0-2. かわいい少女の神様に会いました
「やあ」
10代前半らしきボーイッシュな女の子のような声。
その声で俺は起こされた。
俺は……そうだ!
気絶したんだった!
ここは……どこだろう?
なんか辺りが真っ暗だぞ?
「おーい! しっかりしろー」
俺は声がした方へ振り向いた。
だが既に少女は俺の顔を覗き込むようにしていた。
か、かわいい……。
顔が近かった。
水色の髪で、腰くらいまであるポニーテール。
それでいてボーイッシュな顔立ちの少女の姿。
瞳の色はグリーン。
身長は150cm以下程度で小柄だった。
裸足で神々しさを感じる白いワンピースを着ている。
胸のサイズはFカップくらいか……? 結構ある。
なんか風呂上りのシャンプーみたいな良い匂いがする……。
これが女の子の香りってやつか……。
俺はもしかして、意識を失っている最中、この子の世話になったのかな?
と、とにかく凄くかわいい……。
「う~ん、死んだばっかりだから混乱してるのかなー?
返事してほしいなー」
しかめった困り顔をしながら、いじけたように少女は話しかけてくる。
――――ん? 待って。
今死んだって言った?
「誰が死んだの?」
「君だよ」
淡々とした態度で、食い気味にズバッっと即答された。
俺は、その様子にキョトンとする他なかった。
だがまずは冷静に思考を回す。
その為に落ち着かなくてはならない。
情報が無さ過ぎる。
「ん~~~~~~」
ううん……、あまりの事態に思考がまとまらない。
悩み過ぎて変顔で奇声を発してしまった。
「んん?」
が、今度は、それを聞いた少女が不思議そうにキョトンとしていた。
しかし、少女の目と唇は少し笑いを堪えているような震え方をしていた。
俺の顔があまりにもおかしかったのだろうか?
「俺…死んだの?」
「そうそう」
「まじか~~……。死因は?」
「便秘……というより、窒息に近いか?
……うん。トイレの中だから発見が遅れたのがおしかったね。
もう少し早かったら助かったなぁ」
「23歳という若さで、なおかつトイレの中で便秘死……。
…………。
うっ……ううっ……」
あまりの自分の馬鹿ばかしさに泣けてきた。
まだやりたい事あったのに、人生楽しく生きてみたかったのに、
何もできなかった。
思えば俺の人生、トイレにいた事が長かった記憶しかねぇ……。
あんまりだ……。
「な、泣くなよぉ……。
その為にボクがいるんだぜ?」
少女は、俺の肩にポンッと片手を置いた後、優しくさすってくれた。
あぁ……なんて優しい女の子だろうか。
――しかし、一体この少女は何者なんだろう?
俺は死んでるらしいし、ここが死後の世界から考えると――――、
「――もしかして――天使?」
「は? ……いやいや! 神だよ!
それよりずっと上位だ!」
「神ーーーー!」
「その通りだ」
今の自分は死によって、半ば自暴自棄になっていたのだろう。
耳に入る情報を、ほとんどそのまま受け入れてしまっていた。
それでも神というワードを聞いた時は驚きと半信半疑が混ざり合った。
その為、真顔のまま叫んでしまったり。
だが、おそらく本当の事だと分かる。
今の状態自体、異常だし。
自分を神だと呼ばれた時の少女は、ドヤ顔で腰に手をあて、
自信たっぷりに胸を張ってみせていた。
「自己紹介がまだだったね。
ボクの名前は、ハルウォート・ウェスキィ。
短くハロと呼んでくれ。
――突然だけど、ボクのお願い、聞いてくれないかな?」
胸の所で手の平を合わせ、困り眉でハロは頼んできた。
首の傾げ方がポイントとなり、その姿は最高にかわいかった。
「どんなの?」
「異世界に行って、
ダンジョンのラスボスを倒してくるだけの簡単なお仕事さ」
「…………。
絶対簡単じゃないよねソレ?」
「ハハハ」
ハロは空笑いをして誤魔化す。
「いやいや、君だって絶望してただろう?
トイレしかない人生にさ。
だから君の人生、トイレで過ごしていただけで終わらせない為にも、
この際、異世界で活躍して、
ちゃんとした人生をまっとうすべきだとボクは思うんだよね。
これはチャンスだよ!」
「成仏は?」
「ん~~~~、ダメ! ダメだよ!
めんど……魂が勿体無い!」
言い直した。
つまり厄介事を押し付けられてる可能性が非常に高い……。
不安要素が多い中、とても乗り気にはなれないぞ。
「向こうの世界に行ってもお腹痛くなりそうだしなぁ……」
とにかく、生きていた世界で腹痛に悩まされていた俺にとっての最大の不安はそれしかない。
「うっ……、それはまぁ……仕方ないかなぁ……?」
「えーーーーっ……。
……あっそうだ。
神様なんだからお腹治せないの?」
「それは無理だね。ごめんね」
「じゃあ行きたくない」
神様レベルでも治せない病気なのかコレ。
いや、もう死んでるから治療するのもあんまり関係ないのか?
とにかく、また生きて腹痛に悩まされながら作業する生活はゴメンだ。
「やってよ! 君しかいないんだよ!」
両手をグーで握り締め、全身に力がこもったように必死に頼み込んでくるハロ。
目を噛み締めたかのような表情に加え、
軽くベソをかいていた。
――しかし、どうしてラスボスを倒す勇者のような役目が自分しかいないのだろうか?
俺はそれを聞いてみる事にした。
「どうして?」
「ボクとのステータスの相性が良かったから。
ボクのバックアップによって、君の能力は限界以上に引き出される。
……つまりだ。
君は最強状態のまま異世界に行く事になるので、
基本魔物に苦しめられたり苦労する事はない。
大活躍できるぞぉ」
「お腹が痛くなるのが一番嫌だなぁ……」
「ううっ、そんなに嫌なのかソレ……」
確かに大いに活躍できる生活というのは憧れるし、悪い条件ではないような気はする。
……だけど、結局は向こうでも腹痛の苦しい思いはし続けなくちゃいけないんだよな……。
それを思うと、腹痛の心配で精一杯になり、とてもやる気にはなれない。
神様も困ってるんだろうけど、ここは助けてあげるべきかなぁ……。
どうしよう……。
「とりあえず、天界にトイレはないの?
済ませておきたい」
やるやらないにせよ、異世界に行くのならば、突然便意が起こる不安だけは取り除いておかなくては。
「ん? 神様はトイレしないよ?」
「え、マジ?」
「うん。それ肉体の話だからね。
霊体だったら関係ないよ」
「……じゃあ俺はこのままだとトイレしなくていいのか。
……じゃあ尚更行きたくない」
「んん~~~~!!」
両手をグーにして腕を交互上下にバタつかせているハロ。
いちいち仕草がかわいい……。
霊体だとトイレしなくていいのなら、このまま天国に行って悩みのない普通の生活がしたい。
絶対そっちの方が良いよな。
魔物と戦うなんて凄く怖いし、知らない土地は色々と不安しかない。
「じゃあ分かったよ。地獄に落としてやる」
「ヘエエェア!?」
ジト目でなんて事を言うんだ、この神様(ハロ)は!!
「プロフィールにもウンコマンって沢山書いて天界に送ってやるよ!」
「ナンデナンデ!?」
「君がいじわるだから」
「んんっ!」
しゃがみこみ、ジト目のまま睨み続け、ボソボソ声で責めてくるハロ。
いきなりの粗雑な悪意の処置に、俺は思わず押し黙ってしまい、んんっ! と声を漏らしてしまった。
なんて事だ! 強制的じゃあないか……。
く、くそう……マジか。
そんな条件出されたら受ける他ない……。
……元よりトイレで終わる人生なんて嫌だったんだし、ここでやり直すのも悪くはないかもしれない。
とてもノリ気ではないが、最悪という程でもないのは確かだ。
「……分かった。やるよ」
「ありがとー! じゃあここに契約を」
「どうやるの?」
「ボクの両手の上に手をかざしたままでいいよ」
言われるがまま、ハロの両手の上に手を置く。
その手の感触は柔らかかった……。
思えば、女の子とこんなに近くで話した事あったかな……。
俺の手を親指で軽く握ったハロは、そのまま目を瞑って俯き、詠唱を始めた。
「――汝。我がハルウォート・ウェスキィの眷属になる事を命じる。
――これから汝は、私に心・体・全てを捧げ、我に従属する。
――そして太陽の加護において、汝の血流に力を注ぐ。
――燃え尽きぬ核は不屈の心。輝く光は施しの心。
――太陽よ、どうかマナトの守護を。
――燃えよ燃えよ、その炎は汝のままに燃え盛る。
――――。
――異世界のルート、我がハルウォート・ウェスキィの魔力で解放。
――――開け!」
詠唱が終わると、俺達2人の足元に青い魔方陣が浮かび上がった。
そのまま、その色の光は円柱状に真っ直ぐ上へ伸びていきながら、俺達の身体は包まれていく。
その暖かい光を肌に感じながら、次第に身体が消えつつ浮かぶような気分になる。
このまま、気付いた瞬間には異世界に飛んでいるのだろう。
「異世界に行ったらどうしたらいい?」
「付いてから教えるよ! とりあえずがんばれーー!」
ハロは笑顔で応援している。
浮かんでいく俺の身体を見上げながら、嬉しそうにパーにした両手を上にかかげ、ピョンピョン飛び跳ねていた。
……犬みたいだ。
「トイレはどうしようーー?」
そういえば、向こうに付いてからのトイレ事情を聞くのを忘れていた。
「うーん……まぁ大丈夫だろ。
トイレくらい近くにあるさ。
最悪森の中でしたらいいよ。
……いってらっしゃい!
困った時は呼んでいいからねー!」
不安ばっかりだ……。