その7
「まったく、なにを弱気になっておるか。女は押しの強い男に弱いのじゃ」
「ぜっっっっっったいにイヤッッ!」
不機嫌そうに顔をしかめ、深くため息をつく白子様。
「ならば、少し時間はかかるが小さなことからコツコツといくかのぅ」
うん、それがいい。
チリも積もれば山となるんだ。
それは富士山やエベレストのような山にもなり得るはずだ。
「では、ほんっとうに小さきことからじゃが、まずはお前のことにまったくと言っていいほど興味のないあやつにお前の存在を意識させなければならん」
「おぉっ! まともな作戦っぽい!」
「む、妾の作戦はいつもまともじゃぞ? ……まぁよい、人間と言うのは毎日顔を合わせるもののことを嫌いになったりはしないのじゃ。勿論、負の感情を相手に抱かれていなければの話だがのぅ」
う〜ん…今日のことで完全にマイナスの感情を抱かれたような気もするけどなぁ。
「とりあえず、どんなに小さいことでもよい。毎日の挨拶や少し時間を取れれば会話やなにか手伝いをする。それだけで自ずと相手は寄ってこよう」
すごくまともな作戦だった。
これなら今日のように頭のおかしいやつとも思われないだろうし、僕にもできる気がする。
僕は白子様の作戦にやってみるよと答え作戦会議は終わった。
後はお風呂に入って歯を磨いて寝るだけだけど…。
「そうだ、白子様。お風呂に入りなよ」
「風呂とな。浴場がこの家にあるのか?」
「浴場ってほどのものでもないけど…ついてきて、案内するから」
案内と言っても大して広くない一軒家の中だ。
部屋を出て階段を下り、廊下を五歩ほど歩いてすぐに風呂場へ到着する。
「ほぉ〜〜風呂じゃ風呂じゃ!」
そんなにお風呂が好きなのか、扉を開け、白子様はごく一般的な浴室に目を輝かせ、おもむろに服を脱ぎ始めた。
「う、うわぁ! 白子様っ! まだ僕いるんだから服は脱がないでよっ!」
神々しいほど美しい姿。
見るからに柔らかそうな白い肌に女性らしい身体のライン。
形のよい綺麗なお尻と控えめな胸がちらりと見えたが、慌てて後ろを向き必死に自分の欲望を抑える。
着物を着る場合、下着をつけないっていうけどああまで気持ちよく脱がれると心の準備ができず、心臓に悪い。
掛け湯をしたのであろう、ざばぁっと音がして開けっ放しのドアから飛沫が僕の背中にかかるのを感じた。
「すけべぇ、お前も入れ! 妾の背中を流してくれまいか?」
「え、えぇ! それはまずいって白子様!」
本当は僕だって入りたいさ!
でも、相手は神様だろ?
神様の身体に欲情するなんて罰当たりすぎる。
顔を手で覆い、極力白子様の全裸姿を見ないようにしてシャンプー、リンス、ボディーソープの説明を早口で伝える。
「しゃんぷ? りんす? ぼでーそーぷ…とな…」
たぶんわかってないだろうけど、本当は実際に使わせて説明した方がいいんだろうけど、女性の裸体なんて生で見たことのない僕にはこれ以上耐えられない。
熱くなった顔を抑えながら、罰当たりなことを起こさないため慌てて風呂場の戸を閉め、垣間見た白子様の裸体をぼんやりと思い出す。
やっぱり平気な顔で一緒に入れば良かったかな…いやいやだめだよ。
相手は神様、神様だからそんなこと考えてはいけません。
頭の靄を振り払い、自室に戻ろうとして気づく。
白子様…下着とかないよな。
寝巻きもないよな。
用意しないと裸で出てくる可能性もあるよな…いやでも同じ着物を着るかもしれないし…。
白子様の行動は予想できない。
僕ははぁ〜っと深く息を吐いてリビングの扉を開け、ソファにだらしなく寝転がりスマホをいじる妹の目を見てはっきりと頼み込む。
「なぁ、八重の下着ちょうだい」
一瞬にして暖かなマイホームのリビングが氷点下まで冷え切った気がする。
やややややややばい切り出し方を間違えた!
「………………………は?」
長い沈黙の後、妹の顔が爆発したかのように一瞬にして赤くなる。
いつもは生意気な妹だが、こんな状況では悪態の一つも出ないようで口をパクパクと動かすだけだ。
「平助…そこに座りなさい。家族会議だ…」
父さんは新聞をたたみ、いつもより何倍も低い声で冷たく言い、母さんは嗚咽を漏らしてその場に泣き崩れてしまう。
「い、いや、そんな意味じゃないんだっ! ただ僕はーー」
「妹の下着が欲しいんだろう! それでなにをするつもりだっ!」
「うぎっ!!」
ものすごい剣幕で怒鳴られ、父さんの拳が頬にめり込む。
その勢いで床に尻餅をついた。
初めて殴られたかもしれない。
アゴがビキビキと口を開閉するたびに痛む。
「は、話を聞いてよ父さん! 別に母さんのでもいいんだ!」
より一層、父さんの顔が怒りを帯びたのを感じた。
鬼にも勝る形相だ。
「き、きき、ききき貴様ぁぁぁぁ! 実の母親にまで手を出すかあぁぁぁぁぁぁああああああ!!!」