れぴねま
放課後。夕日は校舎に遮られ昼間の喧騒が嘘の様に静まり返った教室。
下校時間はとうに過ぎている筈なのに、そこなは二人分の吐息があった。
同じ教室、同じ授業、同じ時間を過ごしてきた二人…仲の良い友達と呼ぶにはその距離感はあまりにも近く、かといって恋人とは呼べない間柄。
「ねぇ、ねまきちゃん…私ね、ずっと秘密にしてたことがあるんだ…」
薄暗い教室のひんやりとした空気を溶かすような熱。まだ幼さの方が色濃く映る外見に反して、少女の中には確かな情欲の種火が息衝いていた。
「えっ…どうしたの?なんかれぴあちゃん…怖いよ…?」
予感はあった。以前より二人で過ごす時間が日に日に増えていたし、明らかに身体と身体が触れ合う頻度が多くなっていた。
ただ、今の関係を壊したくなくてーー彼女に嫌われたくなくて、自分からは切り出すことがどうしても出来ずにいた。
そんな今までの苦悩と躊躇を嘲笑うかのように、刻々と夜へと移行する教室の静寂が二人の背中を押していく。
「私ね…ねまきちゃんの事が、好きなの…友達としてじゃなくて…」
「れぴあちゃん…でも、私たち、女の子、だよ…?」
女同士。仲の良い友達。それが側から見れば異常な関係になってしまうという不安。それがねまきの身体を強張らせる。
手を伸ばせば容易に触れられる距離。それが二人の吐息が心音と共に融け合って感じられる程に近付いていく。
遮る物は何もなかった。紡ごうとした言葉も尽きてしまった。止める事はきっともう出来ない、そう思ってしまった時にねまきの不安には期待が混じり始めていた。
「ねまきちゃん…」
恐る恐る、だがしっかりと身体を抱き寄せられる。衣服越しでも痛い程に感じる鼓動。それがれぴあの物なのか、それとも自分の物なのかーーねまきにはもう分からなかった。
「れぴあちゃ…んっ」
発しかけた言葉は、意外な程に冷たく震えた唇に塞がれてしまった。
(ああ…怖かったのは、不安だったのはれぴあちゃんも同じだったんだ…)
ねまきの抱いていた不安は、重ねられた唇の熱が馴染む程に愛おしさへと変わっていった。指先は痺れて感覚が無くなる程に緊張しているのに、耳が燃えるように熱い。いや、耳だけではない…今まで出会った事のない感覚に戸惑いながらも、ねまきは自身を貫いていく浮遊感にすっかり酔ってしまっていた。
「ごめんね…イヤ、だったかな…?ごめんね…」
触れ合うだけの口付けだったが、二人の感情と体温は理性を奪うに充分な咬合を果たしていた。
「イヤじゃ…ないよ?ちょっと、びっくりしたけど、でも…うん、嬉し、かった…」
両手の指と指を絡ませ、二人の関係が歪んで消えてしまわなかった事に安堵した途端、自然と笑顔と涙が浮かんできた。
「ありがと、ありがと…ねまきちゃん、大好き!」
「うん、私も…大好き」
額を合わせて笑い合う。明日からまた、今まで通りの…今まで以上に近付いた二人の生活が始まる。教壇に飾られたガーベラの花が僅かに揺れた。まるで二人を祝福するかのように。