
故に厄介なんだけど。
だからある程度割り切るべきじゃないかな?
手を出しても余計な事になるだけで、本当の意味で助けられるとは限らない。
先にギルド行って来ようよ』
神様とは思えない台詞だ!
まぁ実際、自分の実力が測れない今は言う通りなんだけど……。
自分のステータスが上がっているって言われてもなぁ……。
元々が弱いだろうし、俺。
目を付けられたりとかで粘着されたり、余計に余計な事になるのは避けていきたい。
「ちょっと! いい加減見てないで助けなさいよね!」
……俺?
赤髪の少女と目が合ってしまった。多分。
「あぁ?」
ならず者達が赤髪の少女の視線の方向へ振り向く。
……呼ばれたのは気のせいだろう!
俺は目を合わせず立ち去る事にした。
「そぉーーこぉーーのぉーー!
少年んーーーーーー!!
助けなさいーーーーーー!!」
わざとらしく力いっぱいに叫ぶ赤髪の少女。
…………。
どうやら逃走は失敗したようだ。
『あぁ、めんどくせ……』
ハロが心底面倒そうな顔をしている……。
俺としても非常にお腹痛くなる事態になってしまった……。
ストレスに弱いんや……。
「んだコラ?
用がねぇならすっこんでてくれねぇか?」
ひえー! アイツらがこっち来た!
……とりあえずは揉め合いの事態を把握しないといけない。
落ち着いて話をし、経緯を聞いてみる事にしよう。
「何かあったんですか?
そこの女の子、とても嫌がっているようですが……」
「そこの女はなぁ、俺らに協力させておいて金も払わねぇっていう悪い奴さ。
だから親切な俺らが争わずに穏便に済ませようと説得してる所なんですよぉ」
リーダー格の奴が見下したように、俺の顔を腰を曲げて覗き込むようにガン付けてくる。
変に敬語を使ってきたのはどういう意図だろうか……?
ここの仕事事情が分かってないから、協力に料金が発生するかさえも不明だし、何も言い返せない……。
これ以上問答してても、質問ばっかりになりそうで余計に怒らせそうだ。
うぅ……。完全に俺の事を馬鹿にしてるんだろうな……。
ハロも映像の中でイラ立っている様子だ。
……というか、ボクシングのようなパンチの素振りをしている。
交互にパンチを出しながらシュッシュッっと発声しているようだが、音声は入っていない。
そのやる気を分けてくれよな……。
「だぁーかぁーらぁー。
頼んでないって」
赤髪の少女はとことん呆れ果てている様子だ。
「ソイツらが勝手に間に入ってきて戦利品横取りして、
協力だのなんだの因縁付けてきて金品を巻き上げようっていう
盗賊まがいの冒険者よ」