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3.私、この人のこと、最後にできる?

2年前。ただ一日の中で、一言ずつでも言葉を交わすことができたら。

1年前。ただ一週間の中で、一日でも見かけることができたら。

そして今日。想い続けた透也(とうや)先輩が私の想いを受け止めてくれたの。


私と透也先輩は中学でバスケ部に所属していて、お互いの練習場所は天井からつり下げられたネットをはさんだ隣同士のコート。

一年生の頃は、部の三年生に恐い女の先輩がいて、部員の同級生達とそのことばかり気にしていて男子バスケ部どころではなかった。

二年生になると、同級生の女子部員の何人かが部の一つ年上の女の先輩と仲良くなっていて、私もまぜてもらって遊びに行くことになった。

集合場所に着くと、そこには男子部員もおり、その中に透也先輩がいた。

透也先輩の顔と名前しか知らなかった私は、その日彼の気さくさに心を奪われることとなる。

そして、その日を境に透也先輩はネット越しに話しかけてくれるようになる。

二年生女子部員の複数の一人として。

夏に透也先輩は私を特別視することないまま引退試合を終え、私は彼を特別視したままその試合を見届けた。

会場には透也先輩の彼女も応援に来ていた。

見届ける以外に何ができたのだろう。

秋から透也先輩は受験生になり、ただ週一で部に遊びに来てくれたり、廊下ですれ違ったり、購買部で顔を合わせたりした。

冬には話す頻度がだんだん少なくなり、ただ姿を目で追い、心の中で夏の透也先輩と姿を重ねた。

“透也先輩が卒業してしまう”

卒業間近にある日突然、部の友達が私に走り寄って報告しに来た。

「透也先輩にばれてるんだって!気持ち!」

聞いた瞬間にはよく理解できなくて、しばらく目と口は閉じることを放棄していた。

どういう経緯でそうなってしまったかは分からなかったが、透也先輩は私の気持ちを知ってしまったようだった。

卒業式後。部員で先輩方に花束と色紙を贈る。

私は恥ずかしさで女子の先輩方とばかり話し、男子の先輩方の方には背を向けた。

時間が経ち、一人一人先輩方が帰ってゆく。

新しい世界に歩き出す後ろ姿を何人か見送って、透也先輩の番になった。

透也先輩は「また遊びに来るよ」とみんなに言い、私の前を通り過ぎようとした。

最後に顔を上げた私の視線と透也先輩の視線が合う。

「またな」

目の前を通り過ぎたのは、少し寂しそうな、思いやりの込められた頬笑み。

私、この人のこと、最後にできる?

4月になり、透也先輩が当たり前のようにいなくなった。

桜の花びらは美しさよりも寂しさをふりまく。

透也先輩が昼休みによくクラスメートと座っていたベンチに一人で座ってみた。

ここに座ることができることが、透也先輩が不在の証明。

「何も迷惑かけないから……追いかけていいですか?」

呟いた日から、一つランクの高い高校を受けることを決意した。

部活と塾の両立は大変だったが、顧問の先生に理解があったので助かった。

電車で通う塾。

時に、駅では高校生の姿をよく見かけた。

駅でとてもぼんやりして帰宅のための電車を待っていた日。

でも実際はいつもいつも探していたのかもしれない。

どこかで透也先輩の姿を。

流れ着いて、開く電車から夢の中でしか存在しなかった透也先輩が降り立った。

その瞬間に、自分が何かを信じ続けることでほんの少しでも報われることの可能性を全身に感じた。

気づかず何もなかったかのように去っていく透也先輩。

気づき新たな気持ちを芽生えさせ電車に乗り込む私。

この時間に降りる駅ってことは家の最寄り駅なのかな……こうして受験を頑張ることと並行して会える可能性がついてくるなんて……。

電車の流れについてくる夜空の月を見上げながら、胸の上で握られた手に力がこもった。

そしてその年に突然何の前触れもなく、幼い頃から男手だけで育ててくれた父が人生の新たな挑戦を求めていると私達姉妹に告白する。

2週間後、父は友人とベトナムに旅立った。

父は「日常」ではなく「非日常」に属することで、生きていることを実感する特性を持っていた。

そんな父が私達を育て続けてくれている間、ずっとその本当の自分を抑えて、「日常」を築き上げてくれていたんだ。それはもう、本来の父にとっては気が遠くなる年月を。

まるで今まで呼吸を我慢していた人間かのように「非日常」に新鮮な空気を求め、いなくなった一人の家族。

訳が分からない空気に包まれて、自分の足元が見えなくなった。

ただ、私の隣でなんとか足元を見ようとしていたのが姉だ。

知人が個人で経営するカフェの雇われ副店長として働いていた姉は、貯めたお金でいつかこの訳が分からない空気のつまったマンションから新しいところに引っ越そうと言った。

普段、家では無口な姉から出た、感情を込めた言葉。

私は言葉なくうなずき、受験はいつしか先輩を追いかけるためだけでなく、自分が自分を維持するための“生きる理由”となっていた。

そして私には。

新しい部屋で、目指していた学校に通う今がある。

その新しい環境で、遠い残像のような記憶として心の中にいた透也先輩と思いがけない再会をする。

初めて周りに部員がいない状況で話す透也先輩はとても話しやすくて、予想以上に懐かしんでくれて、不思議と身近に感じることができた。

そうか……、私の周りではあらゆる状況が変化したけど、透也先輩の気さくさは変わってないんだ。

たまたま学校から家への方向が同じだった私と透也先輩は何度か帰宅の途で顔を合わせ、そして時に彼は自転車を降りて隣を歩いてくれた。

「私、今でも好きですよ?」

その何度目かで透也先輩が中学の卒業式の話をした時に、私はまるで何もこわいものがないかのように自然に想いを口にしていた。

そのあまりの自然さにしばらく驚いて言葉を出せずにいる透也先輩。

ただ「ありがとう」と言われるであろう自分を想像する私。

きっとここで想いを口にすることでぎこちなくなり、透也先輩とはもう何も話せなくなるようなことはないはずだ。

もしそうなったとしてもしょうがない。

何もこわくない。

いつかまた透也先輩が目の前からいなくなる前に、ここまでやってくることができた自分を真正面から先輩に見てもらいたかった。

それでいいんだ。

「どうしよう……」

つぶやいた透也先輩の表情をうかがい見る。

「すごく嬉しいな……」

その迷いを含んだ言葉は、私の想像の世界にはないものだった。

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