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第2話

 生徒会室に設けられているテラスで、嵐丸はさわやかな秋の空気を吸いながら優雅な午後のティータイムを過ごしていた。

 ここから見える木々の大半は紅葉に染まっている。

 ロイヤルコペンハーゲンのカップの中には、ローズマリーティー。

 同じくロイヤルコペンハーゲンの皿の上には、五つ星レストランに行かなければ食べることのできないモンブランが乗っていた。

 授業を終え、三時にここで一人でティータイムを取るのは嵐丸の日課だった。

 嵐丸はローズマリーの薫りを嗅いで、カップに口をつけた。四方から熱い視線を感じる。どこからか嵐丸のファンが常に見つめているのだ。だからこそ、この一人のティータイム

は楽しいのだ。

(俺って何て罪深い男なんだ。自分の美しさが怖い)

 胸中で呟き、自嘲する。

 そこへ。

「会長っ!」

 けっして誰も邪魔することのできない嵐丸のティータイムに、その怒りに満ちた声は割って入ってきた。

「お話があります!」

 美しいその顔には明らかに怒りが表われていた。心なしか目の下には隈ができているように見えた。

「どうぞ、副会長」

 嵐丸はふっと吐息をもらすと、慎をテラスへ招く。

「いーえ、ここでけっこうです」

 慎は仁王立ちしたまま、こちらへは来ようとはしなかった。

 何を言いにきたのかは検討がついているが、嵐丸はあえて気付かぬフリをする。

「話っていうのは何かな?」

「とぼけないで下さいっ!」

 慎は両手をわななかせる。その怒った表情がまた嵐丸を刺激してくる。しかし、嵐丸は素知らぬ顔をして、モンブランを一口食べる。口の中に何とも言えない甘さが広がっていく。

「昨夜、よばいにあいました。しかも、一人じゃない。同時に複数の人間に。もちろんみんな返り討ちにしてやりましたが」

 当然の結果だと、嵐丸は思った。

「会長、あなたの仕業ですね?」

「人聞きの悪いことを。何の証拠があって」

「証拠ならここにあります」

 慎はぐったりとなった雅祐を、嵐丸の前に差し出した。

 雅祐のフランス人のような彫りの深い美しい顔には殴られた痕が痛々しく残っていた。

「篠崎センパイがすべてを白状してくれました」

「申し訳ありません、会長」

 涙を流しながら、ひたすらに謝る雅祐。

(とりあえず、計算通りか)

 嵐丸はあきらめにも似た吐息をもらすと、席からゆっくりと立ち上がる。そして、かろやかな足取りで慎の前に歩み寄る。

「どうして副会長はそうまでして拒もうとする?」

「当然のことじゃないですかっ!」

 怒りとテレに顔を紅潮させる慎。

 この場ですぐにでも押し倒したい! という衝動にかられながらも、今はぐっと堪える嵐丸。

「当然? 男と男が愛し合うのが間違いだと?」

 嵐丸は左手で慎のあごを持ち上げ、顔を近付ける。今すぐにでもそのピンク色の唇を貧りたかった。しかし、まだまだここは我慢でである。

「それは君の偏見というものだ。好きになった人がたまたま男だったにすぎない。副会長はその純粋な気持ちを偽りだと?」

「そ、それは……」

 嵐丸のいかにもの正論に、慎は言葉を詰まらせた。困惑した碧い双眸には、美しい自分の姿が映っていた。

(もうダメだ)

 嵐丸はもう自分の欲望を押さえることができなかった。同意など求めている余裕はなかった。

 自分の唇が慎の唇に吸い寄せられていく。そんな感覚に溺れていた。

 のも束の間だった。

「え?」

 視界が急転した。目の前にあった慎の姿は消え、天井のシャンデリアだけが嵐丸の視界にあった。

「えっ?」

 嵐丸は自分が床に倒れていることに気付くと、同時に背中に痛みが走った。

 目だけで慎の姿を探す。

「今ボクに何しようとしたんですか?」

 頬をピクピクさせ、額に怒りマークを何個も浮かびあがらせた慎が、こちらを見下ろしていた。

「何って? こっちが聞きたいぐらいだ」

「身に危険を感じたもので、つい背負い投げを」

「それは心外だな」

 ショックだと言わんばかりに、額に手を当てて吐息をもらす嵐丸。そのなやめかしい仕草を見ていた雅祐は、感嘆の吐息をもらしていた。

(美しさとは罪だな)

「寝たままやってても様にならないですよ」

 自分の世界に浸っているところを、慎は思い切り突っ込みを入れてくる。

「そう思うのなら起こしてくれてもバチは当たらないと思うがな」

 しかし、慎は疑いの眼差しをこちらに向けたまま近付いてこようとはしない。

「と、とにかく。ボクは負けませんから!」

 それだけ言って、慎は足早に生徒会室を出ていった。

「会長、大丈夫ですか?」

 腫れた顔でこちらにやってくる雅祐。まるで割れ物を取り扱うように、嵐丸をそっとやさしく半身を起こす。

「あぁ、これぐらいどうということはない。ここの絨毯は特注だからな」

「しかし、会長を投げ飛ばすとは……副会長は何て命知らずな」

「このことは決して他言するなよ。俺の親衛隊があいつを殺しかねないからな」

(っても、もう手遅れだろうけどな)

 嵐丸を取り巻いていた熱い視線はすでに消えていた。慎への報復に向かったのだろう。

(ま、あいつなら放っておいても大丈夫か)

 嵐丸はとりあえず目の前にあるごちそうに手をつけることにする。

「会長はそこまで副会長のことを……」

 嵐丸は自分の唇で雅祐の言葉をさえぎった。まるで魂を抜き取られたかのように全身の力を失ったのか、嵐丸の腕に雅祐の体重がかかってくる。

「痛い目に合わせてすまなかったな」

 嵐丸は雅祐の腫れた顔の部分に口付けていく。

「か、会長……」

「いいから、じっとしてろ」

 目蓋から頬。そして、唇から首筋へと。

「あ……っ」

 雅祐がびくっと体を震わせる。

 そこで嵐丸は唇を雅祐の首筋から離した。くたりと糸の切れたマリオネットのように床に倒れ伏す雅祐。

「いつまで見ているつもりだ? さっさと出てこい」

 嵐丸は立ち上がった。

「いいじゃんか、見せてくれたって」

「俺は自分のHは他人には見せるつもりはないんだよ」

「キスは平気でやるくせにさ」

 背後に人の気配を感じて、嵐丸は振り返った。

 そこには両腕を頭の後ろに組んで、にやにやとした顔で立ち尽くす少年が一人。

 何の手入れもしてない伸びきったボサボサの黒髪からは、まだ幼さを残した大きな瞳が覗いていた。

 猿鳶悟衛門さるとびごえもん。悟衛門は猿鳶流忍者の末裔であり、爽風家当主を守るのが役目だった。まだ十四歳ながらも、悟衛門はすでに統領の地位にあった。

「悟衛門、仕事だ」

「仕事ぉ?」

 悟衛門は思い切り嫌そうな顔をする。

「ずいぶん不服そうだな」

「だって、ロクな相手いないんだもん。たまにはおいらだって心を熱くするような奴を相手にしたいんだい」

「ほぉ。相手が徳平慎では不満だと言うんだな。そうかそうか。なら、他の奴に頼むとするか」

 ペラペラと不平不満を宣う悟衛門に、きびすを返して白々しく呟く嵐丸。

「とくだいら……しん?」

 悟衛門が眼前に顔を押しつけてくる。その瞳は欲望という名の感情に爛々と輝いていた。

「とくだいらしん、って……さっき嵐丸を投げ飛ばした徳平慎か? 油断してたとは言っても、嵐丸を投げ飛ばしたんだから、あいつめちゃくちゃ強いな」

「そういうことだ。気を抜くと痛い目にあうぞ」

「よっしゃあ! その仕事受けたぁ!」

 嵐丸の言うこともまともに聞かぬまま、悟衛門は即行ダッシュで、テラスから外へ飛び出していこうとする。

「ちょっと、待て!」

 嵐丸は予め悟衛門の首に掛けておいた手綱を引っ張った。首を絞められ、顔を青くした悟衛門が足元に転がる。

「念押ししとくがな、あいつのヴァージンは俺のモノだからな」

 ぐっぐっと手綱を引いて念押しする。悟衛門はジタバタと苦しみ悶えているが、この際今はそんなことどうでもいい。

「それと、今のあいつは敵が多いからな。ちゃんと見張ってろよ」

「あの、会長。差し出がましいようですが、彼白目向いて泡吹いてますけど」

「気にするな。この程度でこいつは死なん」

 嵐丸は手綱を持ったままぐるぐると回転し、遠心力を使って悟衛門をテラスから外へ放り投げた。


 きらーん。


 遠くの空で、悟衛門が星になる。

「さて、続き続き 」

 嵐丸はニタリと笑うと、窓を閉めた。すっかり味をしめてしまった嵐丸は、お医者さんごっこをマイブームに加えるのだった。




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