第5話
「天が呼ぶ、地が呼ぶ、愛しい人が呼ぶ! 愛がほしいと俺を呼ぶっ!」
体育館にいた全員がこちらに注目した。
(見てる見てる)
赤いマスクで顔を隠し、口には真っ赤な一輪のバラを啣えた。その正体が嵐丸であることはきっと誰も気付いていないだろう。
嵐丸は今まさに興奮の頂点へと登りつめようとしていた。
「な、何者っ?」
待っていたお約束の掛け声。
「人呼んで『赤いマスクの美少年』見参っ!」
赤いマントをばさぁとひるがえし、啣えていたバラをふわりと投げる。
「ダサダサなネーミング。見たまんまじゃんか」
背後で悟衛門が小声で呟くのを、嵐丸は聞き逃さなかった。
「ヒーローは赤と昔から決まってるんだ」
今も昔もヒーローごっこは嵐丸のマイブームだった。
「つきあわされる身にもなってくれよなぁ。けっこう恥ずかしいんだぜ」
悟衛門がそう言った瞬間、嵐丸は回し蹴りを喰らわせる。悟衛門は見事に壁にその頭をめりこませていた。
(愚か者め)
嵐丸は嘆息すると、再び向き直る。
「天下の『爽風嵐丸親衛隊』がよってたかって副会長いじめとは感心せんな」
とおっ、とジャンプし、くるりと一回転して慎の前に着地する。
「え、えらそうな口を……」
親衛隊隊長は臆した様子もなく、キッと目を吊り上げる。やはりこちらの正体には気付いていないようである。心なしかセリフが棒読みのような気もするが、ここはあえて気にしないことにする。
「みんな、徳平をやる前にこっちを先になんとかしなさいっ!」
親衛隊隊長の号令一下で、慎を取り押さえている者以外の全員が嵐丸に襲いかかってくる。
心なしかその表情はとてもうれしそうに見えるが、ここでもあえて気にしないことにする。
「ふっ、ムダなことを」
嵐丸はほくそ笑むと、瞬時に行動に移った。
「ひっさぁーつっ、コールドフィンガァッ!」
右手が黄金色のオーラに包まれる。
襲いかかってくる親衛隊隊員たちの間を華麗にすり抜けていく。
直後、全員が惚けたようにその場に倒れ伏す。
それはまさに数秒の出来事だった。
説明しよう!
嵐丸はすれ違いざま、右手でズボンをずらし、大事なモノを握ると上下に擦る。あっという間に、昇天。次から次へと親衛隊隊員を快楽の園へ導いていったのである。
残るは、慎を取り押さえている数人と親衛隊隊長のみ。
「よ、よくも」
親衛隊隊長は右手に持っていたサバイバルナイフを投げ捨て、顔を紅潮させて突進してくる。心なしか唇を尖らせているような気もするが、ここでもしつこいようだがあえて気にしないことにする。
嵐丸はその場から動くことなく、先程と同じ手口で親衛隊隊長をあっさりと昇天させた。
慎を取り押さえていた親衛隊隊員はすっかり悟衛門に横取りされてしまっていた。
「ごっちさーん おいらも早く百人抜きやってみてぇー」
「一億光年早いんだよ!」
獲物を横取りされてご機嫌ななめな嵐丸は、満足気な笑みを浮かべる悟衛門の頭にかかと落としを喰らわせる。
ごきっ、という鈍い音がかかとに響いた。
「あ、あの……」
慎はあ然とした表情でこちらを見上げていた。その白く美しい裸体がいつになく嵐丸を激しく刺激する。
嵐丸は悟衛門の頭から足を下ろした。
「大丈夫だったか?」
嵐丸は自分のマントを外すと、慎の美しい裸体を包み込んだ。きっと慎は恐怖から解放され安堵の涙を流しながらこの胸に顔を埋めることだろう。
(あぁ、なんてドラマチックなんだぁ)
自分の世界に陶酔する嵐丸。
が。
「……会長、なんて格好してるんですか? またそれも生徒会の予算使って購入したんじゃないでしょうね?」
嵐丸の期待は虚しく、慎は冷たい眼差しをこちらに向けて、マスクを剥ぎ取る。
「どうして俺だってわかった?」
「わからない方が不思議です! みんなだってホントはわかってたのに、会長に気遣ってあえて気付かないフリしててくれたんです」
「絶対バレないと思ってたのに……」
嵐丸はショックのあまり慎に背を向けて、いじけて座り込み床にのの字を書く。
「だからぁ、おいらが言ったじゃん。いっそのこと着ぐるみにしちまえ、って」
「そうしたら、俺の美しい顔が隠れてしまうだろう」
嵐丸は慎からマスクを取り返すと、再び装着し華麗にポーズなどを決めてみせる。
「あなたは『反省』という言葉を知らないんですか?」
振り向くと、慎が頭を抱えていた。
「こんな事態を招いてしまったのは誰のせいだと思ってるんですか?」
嵐丸は迷うことなく慎を指差した。意外だといわんばかりの表情を見せる慎。
「お前が俺の求愛を拒むからだ。俺は相手の同意がないと手はつけん主義なんだ!」
「じゃあ、さっきのは相手の同意のもとに行なわれたんですか?」
半眼でこちらを見据える慎。
「もちろんだっ!」
嵐丸はきっぱりと答えた。自分の親衛隊隊員である以上は、いつでもOKということなのだ。
「………」
慎は言葉を失っていた。
「おいらは相手の同意なんか関係ないもーん」
横から悟衛門が割り込み、慎の唇を奪おうとする。
「二度もさせるかっ!」
嵐丸はすばやく右腕を振りかぶって悟衛門にラリアートを喰らわせると、そのまま勢いをつけて吹き飛ばした。悟衛門はバスケットボールのゴールにはまって目を回していた。
「ボクは彼に触れることすらできなかったのに」
慎は信じられないといった顔で、嵐丸を凝視していた。
「彼の言ってたことはまんざらウソでもなかったんだ」
「悟衛門の奴、何か言ったのか?」
「会長のこと『黄金の右手を持つ男』だって」
慎の目が心なしか尊敬してくれているような気がした。しかし、慎はその意味を少し勘違いしているような気もしないではないが。
(今なら落とせるか)
この最大のチャンスを逃してはならない。
「何だったら、今ここでそれを試してみてもいいんだが」
嵐丸は左手で慎の顔を上に向けさせ、右手を下半身へと伸ばしていく。右手が黄金色のオーラを発し始める。
嵐丸の唇が慎のピンク色の唇に触れようとしたその瞬間。
「ダメです!」
慎は弾けるように嵐丸の腕の中から逃げ出す。
「どうして?」
「ボクはもう汚れてしまったから」
「汚れた?」
「ボクは悟衛門くんに……」
慎はゴールで目を回している悟衛門を見た。慎は悟衛門に昇天させられたことを言っているのだろう。しかし、それをさせたのは嵐丸本人である。知らないはずがなかった。
まさに事は嵐丸の計画通りに進んでいた。
「心外だな。俺はそんなに心のせまい男じゃないぜ」
嵐丸は大げさに両手を広げる。
「会長!」
慎は瞳をうるませて嵐丸の胸に飛び込んでくる。嵐丸はやさしく慎を包み込む。
これはもう同意したも同然といえよう。
嵐丸は慎の唇を激しく貪った。慎も舌を絡めてくる。
(やっとやっと慎が俺のことをーっ!)
嵐丸の感激はそのまま自分の下半身へと伝わっていく。
メラメラと愛のパワーがみなぎっていく。慎の気が変わらないうちにこのまま一気にフェードインするしかない。
嵐丸は慎の大事なモノを弄びながら、口付けを首筋から胸へと。
「あ……んっ」
初めて聞く慎の喘ぎ声に、嵐丸はますます気持ちが高ぶっていくのを感じていた。
(じらしちゃおっかなぁ)
などと、いたずら心もかきたてられる。
「あの日……会長に初めてキスされた……時から……あっ……ん……ボクはホントはずっと……会長のこと……はぁ……好きだっ……たん……」
喘ぎながらも、慎は懸命に何かを伝えようとしていた。
「あの日? 初めてキスした?」
思わずオウム返しに聞き返してしまう。
「今のが初めてだろう?」
嵐丸にはまったく記憶がなかった。慎に会ったのは入学式が初めてではなかったのか。
愛撫を中断して、嵐丸は考え込む。
思い出せない嵐丸に、慎の顔はだんだん険しくなっていく。さっきまで熱いムードはもう微塵も感じられなかった。
「まさか、憶えてないんですか? ボクが花園に受験に来た時のこと?」
「あ、いや。そんなことは」
などと、とぼけてみせながら、嵐丸は必死に思い出そうとする。
が。
「ボクがバカでした」
慎は下半身に置いてあった嵐丸の右手を払いのける。
「考えてみれば、会長みたいなちゃらんぽらんな人間がたかが一度キスしたぐらいの人間のことをいつまでも憶えているはずがなかったんだ」
「お、憶えてるって」
慎のどこかトゲのある口調に、嵐丸はあわててとりつくろおうとでまかせを言う。やはり見え見えだったのか、慎はまったく信用してないといった感じだ。
「助けてくれたことには一応感謝しておきますが、二度とこんなことにならないように親衛隊の管理をしっかりとお願いします。それと、ボクの提案のことも!」
むすっとした顔で慎は立ち上がると、スタスタと歩いていく。
「待てよ、待てったら」
後ろから慎の右腕をつかみ、引き止める。
「ボクに触らないでくださいっ!」
慎に左手を取られると、例によって例のごとく今度は巴投げを喰らって吹き飛ばされる嵐丸。体育館の窓を格子ごと破壊し、空の彼方へと飛んでいく。
「ここまできてそりゃあねぇだろーっ!」
嵐丸の雄叫びがいつまでもいつまでも秋の夕空に響き渡った。
哀れ、嵐丸。
慎と結ばれる日がくるのはいつの日のことか。
おしまい
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