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第3話

 生徒会室を出て中庭にさしかかる頃、慎はおびただしい殺気を感じていた。

(ムリもないか)

 慎は胸中で毒づいた。とっさのこととはいえ、あの生徒会長を投げ飛ばしてしまったのだから、それなりの報復があっても不思議はなかった。

(まったく、会長も少しは場所を選んでほしいよ。何も篠崎センパイのいる前で……)

 せっかくのチャンスだったというのに、慎は恥ずかしさのあまり嵐丸を拒んでしまった。

(あー、ボクのバカバカバカぁーっ!)

 慎は後悔の念にさいなまれる。

 と。

「っ?」

 上空から殺気とはちがう、まがまがしい気を感じた。

 空を仰いでみると、何かがこちらに急降下してきている。

「慎ちゅわぁ〜ん 」

 それは人間らしかった。唇を尖らせて、下心見え見えのすけべそうな顔で落ちてくる。


 ずこっ!


 目測を誤ったのか、それは上半身を物の見事に地面にめりこませた。突き刺さっているというべきなのだろうか。

 さすがの慎も言葉を失い、呆然とそれ−−どうやら少年のようだ−−を見つめていた。

「うーうー」

 呻く声にハッと我に戻った慎は、あわてて少年の体を引っ張った。

 ポンっ! という軽い音とともに少年の上半身は地面から抜けた。

「ひょえ〜、おったまげたぁ」

 泥だらけの顔で、少年はけろっと言う。普通の人間なら死んでいてもおかしくない高さから落下してきたというのに。

「君、大丈夫?」

 恐る恐る慎は話し掛けてみる。

「へーきへーき。これぐらいどーってことないじゃん」

 がははははっ、と高笑いしながら、髪や顔についた泥をはらい落とす。

 ボサボサの髪はどうやら元々らしい。幼い表情はどう見ても高校生のものではない。

「花園の生徒じゃないよね?」

「あったり前じゃん。おいらまだ十四だぜ」

 少年は胸を張ってみせる。しかし、着ているのは花園学園の制服だった。

「もしかして……見学者とか?」

「見学ぅ?」

「ここに入学するつもりならやめておいた方がいいかもしれないよ」

 まだ未来ある少年を嵐丸の毒牙にかけてしまってはいけない。この無邪気な少年には自分と同じ思いをさせてはいけない。

 慎は心にそうかたく誓う。

「ちがうよ。おいらあんたに会いに来たんだ」

「ボクに?」

「うん。嵐丸の命令だけどさ」      

「会長の?」

 嵐丸の悪巧みが脳裏をよぎる。

「おいらの名前は猿鳶悟衛門。よろしくな、慎ちゃん」

 有無も言わさず、悟衛門と名乗った少年は慎をぎゅっと抱きしめた。

「な、何をっ」

 慎は悟衛門の首根っこをつかむ。

「するんだぁーっ!」

 そのまま勢いをつけて投げ飛ばす。

(やばい。つい条件反射で)

 はぁはぁと息を荒げながら、慎はあわてて悟衛門を見た。

「え?」

 そこには紺色のブレザーを来た大木が転がっていた。

「変わり身の術っていうんだぜ」

 背後からの声に、慎は警戒を解かずに振り向いた。

「っ?」

 慎は目を見張った。

 距離をおいてにっこりと笑う悟衛門がいたかと思うと、次の瞬間には唇に生暖かくやわらかいものが触れていた。

 そして、それが悟衛門の唇であることに気付くのに数秒とかからなかった。

 全身から血の気が引いていく。

「初めてのキスはレモン味、ってか?」

 悟衛門はからかうようにけらけらと笑うと、バック転を三回ほどして再びこちらとの距離をおいた。

(速いっ)

 悟衛門の動きの素早さに圧倒されながらも、慎はショックのあまり硬直してしまい、追いかけることすらできなかった。

(会長以外の奴に唇を奪われた……)

 花園に入学して以来ずっと守ってきた唇を、こんなにも簡単に十四歳の少年に奪われてしまうとは。

「慎ちゃんって意外とガードが甘いんだもんなぁ。犯してください、って言ってるようなもんじゃん」

 また背後から、正確には慎の耳元でハッキリと悟衛門の声が聞こえた。

「くっ」

 振り返ると、悟衛門はまた距離をおいて木にもたれかかっていた。

「嵐丸を投げ飛ばしたぐらいだからどれぐらい強いのかすっげー期待してたのにさー」

「会長を?」

「そっ。嵐丸はあー見えても『黄金の右手を持つ男』って、その筋じゃすっげー有名なんだぜ」

「会長ってそんなに強いの?」

 慎には悟衛門の言ってることが信用できなかった。どう見たってただのエロ高校生にしか思えない。

「あ、その目は信用してねぇな」

 人差し指をこちらに向けて、悟衛門。

「ま、普段があれだもんなぁ。あいつ、ホレた奴の前だと妙に隙だらけになっちまうんだよ。だから、あいつまだ慎ちゃんに右手で触ったことねぇだろう?」

「それは会長が左利きだからじゃ」

「ちゃうちゃう」

 悟衛門は顔の前で右手をひらひらさせて否定する。

「嵐丸の利き手は右。あいつが右手を使う時はマジになった時だけだ」

「ふーん」

(ってことは、ボクはマジじゃないんだ)

 右手で触られないということはそういう意味なのだろうか。それとも。

「けど、例外もある。それはマジで好きになった相手が嵐丸の求愛に同意してくれない時、とかね」

 まるでこちらの心を読んだかのように、悟衛門はからかうような視線を投げかけてくる。

「あいつはまず最初に相手の同意を確認すっからな」

「どうして君はそんなに会長のことに詳しいんだい?」

 慎が質問すると、悟衛門はふーっと長いため息をつく。

「そいつぁ、嵐丸がおいらの主人あるじだからさ」

「主人?」

 慎は一瞬よからぬ想像をしてしまう。

 この少年はもしかして嵐丸に変な調教でもされてしまったのでは。

「あ、今Hな想像しただろ?」


 ぎくっ。


 図星を刺され、動揺をあらわにする慎。悟衛門はまたけらけらと小バカにしたように笑う。

「ま、似たようなもんだけどさ。おいらは代々爽風家に仕えてきた猿鳶流の忍者の末裔なんだ」

「忍者? へぇ、今でもそういう人っているんだ。どうりで動きが素早いわけだ」

 物珍しい物でも見つけたように、慎はマジマジと悟衛門を見つめた。

「そんな目で見んなよ。コーフンしてくるじゃん」

 言い終えるよりも早く、悟衛門は慎のズボンを素早く下ろした。ついでに下着も。

 下半身があらわになる。

「いっただきまーす 」

「なっ」

 悟衛門がいきなり下半身に顔を埋めたかと思うと、慎の大事なモノをパクっと啣えた。まるでアイスキャンディーでも啣えるかのように。

「あっ……ん」

 慎は今までに出したことのないような喘ぎ声を出していた。

 そして−−

 昇天。

 しかも、悟衛門の口内で。

 ごくりと喉を鳴らす悟衛門。

「ごちそうさん♪ 任務完了、ってか」

 舌なめずりしながら、悟衛門がご丁寧にズボンを上げてくれる。

 頭の中は真っ白だった。

 体はすっかり萎えてしまって、その場にへたりと座り込む。

(会長に捧げるためにずっと守り続けて体をこんなに最もあっさりと奪われてしまうなんて……。ボクはもう会長に会えない!)

「何もそんなに涙ぐまなくったっていいじゃん。そんなに気持ちよかったぁ?」

 こっちの気持ちなどおかまいなしで、悟衛門はにこやかな顔を近付けてくる。

「誰がっ!」

 右腕をぶんっと振るが、悟衛門はあっさりとそれをかわす。

「言ったろー、慎ちゃんは隙だらけなんだってば」

 悟衛門の勝ち誇った笑みに、慎は自分が敗者であることを思い知らされた。同時に自分が天狗になっていたことも。世の中には自分より強い人間はまだたくさんいるということだ。

(まだまだ修業が足りないな)

 慎はふらふらと立ち上がる。まだ下半身に力が入らないが、歩けないことはない。

(誰もいなかったのが、唯一の救いだ。こんなとこ他の生徒に見られたら……)

 そこで慎は違和感を感じた。

 誰もいない?

 放課後にこの『愛の花園』と名称されている中庭に誰もいないのは不自然すぎる。

(まさか?)

 慎の予感は的中した。

 突如、目の前が煙に覆われた。とっさに鼻と口を隠す慎だったが、すでに手遅れだった。目に激痛が走り、開けてくことができなかった。涙がボロボロとこぼれてくる。

(催涙ガス?)

 慎はおぼつかない足取りで煙の外へ出ようとする。

「っ!」

 後頭部に強い衝撃を受けた。

 慎は遠くなる意識の中で、悟衛門の姿を見た。






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