それは唐突に
人生は理不尽で、運命は唐突である。昔、学校に客員として来た哲学者の言葉を思い出した。
まったく……今朝のニュースでやっていた血液型占いではA型が一番だったのにな。何が計画通りの一日だ……。占いなんて信じてはいないが、運勢が一位と言われれば悪い気はしない。むしろ、ちょっと嬉しい。少なとも、不幸が自分に降りかかるとは考えてはいなかった。
何がいけなかったんだろう……。
今日はいつもと同じ時間に起きて、いつもと同じ道で学校へ向かう。退屈な授業も“真面目”にこなしていた。ただ、腕を枕にしていたのは……ご愛嬌というものだ。
悪気があったわけではない。むしろ、眠たくなる授業をしている教師が悪い。きっとそうだ。
そんなこんなで学校を終えれば、後は家で趣味のゲームに没頭するだけ。そんな1日になるはずだったのに……。
ことの始まりは下校途中からだ。駅のホームでスマホで時間を見ながら、電車が来るのを待っていた。
電車の到着まであと三分。
俺は焦っていた。今日は早く帰れらなければならない。
本日は、ずっとやっているオンラインゲームの大型アップデートなのだ。記念すべき日なので、アップデートが終わる12時からゲームを開始したかった。
だが、学生という身分でいる限り学校がある。出席日数がまずいのでサボる訳にもいかない。幸いにも今日は午前中までの授業だ。急げば、昼過ぎには家に帰れる。開始から一時ぐらいは遅れるが、我慢できる範囲だ。
このゲームは公開初日からプレーしていて、ゲーム内でもちょっとした有名人だ。内容はモンスターが蔓延る世界で傭兵をやっていく。単純明快にいうとこんな感じだ。様々な職業を選択ができ、複数のスキルを自分なり組み合わせていく。また、敵対ギルドへの諜報活動や略奪、プレーヤーを殺してもオッケー! (やりすぎると運営側から賞金がかけられたりするが……)という何でもありのゲームシステムとゲームとは思えない美しいグラフィックで人気が出てきたゲームだ。
ちなみに、俺のゲーム内での職業は魔法使いだ。スキル的には単体戦特化にしている。広範囲のスキルはあまり覚えていないが、単体用のスキルは種類を豊富に取り揃えていた。そんな複数のスキルを組み合わせることで多様攻撃を繰り出し、ついたあだ名は「トリックスター」。そんな特技と通り名もあってギルド内ではスキルの指南役を勤めていた。
「まもなく二番乗り場に電車が参ります、ご注意ください。参ります電車は……」
駅のホームに電車の到着を知らせるアナウンスが流れる。
よし、計算通りだ。この電車で最寄り駅までは十分、そこから駐輪場まで三分、そして家まで自転車で七分、総合時間は二十分。予定時刻の誤差は今のところない、完璧だ。
自分の思い通りにいくことが、ここまで気持ちがいいものとは知らなかった。占い様のお陰かな? そんなこんなを考えていると、思わず顔がにやけてしまう。 他人が見ればさぞ気持ちの悪い映像になっていることだろう。
だがそんなこと、関係ない! 俺はあのゲームに全身全霊で挑んでいる。そのために受ける侮蔑なんてものは甘んじて受け入れよう。
電車が肉眼で確認できる所まで来た。
すぐに運転手の顔が見えてくる。もうそろそろ、電車内が見えてくるはずだ。そこから空いている席を見つけ座る。すぐに出られるように、できるだけドアに近く場所を確保しなければならない。
そんなことを考えている時だった。
「えっ……!?」
不意に「トン」っと背中に軽い衝撃が来る。けして強いものではなかった。小突かれた程度。
それでも白線より少し前に出ていた人間が落ちるには十分な威力だ。
背中に衝撃を受けた瞬間になぜか、後ろから押されたのだ理解できた。
肩の少し横に顔があった。「人間なのか?」っと疑いたくなるような狂気混じりの笑顔をした少女だった。長い黒髪で目元は確認しづらいが、ニタっと笑う口はよく見えた。裂けてくるのではないかと疑いたくなる。
一瞬の出来事なのに鮮明な映像が流れていた。まるで、スローカメラの映像のようだ。見たくない、見てはいけない。理屈ではなく本能が訴えかけてくる。だが、拒絶すればするほど、少女に目がいってしまう。前髪の隙間から覗かせる瞳と視線が合った。血のように赤い瞳だった。
その瞳に恐怖と何かにぶつかる強い衝撃が同時に体を襲った。
「どこだよ、ここは?」
気がつけば何もない真っ暗な世界に一人佇んでいた。
周りを見渡しても黒・黒・黒、黒一色! 右なのか左なのか上なのか下なのか判別がつかない。目からの情報は皆無だ。とりあえず、手で辺りを探ってみる。手に何かが当たることはなかった。ゆっくりと足を動かせば前に進んでる感覚はあるが、水中で体を動かしている感覚に近い。
「死んだのかな? 俺は……」
最後の記憶は、ホームから落ちていく感覚と体を襲う痛み。そして、おぞましい謎の少女。
あからさまに生存が絶望的な記憶だ。
もし、仮にここが死後の世界だとすれば、現状の不思議体験も理解できる。
ただ、死んだのであれば、悔いが残る。楽しみにしていたアップデートも体験してないし、もっと、親孝行すれば良かった。
考えれば考えるほど、やりたいことや、やっておけば良かった。そんなことばかり考えてしまう。
それに電車の事故は賠償金を請求されるだろ? 俺の家金無いのになぁ~。先に死んだうえに借金まで残すようなものだろう? 最悪だ……。
いやいや、俺は殺されたんだ! 被害者に請求するほど日本の鉄道会社は腐ってないはずだ! どういったルールで賠償金が出るか知らんが、きっと家には請求してこない。多分大丈夫だ……。
無理やり自分に大丈夫だと言い聞かせていく。それに向こうのことはどうしようもないことだ。こちらがいくら悩んでも、決めるのは生きている人間だし、考えていても、何も始まらない。
無責任かもしれないが、あっちはあっちでやってくれる。そうやって自己暗示をかけていれば、気持ちも落ち着くだろう。
しばらく歩いていると、ここに対しての恐怖も薄れてくる。自分が死んだんだと理解出来れば、少しずつ怖くなくなってきた。失うものすら持っていない。
やけくそだが、なにもしないましだろ。そう思って足を進めていた。
「本当になんにもないな」
いつもなら心の中で呟く内容だがあえて口に出してみた。少しでも変化が欲しかった。けれども、なにも変わらない。
これ以上なにも無いと本当に発狂するぞ。わりとマジで‼
怖いとかはないけどここまで変化ないと、頭がおかしくなりそうだ。
どれだけ歩いたのだろ? 今では自分に意識で歩いているのかあやしい。
だんだん意識が薄れてきた。周りの闇に意識が溶けていくようだ。まるで、氷のように。
『……の声が……えま……?』
「……?」
誰かに呼ばれてた気がしたが、見回しても周りには誰もいない。どうやら、気のせいだったようだ。
幻聴が聞こえるなんて本格的にまずいかな。
誰がいるかと期待したが……、仕方ない先に進もう。ゾンビのようなノロノロした足取りで動き始める。
今ならホラー映画のエキストラができるな。
『私の声が聞こえますか?』
「誰だ!?」
また声が聞こえた。先程とは打って変わり、はっきりと聞こえる。どうやら若い女性のようだ。
『良かった、聞こえているんですね。私は観測者。あなたを探していました』
「観測者? 探していた? いや、そんなどうでもいい! ここはどこなんだ!?」
声しか聞こえない、幻聴の可能も捨てきれない。だが、今は幻聴にすらすがりたい。
『ここは狭間。どこにも属さない、世界と世界にある隙間です』
「狭間? じゃあなんで、俺はここにいるだよ‼」
また声を荒らげてしまった。思ったより精神的に限界なのかもしらない。早くしないとまずいかな?
色々聞き出したいが、今はできるだけ落ち着かないと。
『あなたはあなたの世界で死んでしまいました。普通であればあなたの魂はその世界で巡り、また生まれる。だけどたまに、その流れからはぐれてしまうものがいる。それが今のあなたです』
「やっぱり……俺は……死んだのか? あの光景は現実なんだな? 」
しばらくの沈黙のあとに出てきた返事は『はい』という短くわかりやすいものだった。
覚悟していたっていっても、その事実はやはり堪える。しばらく呆然としたままだった。
どこかで『これは夢ですよ』と優しく囁いてくれるのを期待していたのかもしれない。そんなことあり得ないのはわかっている。夢で片付けるにはあれはリアル過ぎた。
「俺はどうしたらいいんだ……元の世界に戻れるのか?」
『あなたの魂を元の世界に戻すためには向こうの時間感覚でいう、百年程ここで待っていただくしかありません』
「百年!?」
『ええ。次にあなたの世界に亀裂が入るには、それだけ時間がかかるんです。それに、ここに長く居れば魂がこの場所に溶けていってしまいます。まだそんなに時間はたっていませんが、少しずつ魂が消える感覚、身に覚えはありませんか?』
確かにここに来て意識が薄れてきたと、感じることはあった。
「どうすればいい? 俺は……」
『この先に進めば、また別の世界でうまれることが出来ます。少なくとも、魂が消滅することはないでしょう。ただし元の世界に戻れる可能性はほぼ無くなります』
そのセリフを合図に空間に光りのひびが入る。夜道を優しく照らす月のような優しい光りだ。
「俺の世界に道を作ることはできないのか? 別世界に作れるならできるだろ!?」
戻ったところで自分は死んでいる。だが、自分が育った世界から離れたくはない。できるなら戻りたい。
『難しいですね……。世界に穴を開けるのは条件が揃っていないと出来ません。無理やり開けても不安定な状態になります。無事に戻れる可能性はほぼゼロでしょ。それに私は観測者です。干渉は制限されています』
申し訳なさそうな声が頭にひびく。
「でも、あんたはすでに干渉しているじゃないか」
『私は向こうの世界への直接的干渉は制限があります。が、ここはどこにも属さないなにも無い場所。制限すらありません』
少し笑いながら彼女は言った。いたずらっ子のような無邪気な言い訳だ。悪意は感じられない。
まあ、俺には嘘や悪意を見抜く力はないけど。
ただ、なんとなく彼女は信じていい。そう思えた。
どうやら、百年待つか、目の前の道を選ぶかしか選択肢はないようだ。ならば決まっている。
「わかった。新しい世界に行こう」
『信じてくれてありがとございます』
「ただ、行く前に一つ教えてくれないか?」
『答えられる範囲であれば』
「なんで俺を探していたんだ?」
『均衡を守るため。と、お答えしておきましょう』
なにやら含みのある言い方だな。
『思うところがあるとは思いますが、これが私の精一杯の誠意です』
「まあ、いいさ。あんたにも事情があるんだろう? これ以上は聞かないさ」
『ありがとうございます』
「俺はそろそろ行くぞ? こんなところさっさとオサラバしたいからな」
俺は光り向かって歩き出す。
『進み行くあなたの道に光りがあらんことを』
初の投稿です。誤字脱字やアドバイスがあればお教えください。