第4話
昇天。
雅祐はぐったりと倒れると、遠くを見つめていた。快楽の余韻に浸っているのだろう。
「嵐丸、大変なことになったぞー」
セリフの割りには緊迫感のない声で、悟衛門がテラスから飛び込んでくる。
「ぐえっ」
哀れ雅祐は思いっきり悟衛門の着地点となっていた。
「時と場合を考えて入ってこい、バカ者!」
嵐丸は右拳を容赦なく悟衛門の顔面にめりこませた。
「いーじゃんか、もう終わっちまってんだから」
ぐりぐりとめりこんだ拳を抜きながら文句を言う悟衛門。
「で、何だ?」
「慎ちゃん拉致られた」
けろっとした顔で答える悟衛門。
「思ったより早い展開だな。それで、お前はその時何やってたんだ?」
「見てた。とりあえずは任務は完了したし」
「見てた?」
「うん。ただ見てた。だって嵐丸は慎ちゃんのこと見張ってろとは言ったけど、守れとは言わなかったじゃん」
嵐丸はもう一度悟衛門の顔面に右拳をめりこませた。
「お前にちゃんと言わなかった俺がバカだったよ」
「そう思うんなら、早くこの拳のけてくんない?」
人差し指で嵐丸の右拳を差して、悟衛門。
「居場所ぐらい突き止めてんだろうな?」
嵐丸は右拳を抜こうとはせず、逆にぐいぐいは押し込む。拳と顔の隙間から血が流れている。おそらく鼻血でも出したのだろう。
「もちっ! だから早くどけてくれよー」
「その前に僕の上からどいて下さーい」
消え入るような声が足元から聞こえてくる。見ると、下腹部に悟衛門を乗っけて顔面蒼白の雅祐がいた。
「あ、悪りぃ悪りぃ」
顔面に拳をめりこませたまま、悟衛門は移動する。
「バカやってるヒマはねぇぞ」
嵐丸は右拳を引いた。
「まさか、またアレやんのか?」
鼻血を垂らしながら、うんざりした顔で悟衛門が言う。
「つべこべ言わずにさっさと案内しろ」
嵐丸は悟衛門の尻を蹴り上げた。ぶつくさと文句を言いながら先を行く悟衛門に続いて嵐丸も生徒会室を出ていく。
「お気をつけてぇ」
弱々しい雅祐の声が、嵐丸たちを見送った。
「これからどうするおつもりですか?」
後頭部に鈍痛を感じながら目を覚ました慎の耳に一番最初に入ってきたのはそんな言葉だった。
(冷たい)
全身がひんやりと冷たかった。ぼんやりと視界に入ってきたのは、バスケットボールのゴール。すぐにここが体育館だとわかる。冷たいと感じたのは、自分が体育館の床に寝転がっているからだ。
そして、次の瞬間には自分が全裸であることに気付く。
(なっ……どうして?)
慎はあわてて飛び起きる。同時に何人かの騒めく声が聞こえた。
「何だ、もう目覚ましちゃったんだ」
聞き覚えのある甲高い声に、慎は振り向いた。その数ざっと五十人はくだらなかった。その中心に立つ一際目立った細身の美少年は確か『爽風嵐丸親衛隊』の隊長のはず。名前は覚えていないが。妙になよなよしたところが慎は嫌いだった。
親衛隊隊長は優雅に足取りでこちらにやってくる。全裸なおかげで慎は縮こまってしまう。それを優越感に浸って見下ろす親衛隊隊長。負けずと目線だけでは威嚇するのだが、どうも全裸では迫力に欠ける。
「ボクをどうするつもりだ?」
「どうしようかなぁ」
なめまわすように慎の裸体を見つめる親衛隊隊長。ぞっとして全身が粟立つ。できることならここにいる全員をたたきのめして、服を剥ぎ取りさっさと逃げだしたい。
「君さぁ、嵐丸さまに気に入られてるからってちょっといい気になりすぎてるんだよねぇ。僕たち親衛隊のことも考えてもう少し自分の立場をわきまえて行動してほしいんだよ」
「充分にわきまえてるつもりだけど」
慎の言葉が癇に障ったのか、親衛隊隊長はこちらの髪の毛を鷲掴みにすると、怒りに満ちた顔を近付けてくる。
「やっぱりおしおきが必要みたいだね」
髪の毛から手を離すと、指をパチンと鳴らす。
親衛隊の数人−−しかも体力に自信のありそうな−−がこちらにやってきたかと思うと、慎の両手足をつかもうとする。
「何するんだっ!」
必死に抵抗する慎だったが、全裸であることがネックとなり思った反撃がてきない。
(しまった!)
ひとりが慎の右足にしがみついた。そして、続いてもうひとりが左足に。
「ムダな抵抗はやめておいた方が身のためですよ」
親衛隊隊長がくくっと喉を鳴らして笑う。慎がいたぶられる姿を思い切り楽しんでいるといった様子だった。
両足を封じられた慎はあっけなく両腕も封じられる。白い裸体が全員の前であらわになる。
顔が熱く火照っていくのがわかる。恥ずかしさと怒りの感情が入り交じっていた。
「さあ、おしおきの時間だよ」
親衛隊隊長の右手には、どこから持ってきたのかいつの間にかサバイバルナイフが握られていた。その瞳は嫉妬という感情の炎をメラメラと燃やしていた。
「何をする気だ?」
「本当はレイプしようかと思ったんだけど、気が変わったよ。それぐらいのことでは君はこりないだろうからね」
親衛隊隊長はあらわになった慎の大事なモノを握りしめた。
「これさえなければ、お前はもう嵐丸さまに愛されることはない」
力が必要以上にこめられる。しかし、慎は苦痛と恐怖をけっして顔には出さなかった。出せば、それは自分の敗北を意味していたからだ。
(どうしてボクがこんな目にあわなきゃならないんだ。すべては会長のせいだ! くそー、死んだら絶対に化けて出てやるぅーっ!)
最大の危機を目の前にして、慎が考えたのはそんなことだった。
「あーはっはっはっはっはっはっー」
突然、何の前触れもなくその爽やかな笑い声は体育館に木霊した。




