2-3. マッハで帰宅する
ダンジョンにトイレを求めるのは間違っているだろうか?
……いや、聞くまでもない。やはり必須である。
だって、今ココにこんなに困って泣きそうになっている女の子がいるんだから。
「ぐあああーーーーっ、じぃじぉょっ!
ど゛う゛し゛ま゛し゛ょ゛お゛お゛お゛ぉ゛ー゛ー゛ー゛ー゛!?」
トイレのドアから瞬足で戻ってきたシュー。
俺の上着の裾を掴んで泣きべそかきながら助けを求めている。
もうなんか、泣きべそと冷や汗と鼻水とかで顔がぐしゃぐしゃになっている。
いつ暴発してしまうか分からない所からくる焦りと、下半身の切迫感を堪えるモジモジした妙な動きで、必死なのは非常に伝わる。
俺もこんな状況になった時には神に祈ってしまう経験がよくあるので、気持ちは良く分かる。
……よく分かる。
「とりあえず落ち着いてくれ。
こうなったら仕方ない。こっから最寄のトイレは自宅しかない」
「う、うぐぅ!!」
「俺がおぶるから、背中に乗ってくれ。
ブースト加速で屋根づたいに高速で家に戻る。
……それまで我慢できるか?」
「な、なんとか耐えてみせます……!」
俺は屈んでシューをおぶってやる。
流石にシューは、冷や汗で汗ばんでいた。
今にも気絶しそうな雰囲気さえあって余計心配になる。
正直、ダンジョンの入り口に追加でトイレを作ってやるという選択肢もあった。
だが何しろ、設置で50万円の収益が発生するので、緊急時だからといって安易に作るわけにはいかない。
その履歴は、きちんと記録されているのだから。
撤去には時間がかかるし、来るタイミングでトイレがあったりなかったりなどすれば、人々は混乱するだろう。
また、最低限確認を取ればいい事だが、トイレを撤去する際に中にいる人に気付かないままだと、中にある存在ごと闇に葬って、二度とコチラへ戻ってこれないなどという事態にもなる。
設置はともかく、撤去には混乱を招く恐れも少なからずあるので、細心の注意を払わなければならない。
「最悪、森の中でするという選択肢もある」
「いえ、帰ってください……」
真剣な顔付きで言ってみたが、まぁ、流石に女の子だしね。
「揺れるかもしれないから、しっかり構えていてくれ。
・・・ブーストッ!」
俺は、なるべくシューへ負担がかからないように優しく動く。
そして尚且つ迅速に街へ戻る。
彼女はきっと救ってみせる。
◇◇◇~~~~~~~~~~~~~~~~~~◇◇◇
【街中】
「あ、あれってマナトさんじゃない!?」
「えっ!? どこどこっ!?」
「キャーッ! ホントだ!
何で屋根つたって走ってるの!?」
「よく分からないけど、きっと大変な事なんだわ!
だってほら、背中に女の子背負ってるし」
「羨ましいーーーーっ! 私もおんぶしてもらいたい!」
「でも急患かもしれないじゃない?」
「あっ、そっかー……。優しいのねマナトさん」
俺が屋根をつたって目的地に向かっている途中、街娘の黄色い声援が送られてくる。
……やめてくれ。
「う゛ら゛や゛ま゛し゛く゛な゛い゛ですぅ……」
流石に、今メンタルに来ているシューに、この声援は辛そうだ。
いやすまんな……。
なるべく人通りのない場所を選んだつもりだったが、どうしても注目を浴びてしまう…。
「「「「マナトさん、がんばれーーーーっ!!」」」
街中に響く声援の声。
いらねぇ! 本気でいらねぇ!
今トイレに向かって全力疾走中なんだよ! ほっといてあげてくれよ!!
「私、師匠の事、人気でちょっぴり羨ましいと思ってたんですが、今ちょっと考え直しました。
師匠、いっつもこんな気持ちしてたんですね……。
こんな時に注目されたくないですぅ……」
「すまん……。俺が目立つ存在であるばっかりに……」
「ところで師匠、私はもう限界が近いです」
「は?」
「助けて……」
みるみるうちにシューが弱っていく。
顔色も大分悪い。
その弱りかけの状態も、背中からの感触で感じ取れるほど弱っている。
「いやもうすぐだから! 頑張れ!
もっと速度出すけどいいか!?」
「は゛い゛」
シューの弱りっぷりには、流石の俺も少し焦りを覚えた。
気持ちが共感できるだけに同情する。
凄く助けてあげたい気持ちが大きくなる……。
「便意は痛みで誤魔化せたりするから、それでなんとか……!
俺が必ずシューを救ってみせる!
まだ諦めるんじゃない!」
俺からの助言を信じ、シューは頬を強く抓る。
「はうぅぅぅ~~~~」
涙ぐんでてかわいそう……。
この経験は必ず今後のトイレ事情に生かす事にしよう……。
◇◇◇~~~~~~~~~~~~~~~~~~◇◇◇
【自宅】
シューに必死に衣服を握りしめられながらも、なんとか帰宅する事ができた。
シューは……、まだ大丈夫そうだ。
「ほら、着いたよ」
「アッアッ」
俺の背中から降りたシューは、片手でお尻を抑えつつ、内股でひょこひょこと鳥のような歩き方をしながらトイレへ向かった。
なんとか間に合ったかぁ……。
「限界です」という一言を聞いた時には凄くヒヤヒヤした。
「ありがとうございますマナトさん。
私、マナトさんがいなければ確実に死んでました。
……社会的に」
シューは、ふらふらな状態でお礼を言いつつ、お腹を押さえながらトイレに入る。
「大変だな、マナト達は」
救出劇をずっと見守ってきたハロが実体化して、やれやれといった感じで声をかけてくる。
シューは必死で気付いていなかったが、ハロはハロで影ながら回復して腹痛を抑えてくれていた。
なんだかんだでハロは優しい。
「早く治ってくんないかなぁ……この病気も」
そうボヤきながら、俺も一応トイレを済ます。
早くダンジョンへ戻らないとなぁ……。
◇ ◇ ◇
「はぁ……スッキリしました」
トイレから戻ってきたシューは、神の祝福を受けたかのような救われた笑顔をしていた。
「そうか。もう大丈夫?
アイレス達の所へ戻るけど、無理そうだったら休んでていいよ」
「いいえ、もう大丈夫です。
残す所はボスだけですし、大体ダンジョンの感覚も掴めてきたので」
「じゃあ忘れ物とかなかったらすぐ戻ろう。心配だし」
「あっ、私思ったんですけど。
師匠と私が合体すれば敵なしだと思うんですよね」
「?」
「ほら、師匠が私をおぶってここまで来たでしょう?
その時、師匠の魔力の流れが読めたんですよ。
つまり、師匠は太陽魔法が使えますから、師匠は太陽魔法を雑に発動させつつ、私がコントロールする。みたいな事が可能だなって……。
まぁ、おんぶした状態である事が必要条件ですが……。
早く戻るのであれば、師匠はブーストしながら太陽魔法。
私はそれをコントロールして敵を殲滅。
これで最強じゃないですか?」
「へぇ。じゃあ、できるのであればそれでいこう」
「はいっ!」
元気いっぱいに返事をする所を見ても、シューはもう平気だろう。
俺はこの提案を受け入れ、早速ダンジョンへ戻っていった。
◇◇◇~~~~~~~~~~~~~~~~~~◇◇◇
【ダンジョン・攻略中】
ダンジョンに戻ってきた俺は、早速シューをおぶる事にした。
「これでいいのか?」
――こんなんで本当に合体技が出るのだろうか?
子守のような姿では、そんな疑問を抱かずにはいられない。
決して見栄えが良い訳でもない為、一応確認を取る。
「はい、大丈夫です。
師匠が腰に付けてるバックパックにプロミネンス・レイの魔力を込めたら、自動的に無属性の弾丸を伝って私の方に流れて来るので、杖はそのバイパスの役割を果たします。
攻撃のコントロールだけ私がするので、安心してください」
「じゃあ、プロミネンス技発動させてからブーストで移動するから」
その言葉を聞いて、シューは俺の首元にしっかりとしがみつく。
「我が太陽よ。その輝きを剣に点もせ。
生命を護る清浄なる炎は穢れる事なき。
太陽の裁定により悪を区別する。
放たれる光は、一切の不浄を許さず」
続けてシューが詠唱する。
俺の頭上で両手で横に構えた杖を前に突き出し、発動の準備をした。
「技継承。太陽魔法を我が支配下に。
ロードコントロール」
そう唱えてる最中、身体が青白い光に包まれていって消えた。
――――確かに魔法は発動はしているようだが、技自体は出ない。
ちゃんとコントロールはアチラに渡っているという事だろう。
だが、これは常時発動しっぱなし状態で、常に魔力を消費し続けているようだ。
節約はできない技だ。
「それじゃあいきますよ、マナトさん!
連射しますからね! 気にせず走ってください」
おぶられている横から、シューは嬉しそうに顔を出してくる。
「了解。ブーストッ」
俺のダッシュと同時に、シューは杖をブンブンと振り回しながらプロミレンス・レイをぶっ放していく。
「いっけーーーーーーーーーっ! わはははははっ!
ターゲット! ターゲット! ターゲット!
見てください師匠! ザコですよ! ザコ!」
シューは、俺の背中ではしゃぎながらプロミネンス・レイを軽々しく乱れ撃ちしていった。
補助魔法であるターゲットを使う事によって、命中率は100%。
敵は吸い込まれるように撃墜されていっている。
……いや、とんでもない。
敵なんかもはや気にするほどでもない存在といわんばかりの楽勝っぷり。
プロミネンス・レイのビームの軌道なんか、ぐにゃんぐにゃんと曲線を描いたホーミングレーザー。
自分が使うモノよりも威力は落ちているが、ザコ相手にはオーバーキルというべき火力。
さしずめMAP兵器といった感じが強い。
まぁ、おぶっていないと使えない合体技だというのが欠点かな。
見栄えも悪いし……。
とにかく、これで他を気にする事なく加速に集中できるようになった。
アイレス達の事も心配だし、早く合流してあげないと。